第15話「異常戦果報告」
1945年3月10日 午前1時25分――
B-29「Silver Rain」機内。
副操縦士のトーマス・グリーン中尉は、無線ヘッドセットから流れ続ける各編隊の交信を固唾を呑んで聞き続けていた。
『前方編隊、全爆弾投下完了!』
『第一波編隊、離脱コース移行中!』
「投弾完了確認、進路維持」
機長のスティーブンス大尉が淡々と応じる。
これまでのところ、敵の迎撃は想定より遥かに少なかった。高射砲弾幕も散発的、戦闘機の襲撃も一部だけ。完全な作戦成功に見えた――その時までは。
『報告、被害軽微。僚機損失:第73爆撃軍司令部所属「Sky King」撃墜確認。先頭隊長機の模様。』
「隊長機まで落ちたのか……」
トーマスは一瞬眉をひそめたが、無線は間髪入れず流れ続ける。
『現在、投下地点進入中――目標市街地上空!』
眼下の市街は徐々に姿を現していく。
「異常だな……火災旋風が……発生してない」
航法士が呟く。
高度わずか1500メートル。目視確認可能なはずの大火災が、ほとんど確認できなかった。
「ジェフ、カメラ確認!」
爆撃手ジェフが即座に写真判定用カメラを起動させたが、現像が間に合うのは帰還後だった。
『攻撃戦果、目視確認不能!火柱確認できず!』
「おかしいぞ……爆発してないのか?」
さらに後方の僚機群からも次々と無線が入る。
『爆発反応なし。火勢上昇兆候なし!』
『市街地上空、奇妙な粒子状の光反射確認……』
『投下後の煙柱形成せず――異常気象か?』
機内がざわめく。
「ジェフ、投下照準再確認!」
爆撃手が必死に照準装置を覗き込むが、焼夷弾が落ちたはずの区域には、まるで霧がゆらめくような淡い白い靄が漂っていた。
「火が……ない! 爆発が起きていない……!」
「爆弾は正常に投下されているぞ!」
スティーブンス大尉も信じられぬ思いで操縦桿を固く握りしめる。
無線が激しく重なる。
『爆撃効果確認不能!火災旋風形成せず!』
『攻撃戦果――なし!繰り返す、戦果なし!』
トーマスの額を汗が流れた。
これまで積み上げてきた作戦理論、兵器理論――すべてが、まるで否定されるかのような不気味な沈黙の市街地。
爆撃なのに爆発しない――
焼夷弾なのに燃え広がらない――
「……何か、おかしいぞ……」
全機はそのまま、静かに旋回を開始し、離脱コースへと入っていく。
背後の東京市街は、まるで何も起きていないかのように、静かに黒い影を落としていた。




