第103話「 サイパン急襲報告」
1945年4月5日 早朝 サイパン島・米陸軍航空軍第21爆撃軍司令部
夜明けと共に、司令部幕僚たちが続々と執務室へ集まっていた。
誰の顔にも疲労と緊張が浮かんでいた。
ルメイ少将は報告書を一瞥すると、わずかに顔を歪めた。
「──50機だと?」
参謀が緊張した声で繰り返した。
「はい。確認できた損失だけで、B-29が少なくとも50機破壊、または大破判定です。」
「格納庫3棟消失、滑走路2本のうち一本使用不能。燃料備蓄区画全焼。被害甚大であります。」
ルメイは報告書を乱暴に机へ叩きつけた。
「50機……1夜で50機か。信じられん。」
彼は深く息を吐き、硬い声で続けた。
「高射砲陣地は?」
「全力で迎撃したと思います。砲身が焼けるほど発射しています。命中確認も複数。しかし敵機は全く撃墜に至らず──」
「……またか。」
ルメイの額に、汗が滲んだ。
「撃墜不能の敵航空機」──この現象は、大阪空襲時に自身の目で確認した異常に硬い日本機による襲撃だ。今回は戦闘機ではなく爆撃機であったが、さらに防弾性がある様子だ。
更に報告官が追い打ちをかける。
「敵爆弾投下は正常に行われました。
滑走路・格納庫・弾薬庫への直接命中を複数確認。
爆弾は爆発しています。」
ルメイの目が鋭く細められた。
「……爆発だと?」
「ええ。爆薬は間違いなく作動しております。」
ルメイは沈黙したまま、視線を宙に浮かせた。
──なぜだ。
自軍の爆弾は本土攻撃時には不発の連続で試行錯誤を繰り返している。
それに対し、日本側の攻撃は全て機能しているように見える。
この理屈の合わぬ非対称性が、彼の理性を静かに侵食していく。
報告は更に続く。
「戦闘区域から敵兵捕虜を若干確保しました。生存者は殴打による昏倒状態で拘束。」
「……殴打?」
「ええ。銃弾がほぼ効いておらず、近接戦闘で取り押さえた模様です。」
「……」
「敵兵は通常の陸軍制服に加え、防弾性の特殊被覆が施されていた可能性が指摘されております。」
ルメイは無言のまま顎に手を当てた。
「新型防弾服の実用化……?」
別の「合理的説明」を無理に探す思考が、彼を一層袋小路に追い込んでいた。
最後に参謀が言葉を続けた。
「なお、滑空型の新型機材を現地で複数回収しております。
破損機多数ながら──工廠にて分解調査に移行中。」
ルメイはしばらく沈黙した後、静かに命じた。
「滑空機体・爆弾残骸・敵兵装──あらゆる破片を回収して調査せよ。」
「この戦場で何が起こっているのか──必ず突き止めねばならん。」
夜が明けるサイパンの上空に、まだ黒煙が漂っていた。
だがルメイの内心に生じた闇は、夜よりもなお深く沈み込んでいくのだった。




