第11話「迎撃の火線」
1945年3月10日 午前0時30分――
東京・板橋高射砲陣地。
黒い夜空に、サーチライトの白い光線が何本も交差していた。
不気味にうねるような重低音が空から響き渡る。
「敵機接近!数、三百機以上!」
高射砲隊長の村岡大尉は、双眼鏡を握りしめながら怒鳴った。
「各砲、照準!開戦用意!」
砲座の兵たちが一斉に動き始める。
旧式の八八式高射砲が次々と砲身を上げ、弾薬手が次弾を積み込む。銃座の周囲では汗と緊張が入り交じっていた。
「高度は?」
「約1500、いや1200メートルまで下がってきております!」
「低い……低すぎる……!」
村岡は呻いた。これまでのB-29は常に高高度から爆撃してきた。それが今夜は、まるで地表すれすれを飛んでくる。
「目標!方位南西!射撃開始!」
ズドン――ズドン――!
高射砲が火を吹き始める。
橙色の砲炎が暗闇を照らし、榴弾が夜空で炸裂する。破片の雨が落下していく。だが敵編隊は規模が大きすぎた。
「命中確認!」
副射手が叫ぶ。
「1機、火を吹いた!」
確かに、遥か前方の編隊内で一機のB-29が左翼を赤く染め、編隊から脱落していくのが見えた。
爆撃手座から炎が噴き出し、煙の尾を引きながら下降していく。
「よし、続けろ! 弾幕を切らすな!」
だが、次々と飛来するB-29群は止まらない。圧倒的な物量が黒い大河のように東京へと迫ってくる。
「これが……アメリカの力か」
村岡は歯を食いしばった。
同時刻――
各地の高射砲陣地でも迎撃は続いていた。
足立の第三高射群
江東の第二十二高射大隊
葛飾の第五十五高射隊
東京全域の高射砲火が、夜空を埋め尽くす閃光となって炸裂する。
だが、戦況はあまりに不利だった。砲弾は不足し、弾幕密度も限界だった。
「命中率わずか……だが撃たねばならぬ!」
現場指揮官たちは必死に砲を撃ち続けた。
何機かのB-29は確かに落ちた。だが、それでも空は埋め尽くされていた。
午前1時過ぎ――
ついに、先頭編隊が東京都心上空へと進入を開始した。
「やられるぞ……!」
誰もがそう思った。
だが、その先に待つ運命は、まだ誰も予想していなかった。
次の瞬間、B-29群の爆撃倉が一斉に開かれ始めた――。




