第28話・「尋問室にて」
1945年3月10日 午後2時――
東京郊外・陸軍特設捕虜収容所
簡素な木造尋問室。
アメリカ陸軍航空軍 B-29搭乗員の捕虜――ジョージ・マクレガー大尉が、憲兵の護衛で通されてきた。
制服は破損し、顔には擦過傷。
だが態度は崩さず、冷静に椅子へ腰掛けた。
尋問官の川村少佐が書類を確認しつつ口を開いた。
「氏名と階級を述べよ」
通訳が伝えると、マクレガーは端的に答えた。
「ジョージ・マクレガー。大尉。」
「所属部隊名は?」
「それ以上は答えられない。」
教科書通りの受け答えであった。
川村少佐は無言で卓上の布を捲った。
そこには飴玉、キャラメル、砂糖塊が整然と並べられている。
マクレガーの眉がわずかに動いた。
だがすぐに平静を装った声で答えた。
「キャラメル……お菓子だ。」
「では、貴官らが撒いたものと認めるのか?」
「知らない。少なくとも私にそういう命令は出されていない。」
川村少佐は僅かに声を低めた。
「貴官は爆撃任務に出撃したのだな?」
「作戦について話すことは許可されていない。」
川村少佐はじっと相手の目を見据え続けた。
表情は崩さぬまま、言葉だけが静かに鋭さを帯びていく。
「よろしい……伝えよう、貴官の爆撃の後――東京の市街は焼けていない。」
一瞬、マクレガーの脳裏に投弾直後の光景が蘇る。
《爆弾は投下された。だが…火の手は上がらなかった。煙も…なかった。》
だがそれを口にする理由はどこにもない。
マクレガーは狼狽えたが、誘導尋問を考慮し、あくまで無表情に答えた。
「投弾後の戦果は私の任務ではない。」
川村少佐は、僅かに目を細め、静かに怒気を滲ませた。
「……その結果、我が国の市街にはこのような菓子だけが降り注いでいる。」
マクレガーは困惑を隠せず小さく首を振る。
「なぜ我々がそんなことを……」
川村少佐の声がさらに低くなる。
「毒を仕込んだ甘味をばらまく――それが君たちアメリカ人のやり方なのか?良心はどうなっている?子供たちを狙ったのか、君たち禁止兵器を使用したんだな」
マクレガーは、はっきりと答えた。
「そんな命令は出されていない。」
川村少佐はしばらく無言でマクレガーを見つめたまま、最後に静かに言葉を置いた。
「……ならば尚のこと、――我々には君たちが理解ができない。」
尋問は、核心に届かぬまま静かに終了した。
しかし両者の胸には、ますます大きな疑念だけが積み重なっていった。




