第二話 星羅と妃選び
私、羽田星羅は田舎で暮らす平凡な巫女。そう紹介したいところだけど、両親が早死にし、従兄弟の桃哉にいちゃんと共に暮らしていた。桃哉にいちゃんは私の親がわりだ。
私は巫女なので地域にある神殿でお祈りしたり、儀式を行ったりするのが仕事だけど、まだ十六歳の私にできることは少なく、主に雑用係だ。
でも、それでもいいんだ。この陽翔国は私が信じる神様の国ではないから。
私のご先祖さまは大陸の西で「神の民」だった。小さな国だったけど、全知全能の神様に選ばれ、一時期はとっても豊かだったりした。でも、他の女神や邪神を信仰するようになり神様の怒りを買い、世界中に散り散りなってしまった。
この東の果ての島国・陽翔国にも神の民の一部が流れつき、機織りや建設の技術なども伝えたけど、元々この国が信じるカミサマと相性が悪く、ご先祖様たちは強い迫害を受け、結局、ここの土着宗教と混じり合い、共存していく道を選んだのだ。
もっとも私が働く神殿の「鳥居」や「手水舎」など、ご先祖様の伝えた神様の影響が色濃く残っていたりもする。神殿の配置も私達が信じる神様の礼拝所とよく似てる。それは文化の風習にも残っていて、「虎の巻」という言葉や「鏡餅」なんかもそうだけど、知っている人はほとんどなく、陽翔国の文化となっていた。
「神の民」は陽翔国の人より、目鼻立ちがはっきりとし、その点は違う。肌の色は同じだが、少し目立つ。「天狗」も「神の民」がこの国の人達に誤解された姿だ。私達から見ると、ただの敬虔な宗教家だったが、人外の妖怪に見えてしまったらしい。「鬼」も同じような経緯で妖怪だと誤解されていた。
今も一部の里では「神の民」として生きている人達もいるみたいだが、悪意のある噂話も多く、私も基本的には身分を隠して生活していた。本当は神様へお祈りしたい時はたくさんあったけれど、我慢する時も数えきれない。
「星羅!」
「何、桃哉にいちゃん」
そんな事を考えつつ家に帰ると、桃哉にいちゃんはご機嫌。三十二歳で薬師として働いていたが、細身で何処か繊細そうに見える容姿もあってか、女性の影は全くない。私に気を遣っている様子もなく、薬草研究が趣味で、誰よりも健康で、好奇心も強い人。そのおかげか貧しいながらも、私も明るく生活できていた。
「ところで、星羅。お客さんからすごい知らせを聞いた。なんでも都で王様がお妃様を探しているらしいよ。前のお妃様はすごい悪女だったからね」
「へー」
「しかも巫女の中で選ぶんだってよ。お前も参加したら? お妃選びに」
「やだよ〜」
といっても好奇心が強い桃哉にいちゃんはやる気いっぱい。女装してまでお妃選びに出場したいと言い出し、結局、私も付き合う事になった。私も一応巫女だし、暴走中の桃哉にいちゃんを止めないと。
桃哉にいちゃんの女装は案外、気合いが入り、普通に可愛かったのはちょっと悔しいけれど。
それにお妃選びでは、有名な巫女達が偉そうにしていて、私は嫌味を言われた。地味な白い着物と赤い袴という巫女装束では駄目なのか全くわからない。楽屋は化粧品や香の匂いが充満し、ふらつくぐらいだ。
それでもお妃選びでは歌や踊りも審査対象だった。ご先祖様からお祈りの仕方だけでなく、歌や踊りの技術も継承されていたので、私は難なく披露できた。楽器も得意。桃哉にいちゃんはさすがに低い声を隠すの無理そう……。
「聖羅姫! お上手!」
「すごいよ、あの星羅姫は!」
歌や踊りは大盛況だ。さすがご先祖様は神様から知恵を得ているとしか言いようがなかったが。
「みなさん、ありがとう」
本当は「神様ありがとう」と言いたいぐらいだが、心の中に隠し、笑顔を作る。
舞台の歌裏では有名巫女達が歯軋りしていたが、見なかったことにしよう。私は深々とお辞儀をし、笑顔を見せた時だった。
なんと目の前に王様が現れた。周囲は騒然としていたが、王様は全く気にしない。というか、顔を赤くし、目がキラキラとしているのは、普通の少年に見える。王様らしい紫の袴や、長い黒髪、煌びやかな冠などどうでもよく見えるぐらい。
「君が星羅姫かい?」
「え、ええ?」
「一目惚れした。私の妃になってくれ」
「は?」
さらに会場は騒然とするが、誰が王様の言葉に逆らえるだろうか。
「ええ」
私も逆らえるはずがない。このまま後宮入りが決定し、有無も言わせぬまま、肌にはたくさんの化粧品を塗られ、髪も綺麗に切り揃えられた。
婚儀の日程も決まっていく。もう引き返せない。桃哉にいちゃんが女装してで私の侍女になってくれた事だけが希望か。
こうして私の運命が決まってしまった。