第24話「毒物調査班出動」
1945年3月10日 午前9時30分――
東京市街・浅草地区 現地検査指揮所
帝都防衛の異常事態を受け、大本営は即座に防疫・技術調査班を派遣した。
陸軍医務局・科学兵器対策班の専門将校たちである。
現地指揮に立ったのは陸軍技術本部 化学兵器部長・内藤良平技術大佐。
対毒物戦の権威であり、今回の特命任務に抜擢されていた。
広場に設けられた臨時検査テント内。
内藤大佐は、目前に運び込まれた「戦果の残骸」をじっと睨みつけていた。
茶褐色の飴、白い結晶状の粉末、薄い板状の塊、包装紙にはアルファベットが踊る。
すべて、昨夜の爆撃で市内各所に降り注いだ物だ。
そのとき、現地誘導してきた陸軍兵が手袋もせずにキャラメル包みを差し出した。
「これが現場で拾ったものであります!」
バシッ!
内藤大佐は思わず兵の手を叩き落とした。
飴玉が床を転がる。
「貴様、素手で触ったのか!?」
「はっ、はいっ……」
「馬鹿者!場合によってはその手から死ぬぞ!貴様の皮膚が侵されぬ保証などどこにある!」
兵は青ざめて直立不動になった。
内藤大佐は振り返り、防毒班の隊員たちに命令した。
「直ちに防毒手袋・防護衣を使用せよ!吸引防止、皮膚接触厳禁だ!最悪、細菌兵器・神経毒散布の疑いも捨てきれん!」
「はっ!」
防疫隊員たちは敬礼し、次々と防護服を装着し、慎重に採取作業へ入った。
現場の空気は異様なまでに張り詰めていた。
「……奴らはついに越えてはならぬ一線を越えたのかもしれんな」
内藤大佐は低く呟く。
隣の副官が問うた。
「敵が撒いた毒菓子との報道も民間に広がり始めております」
「当然だ。だが、これは生易しい毒物ではない可能性もある。……もし細菌兵器ならば都市機能は壊滅する」
副官の背筋が凍りついた。
内藤大佐は吸引装置付きサンプルケースに慎重に封入された飴玉群を見つめた。
「分析は軍医学校本部直送だ。結果が出るまでは全市民に触れさせるな。……いや、最悪は都市封鎖も検討せねばならん」
淡々と告げる声に、現場全体が沈黙した。
誰もが――何が仕掛けられているのか想像もつかなかった。




