第25話「憲兵出動」
1945年3月10日 午前10時――
東京市中・日本橋地区
憲兵第3管区隊本部に緊急電報が叩き込まれた。
大本営防疫部直轄命令である。
『敵撒布物、毒性物質疑い濃厚。市民摂取報告多数発生。
市中統制および拾得阻止、回収急務。違反者即時収容。』
憲兵分隊長・佐久間中尉は命令書を一読し、即座に命じた。
「全員出動準備!現場統制に入る。場合によっては拘束措置も取れ!」
「はっ!」
憲兵たちは防毒手袋・マスクを装着し、急行車に乗り込んでいった。
午前10時15分――
日本橋広場
すでに広場では数十名の市民が瓦礫の間を漁り、色とりどりの甘味を懐に詰め込んでいた。
倒壊した商店街の路上には飴玉、キャラメル、白い結晶の砂糖塊が無数に転がっている。
子供たちは小さな手で飴玉を握りしめ、夢中で袋へ入れていく。
「うまいよ、母ちゃん!あんまいよ、甘い!」
少年の声に、母親が不安げに答えた。
「でも……これ、本当に大丈夫なのかしら」
その時――憲兵車両のサイレンがけたたましく鳴り響いた。
「動くなッ!」
怒声と共に憲兵たちが広場に突入してきた。
「市民は拾得物を直ちに放棄せよ!口に入れた者は前に出ろ!」
佐久間中尉の怒声に、市民たちは動揺してたじろいだ。
恐怖と混乱の中、すでに飴を口に入れていた少年少女が数名、泣きながら前に出されてきた。
「さっき……食べちゃった……」
少年の唇にはキャラメルがまだ張り付いていた。
佐久間中尉は即座に叫んだ。
「防疫班!摂取者収容班を用意!病院へ移送準備だ!発症する前に隔離せよ!」
「はっ!」
憲兵たちが子供たちを毛布で包み、消毒マスクを装着させた。
母親たちが泣き崩れながら憲兵に取りすがる。
「お願いです!息子を助けてください……!」
「安心しろ、適切な処置は取る!」
佐久間中尉の声にも苛立ちが混じっていた。
「まったく……奴らはなんという非道を……」
憲兵曹長が吐き捨てるように呟く。
「毒物兵器まで撒くとは鬼畜米英も地に堕ちたな……」
佐久間中尉は憤りを押し殺しつつ、現場全体を睨んだ。
「回収続行!拾得物は全量軍直轄回収庫へ送致!周囲立入禁止!」
甘い香りが漂う広場で、憲兵たちは異様な光景を背に次々と袋を満たしていった。
だが誰もまだ知らなかった。
それが本当に"毒"であるのかどうか――




