第14話「闇夜の逆襲、そして……」
1945年3月10日 午前1時22分――
B-29「Sky King」機内。
機長ロバート・ハミルトン大尉は、爆撃侵入コースを保ちながら、わずかに口を開いた。
「爆弾倉、開放」
ゴウン――と鈍い機械音とともに、腹部ハッチが開き、爆弾が次々に滑り落ちていく。
焼夷弾、M-69。
ナパームを詰めた新兵器は、今まさに東京市街の夜へと吸い込まれていった。
「照準完了……投下!」
爆撃手ジェフの声が緊張と共に響く。
そして――機内に静寂が戻る。
「……よし、投下完了。進路離脱だ」
だが、その直後だった。
「右後方高角!敵機接近!」
尾部機銃手の叫びがヘッドセットに叩きつけられた。
ロバートが振り向くより早く、夜空の闇を裂いて細長い機影が滑り込んでくる。白い尾灯――
「月光だ……!」
日本海軍夜間戦闘機 J1N1。重武装の20ミリ機関砲を備え、B-29狩りに特化した殺し屋だった。
「射撃準備!機動回避開始!」
ロバートは大きくバンクを切るが、月光は驚異的な上昇角で一気に背後へ迫る。
そして、20ミリ機関砲の閃光が走った。
ダダダダダダダ――!
「被弾!左翼外縁、燃料タンク直撃!」
副操縦士の絶叫が重なる。炎が機体左側から噴き出し、火の手は瞬く間に胴体へ這い寄っていく。
「冷却失敗!推力低下!コントロール不安定!」
機関士の悲鳴に近い報告。
「エンジン2番停止!油圧喪失!」
ロバートは全力で操縦桿を引く。だが重力に引きずられるように機体は降下を始めた。
「これ以上は無理だ!全員脱出用意!!」
緊急脱出警報が機内に鳴り響く。爆撃手、航法士、通信士が次々と脱出ハッチを蹴り上げ、暗闇へ飛び出していく。
最後にロバートが飛び出した時、燃えさかるSky Kingは、まるで赤黒い流星のように東京市街へと落下していった。
――落下傘降下中――
ロバートは漆黒の夜空の中、静かにゆっくりと降下していた。
風は強く、視界は狭い。だが、はるか下方に広がるはずの東京市街地が、あまりに奇妙な様相を見せていた。
「……なんだこれは……」
本来なら、今頃あちこちで炎が吹き上がり、火災旋風が都市を呑み込んでいるはずだった。
だがそこに見えたのは――
闇に沈む市街地の中に、淡く光る白い靄のようなものが一面に漂っていた。まるで雪の結晶が浮遊しているような光景。
「火災旋風が……発生してない……?」
パラシュートの紐が風に揺れ、ロバートの体はゆっくりと旋回する。その度に東京の街が別の角度から現れるが、どの方角にも火柱は見えなかった。
「ナパームを落としたのに……どういう……」
だが彼はまだ気づいていない。
今、自分が目撃している"白いもの"が、本来ナパームが撒き散らしていたはずの粘着炎ではなく、ある"異常な物質"に置き換わり始めていることを――
その先には、まだ誰も知らぬ"甘味戦線"が、静かに幕を上げつつあった。
漆黒の東京上空。
落下傘の彼方に、なおもB-29の銀翼が次々と侵入していた。




