第102話「サイパン急襲 — 挺進白兵戦」
昭和20年(1945年)4月4日 深夜 サイパン島上空
深夜のサイパン基地上空。
レーダー監視員が叫び声を上げた。
「多数機接近中! 高度3000、速度180!」
司令部の将校が無線に怒鳴る。
「全防空部隊に通報!高射砲、機銃陣地、発射用意!」
その頃、暗闇の中を陸軍航空挺進戦隊の各機が突入を開始していた。
四式重爆「飛龍」 12機
一〇〇式重爆戦闘機「屠龍」 18機
滑空挺進機「ク-7」改造型 10機
二式戦「鍾馗」直掩編隊
温存されてきた陸軍航空の「残存精鋭」だった。
サイパン防空陣地は轟然と火を噴いた。
128mm高射砲が赤い弾道を描き、Bofors 40mm機関砲が連続射撃を始める。
「撃て!撃てぇぇぇぇ!」
米兵たちの叫びと共に、滑走路上空は砲火の檻と化した。
だが。
敵機体へ砲弾は吸い込まれ、炸裂音と爆発炎は派手に広がるのに、突入中の日本機は落ちない。
撃ち出された高射砲弾の破片が空中で消散し、まるで白い霧が舞うように砕けていく。
砲手たちは異様な光景に混乱し始めた。
「命中してるはずだ……なぜ落ちない!?」
「くそ、敵が頑丈すぎる!」
その間を縫い、飛龍編隊が滑走路端へ迫った。
「投弾!滑走路先端、目標指定通り!」
爆弾群が次々に地表へ吸い込まれ、燃料庫・整備庫・駐機中のB-29が火を噴いた。
巨大な火柱が深夜の基地を赤く染め上げた。
「命中多数──火災発生中!」
直後、挺進滑空機群が続く。
「滑空突入──各機、強行着陸開始!」
ク-7型滑空機が次々と滑走路脇に突き刺さるように着陸していく。
その様子を見た上官から檄が飛ぶ。
「撃墜じゃないぞ、白兵戦に備えろ!のりこんでくるぞ」
無数の機銃座に米軍歩兵が配置され、着陸した機体へと機銃座からの射撃が始まる。
だが、敵機体が頑丈なのか、いくら打ち込んでもダメージを与えている感じがしない。
敵機体から次々と日本兵が周囲に展開していくのが見える。
機銃弾は日本兵の至近をかすめている。首位に白い粉粒の煙が広がる。
「なんだ…!?…弾が効かないぞ!?」
米軍守備兵が叫ぶ暇もなく、挺進兵たちは次々跳び出し身近にあるB29に接近していく。
「突撃!」
刀を抜いた将校が叫び、一部の銃剣を構えた挺進兵たちが機銃座の正面へと飛び出す。
米兵たちが絶え間なく応戦するが、射撃による制圧は効いていないように見える。
あちらこちらで、肉弾戦が濃密に交錯する。
至近距離で撃たれながらも倒れない日本兵。
拳銃を何発も叩き込まれても前進する兵士が米兵の目前に迫る。
「ヒィィッ──!」
若い米兵が恐怖で銃を投げ捨て、次々と後退していく。
「バカ共が、陣地を守れ、おい!どこへ行く」
上官が静止するように叫びながら、目の前の日本兵の銃剣を銃床で弾き肉弾戦に突入する」
その一方で、屠龍直掩部隊は低空でB-29群を捕捉していた。
「敵大型機発見──攻撃!」
機関砲が火を噴き、整備中のB-29が次々に爆発を起こしていく。
爆炎の中で、サイパンB-29基地の中心部は事実上機能停止に陥った。
米軍司令部内
「滑走路駐機中のB29壊滅的な被害!損耗甚大です!」
「上空の敵機体、依然攻撃継続中!高射砲が機能しておりません!弾が──効かないんです!」
司令部の将校たちは顔を蒼白にしたまま、目の前の光景を信じられずにいた。
日本挺進隊無線
「目標大半破壊──部隊、なお交戦中!」
「攻撃継続中、作戦成功。繰り返す作戦は成功した!」
4日深夜に発せられた無線は、趨勢を見守っていた東京の司令部要員に、奇妙な勝利感を与えた。
不気味な違和感が入り混じる戦場で、
サイパンの夜は、地獄のまま白々と明け始めていた──。




