第19話「本土防空司令部・模擬弾疑惑」
1945年3月10日 午前3時――
東京・市ヶ谷 大本営第一防空司令部 地下作戦室。
無線通信士たちが各地の高射砲陣地や迎撃部隊から次々に入電を受けていた。
今夜はこれまでに例のない規模の空襲だった。
「各高射群、撃墜確認5機。内1機、立川方面墜落。市街地への墜落は2件確認。」
「陸軍航空隊、屠龍・月光、計11機出撃。迎撃は継続中。」
作戦幕僚の吉岡中佐が、報告書を読み上げる声にわずかな困惑を滲ませた。
「敵機は概ね離脱中。しかし……撃墜数はわずか5。規模を考えれば被害はあまりに軽微。」
参謀次長・藤川大佐は、赤鉛筆で地図盤の爆撃侵入コースをなぞりながら首を振った。
「……あの規模の編隊でこの損害率とは…。迎撃が甘かったか。」
「高射砲弾の密度が不足しておりました。夜間低空侵入は予想以上に対応困難です。」
吉岡中佐の補足に、藤川大佐はうなずきつつも眉をひそめた。
「それは仕方あるまい。だが――」
彼は報告書の別紙を手に取った。
「……火災発生状況が腑に落ちん。」
通信士が新たな報告を読み上げる。
「市街地火災――現在まで目立った延焼確認なし。小規模火災が数件。延焼広がらず。現場消防隊が既に消火中。」
「……何だと?」
幕僚室に低いざわめきが広がる。
「 あれだけの規模の攻撃で、被害がこれだけとは……」
「敵の意図はなんだ、あきらかに市街地上空を狙っているんだぞ?」
「はい、低高度で侵入してきた以上、命中精度はむしろ高まっているはずです。」
「では爆弾が不発だったのか?」
誰もが口々に推測し始めるが、決定打は出ない。
その時、吉岡中佐が慎重に言葉を選んで呟いた。
「……まさかとは思いますが――模擬弾、あるいはダミー弾という可能性は……?」
一瞬、司令部内が静まり返った。
藤川大佐も苦く呟いた。
「模擬弾? いや、あり得んだろう。乾坤一擲。こんな大規模な事何度も行えるわけではあるまい、大規模な戦果を期待しての行動と捉えられる、少なくとも我々ならそうする…彼らが模擬訓練でわざわざ帝都上空まで来る理由など……」
「ですが……実態がまるで噛み合わないのです」
作戦室の空気は重く沈んだ。
事態はあまりにも不可解だった。
焼夷弾による猛火を想定していたはずが、東京は今なお静かな闇の中にあった。
「何かが……説明できぬほどおかしい」
誰もが、その胸中で答えの出ぬ疑念を膨らませ始めていた。




