第26話「皇居の発見」
1945年3月10日 午前8時――
皇居内苑、二の丸御苑
夜明けとともに、帝都上空を覆っていた煙は徐々に薄れていった。
静けさを取り戻しつつある皇居の一角を、昭和天皇 裕仁陛下が侍従武官の藤田尚徳中将と共に散策していた。
「……昨夜の空襲は、先にない規模であったと聞く」
陛下は静かにお言葉をお発せられた。
藤田中将がやや緊張気味に答える。
「御意にございます。帝都全域を対象に、敵機多数が侵入いたしました。被害状況につきましては、目下陸軍・内務省より報告集約中にございます。」
「市民の被害は如何か?」
「火災の発生は極めて限定的との報にございます。延焼区域は狭小に留まり、消防の手により早期鎮圧と聞き及んでおります。」
その折――
陛下がふと足元に目を留められた。
砂利敷きの苑路の片隅に、数粒の光る物体が転がっていた。
茶色い小さな包み紙、英語の文字が刻印されている。
「これは……?」
藤田中将が慌てて駆け寄る。
「陛下、御手をお触れ遊ばされませぬよう!」
侍従長代理・鈴木貞一侍従次長も駆けつけた。
「恐れながら、昨夜の空襲におきまして、敵機より甘味状の異物が多数撒布されております。毒物の可能性も疑われており、防疫部にて調査中にございます。」
天皇は静かにその包みを見つめられた。
「……甘味、とな。」
「はっ。市中でも同様の物が多数拾得され、既に摂取した市民も出ております。憲兵・内務省により収拾及び移送が進められております。」
陛下は一歩下がり、なおも穏やかに、しかし深い疑念をお言葉にされた。
「そのような……姑息なる所業を、敵は本当に企てたのであろうか?」
「……」
「毒を潜ませ、国民の口に入らしめようとする。戦争において斯様なる手段を用いることは、果たして敵国といえども常道と申せようか。」
「恐れながら、いまだ詳細は判明しておりませぬ」
陛下は短くお頷きになり、再び空を仰がれた。
「……戦争は、何処まで人心を壊すのか。心苦しきことである。」
侍従武官たちは静かに頭を垂れ、進行を再開した。
薄明の空に、先刻まで続いていた空襲の轟音は、すでに嘘のように消え去っていた。




