第20話「奇怪な残骸」
1945年3月10日 午前3時――
東京市街・浅草周辺
陸軍航空偵察中隊第三小隊の先頭に立つ石田少尉は、倒壊した家屋の合間を慎重に進んでいた。
月明かりに照らされるその先――暗がりの広場に、信じ難い物体が横たわっていた。
巨大な銀色の残骸。
機体断面に大きく刻まれた「U.S.AIRFORCE」の文字。両翼はもがれ、胴体が折れ、機首部分が地面にめり込んでいる。
「……これが、敵の爆撃機か」
石田少尉は呟いた。
その大きさは、従来の常識を遥かに超えていた。まるで小さな工場が墜落したかのような巨体。
「これほどのものが……何百と空を埋め尽くしていたのか」
副官も思わず息を呑む。
「まさに空飛ぶクジラだな……」
その周囲には瓦礫と共に、奇妙な物体が無数に散乱していた。
街灯に照らされたその地表には、無数の白い結晶、茶褐色の塊、飴玉のような粒が点在している。
「これは……何だ?」
石田少尉はしゃがみ込み、一つの四角い小包を拾い上げた。
紙に印刷された文字――"CARAMEL"
「菓子……だと?」
視線を上げると、広場の隅では既に市民が群がり始めていた。
飢えに耐えてきた人々が、目の前に落ちた甘味を、夢中で拾い集めていた。
「おい!貴様ら何をしている!その手を止めろッ!」
怒声が飛ぶ。石田少尉が軍靴で駆け寄り、子供の手から飴を叩き落とした。
「それに触れるな!勝手に口にするな!」
少年が驚いた顔で後ずさる。母親が慌てて手を合わせる。
「す、すみません兵隊さん……でも、あまりにも……」
「貴様ら何を考えている!これは敵の撒いた毒かもしれんのだぞ!」
石田少尉の怒声が広場に響き渡った。
副官が息を詰めて報告する。
「少尉殿、市街各所に同様の物体が散乱している模様です。 飴、砂糖塊、菓子類多数。拾得者続出との報。」
「まったく……姑息な真似を」
石田少尉は唾を吐き捨てるように言葉を吐いた。
「敵は我々の国民性を熟知している。甘味飢餓を逆手に取り、毒物を偽装してばら撒いたのだ。」
「まさか…そんな姑息なことが…」
「敵は鬼畜米英である!戦争だぞ、甘く見るな!」
「直ちに市警と内務省へ通報すべきかと」
「当然だ!拡散を防げ。場合によっては防疫出動も考えろ。こんな連中の策に乗せられてたまるか……」
月明かりの下、巨大なB-29残骸と、その周囲に散らばる無数の砂糖菓子。
その光景は、誰も見たことのない――そしてこの先誰も経験したことのない奇妙な戦争の始まりを、静かに物語っていた。




