第13話「屠龍、闇を裂く」
1945年3月10日 午前1時12分――
東京西部・立川飛行場。
「発進準備完了!屠龍第二戦隊、離陸許可を!」
吉田信一中尉は、エンジン音が唸りを上げる操縦桿を強く握りしめた。
暗闇の滑走路を猛スピードで滑り出し、機体は夜空へと舞い上がる。
『敵大編隊、帝都上空侵入! 高度約1500!』
無線が緊迫した声で鳴り響いていた。
「馬鹿な……こんな低高度で……」
吉田は信じられない思いで操縦席から前方を睨み続けた。
B-29はいつもは高高度から来るはずだった。それが今夜は、まるで手が届きそうな低さを悠然と進んでいる。
「目視確認……!数百……いや、想像もつかない!」
前方にはまるで巨大な銀の河が夜空を横切っていた。B-29群は編隊を崩さず、整然と東京上空へ向かって進撃している。
「爆弾倉、開放!」
無線の傍受波にアメリカ兵の声が重なる。
屠龍の操縦席からも、下方のB-29機腹が一斉に開くのが見えた。爆弾が次々に滑り落ちていく――
ドロリとした液体を封じた焼夷弾が、東京の夜景へ吸い込まれていった。
「投下開始だ……!」
吉田は咄嗟に機銃発射の準備を整えた。
「進路確保!後方上空から侵入する!」
機銃手が叫ぶ。
屠龍は背面双発の重武装夜間戦闘機。B-29の尾部死角からの奇襲を狙って接近していく。
しかし、B-29の尾部機銃座も黙ってはいなかった。
閃光が走る――
ダダダダダダダダ――!!
「被弾――!被弾だ中尉!」
機体右舷に弾痕が走り、燃料がわずかに漏れ出す。
「構うな!あと少し!」
吉田は強引に操縦桿を倒した。暗闇の中、ひときわ巨大なB-29の機尾に重なりかける――
「発射ッ!!」
屠龍の機関砲が火を噴いた。
20ミリ弾がB-29の尾部に食い込む。ガラスを砕き、胴体を貫通し、一部の火花が爆弾倉付近へと散った。
「命中確認!……だが――」
反撃の銃弾が操縦席をかすめ、キャノピーがひび割れる。
吉田は急旋回で回避しつつ息を呑んだ。
下では無数の爆弾が降下を続け、街へ向かっていた。
B-29群はなおも淡々と編隊を維持し、次々と爆弾を落とし続ける。
「くそっ……全滅だ……!」
夜空は、まるで巨大な滝のように爆弾が流れ落ちる光景に変わっていた。
その背後、遠くからは更なるB-29の後続編隊が静かに接近しつつあった――。




