第104話「グアム司令部報告 —」
1945年4月5日 午前 グアム・太平洋方面軍司令部
分厚い報告書の束がマッカーサーのデスクに積み上げられた。
背後で参謀長サザランドが緊張気味に立っている。
「……サイパンの被害報告が届きました、閣下。」
マッカーサーは無言で書類を手に取った。
ページを捲るごとに、その表情は険しさを増していく。
敵侵入機数:推定50〜60機
撃墜確認:5〜8機
B-29 損失:50機以上(破壊・大破含む)
燃料備蓄:半数以上焼失
格納庫:3棟消失
滑走路:2本のうち1本使用不能
「──たった五機か。」
低く呟くマッカーサーの声に、サザランドは思わず背筋を伸ばした。
「確認可能な範囲での確実撃墜数であります。敵機は極めて低空を用い、なおかつ……防空火網が効果を発揮せず──」
「防空火網が効果を発揮せず、だと?」
マッカーサーは書類を静かにデスクへ叩きつけた。
「空軍の連中はこのサイパンを何だと思っていたんだ? 観光地か?ピクニックでもしてたつもりなのか?」
サザランドが苦しげに口を開く。
「空軍側は、この方面は完全制圧下にあるとの認識を──」
「完全制圧? 50機もやられて完全制圧か!」
マッカーサーは激昂した。
「侵入された敵は50機超、破壊された爆撃機も50機を超える!燃料タンクは大半が燃やされ、それで撃墜確認はたった5機?
我々が届くのだ、足の長い日本機の攻撃が届かないと空軍の連中は忘れていたのだ!」
「……まったくたるんでいる。」
デスクの上に飾られた杖をゆっくり握りしめた。
「このサイパンは、本来なら空軍の本陣であり命脈だろう。
その心臓部をたった一晩で敵の挺進部隊に好き勝手に踏み荒らされて、このザマか。」
「これが敵の新手の作戦なのか──あるいは我々の慢心か。
……いや、答えは決まっている。」
静かに吐き捨てるように結論付けた。
「空軍が甘かっただけだ。
ここがまだ"前線"だという事実を、やつらは夢にも思わなかったのだ。」
サザランドはうつむき、答えなかった。
マッカーサーはコーンパイプの煙をくゆらせ、そのまま天井を仰ぎ見た。
その双眸には、
今まさに沖縄正面で進行している**もう一つの"決戦"**の輪郭が、じわりと浮かび上がり始めていた。




