第21話「緊急発令」
1945年3月10日 午前3時30分――
サイパン・アイランダー基地 第21爆撃軍司令部
「こんな馬鹿な戦果があるか!!」
ルメイ少将の怒声が司令部の壁に響き渡った。
幕僚たちは報告書を次々に提出していたが、内容は変わらない――
『火災旋風形成せず』『焼失面積 極小』『戦果確認不能』
「7千トンの焼夷弾を投下して、焼けた街がゼロだと!? 戦史に前例があるか!? こんな報告信じられるか!!」
叩きつけられた報告書が机上を跳ねる。
幕僚たちは顔を伏せるだけだった。
「いいか!言い訳は聞かん。写真で証拠を持ち帰れ!高高度からの戦果確認だ!今すぐだ!!」
「直ちに偵察機を準備させます!」
同日 午前4時――
サイパン・アイランダー基地滑走路。
緊急招集を受けた高高度偵察任務機「Eagle Eye」搭乗員たちが集結していた。
機長ハロルド・マクリーン大尉は、怒り半分、諦め半分の苦笑を浮かべていた。
「……結局こうなるんだよな」
副操縦士ロバーツ少尉が鼻で笑う。
「俺たちは英雄になれない裏方組かよ。昨夜の本隊は大仕事を終えたばかりだってのに、俺らは夜明け前に呼び出されてこのザマだ。」
「誰かがやらなきゃならん。司令部の連中は信じられなくなってるんだ。」
航法士ミラー中尉が冷静に言うが、その声にも疲労が滲んでいた。
「それにしてもだ……」
ロバーツが不満を続ける。
「爆弾倉は全部空。積んでるのはカメラだけ。俺らは写真を撮りに死地へ飛び込むんだぜ? どんな冗談だ。」
整備士が機体下部を最終確認しながら苦々しく言った。
「せめて爆弾の1発でも積ませりゃいいのに。これじゃ観光じゃねえか。」
マクリーンは苦笑した。
「……余計な事はするなって司令部の願いだろ。奴らの頭じゃ写真フィルムの方が爆弾より高価らしい」
午前4時10分――
Eagle Eyeは重い機体を夜空に舞い上げた。
滑走路脇で待機していた整備班が小さく敬礼し、銀翼は薄明の暗闇に消えていった。
午前5時20分――
北西進行中の洋上、機内。
「酸素正常。気圧正常。燃料残量良好。」
静寂な機内に、機関士の淡々とした声だけが響く。
だが緊張感は機内にずっと漂っていた。
「……本隊の連中は今頃基地に戻ってきてるんだろうな」
ロバーツがぼそりと呟く。
マクリーンは操縦桿を握ったまま苦々しく言った。
「英雄勲章に名を連ねるのは、あいつらだろうよ。俺たちは"写真班"……戦史に残る名前にはならん。」
「爆弾じゃなくてフィルム。殺す代わりに撮る。気楽っちゃ気楽だがな……」
「その"気楽"で撃ち落とされるのは御免だけどな」
短いやり取りのあと、誰も口を開かなくなった。
夜明けの空に向かって、静かに機体は速度を上げていった。
午前6時10分――
帝都、東京上空接近。
乗員たちはまだ知らない。
この後、自分たちの任務が戦争そのものの異常を決定的に暴くことになることを――




