第22話「異常確認」
1945年3月10日 午前6時20分――
東京上空 高高度偵察飛行中
B-29偵察機「Eagle Eye」は予定通り3万フィート上空を東京市街上空へと滑空していた。
薄明の朝日が街を照らし始めていたが――
「……本当に、ここが爆撃を受けた都市か……?」
操縦席でマクリーン大尉は双眼鏡を構えたまま絶句した。
眼下には広大な市街地が広がっていた。
瓦礫が散乱した箇所はある。倒壊家屋も一部確認できる。
だが、それはごく一部だ。大規模火災の跡は見えない。煙柱も立ち上がっていない。
「……おい、ロバーツ。本当に我々は昨夜攻撃したのか?」
副操縦士ロバーツ少尉も苦々しく答えた。
「知らんさ、キャプテン。俺も混乱してる。…だが煙の一つも上がってねぇってのは…どう説明する?」
航法士ミラーが冷静に割り込む。
「ともかく命令通り撮影は続行します。命令優先。」
大型斜めカメラのシャッター音が無機質に響き続ける。
フィルムが次々と送り込まれ、東京の全域を記録していった。
午前6時50分――
市街地全域撮影終了。
「撮影完了。離脱航路進入。」
Eagle Eyeは静かに旋回し、帰投コースへと進路を取った。
誰も言葉を発さなかった。皆、己の目に映った現実に言葉を失っていた。
「……あれが7千トンの焼夷弾を浴びた街の姿なのか?」
マクリーンの独白に、誰も答えられなかった。
午前8時30分――
サイパン基地着陸。
地上クルーが機体に群がり、フィルム回収班が手早く作業を進める。
担当士官が無言でフィルム缶を受け取った。
その瞬間、ロバーツ少尉が苦々しく皮肉を吐いた。
「先週の事前偵察で撮った写真と……たぶん大差ありませんぜ。」
士官は無表情のまま敬礼を返した。
「判定班が解析する。任務ご苦労だった」
フィルム缶はすぐさま現像室へ運び込まれていった。
その夜、司令部に届けられた現像写真は――
まさにロバーツの言葉通りのものだった。
焼け野原ではなく、整然とした東京の街並み。
一体、何が起きているのか――誰にも説明できぬまま、異常は確実に積み上がり始めていた。




