夢喰い
私の受験番号はそこになかった。
自分でも驚いたけれど、私はあっさりと受け止めていた。
アニメや漫画のようにガックリと肩を落とすこともなかったし、すぐ隣で鼻水まで出して泣いている名前も知らない女の子のように泣くこともなかった。
来るときは心を落ち着かせるためにゆっくりと歩いて来たけれど、今度はバスに乗ってスマホを片手にLINEをする。
淡々とした作業で「落ちた」とだけ次々に送って。
続々と送られてくる励ましのLINEや通話が鬱陶しくなって、私はスマホの電源を切ってしまった。
いつになったら涙が出てくるのかな、なんて考えながら。
滑り止めは受かっていた。
だから、もう進路は決まっている。
第一志望ではなかっただけ。
ただ、それだけ。
バスを降りて数歩。
不意に女の人に声をかけられる。
「ね。それ、もらってもいい?」
立ち止まって相手を見る。
どこにでも居そうな大学生にしか見えない。
「それって何ですか?」
「君の夢」
瞬間。
小気味の良い音が響く。
私の右手が思い切り痛む。
だけど、多分。
目の前の女性の頬の方がもっと痛んでいるに違いない。
「何なの!? あんたは!?」
自分でも驚くほどに大きな声で叫んでいた。
涙が落ちていた。
自分の涙が。
それに自分でも驚いていると、女性は叩かれた頬を擦りながら言った。
「いったぁ……なんだよ。まだ全然諦めてねえじゃん……」
彼女は舌打ちをして私を睨みつけると品も何もない声で私へ怒鳴り返した。
「そんなに未練あるなら捨てようとすんな! この、バカ!!」
その言葉が全て耳に入る前に彼女は消えていた。
それと同時に。
まるで待っていたかのように私の目からは涙が流れ出した。
そして、私は文字通り誰の目も気にすることもなく大声で泣いていた。
泣きながら、私は再び歩み出した。
想定していた最短ルートからはかなり外れてしまったけれど、それでも自分の思い描いた夢を見るために。
そんな決意を胸に、みっともなく、情けない姿になりながら。
ふらふら、ふらふらと私は歩み続けた。
少女の背中をこっそりと伺いながら女性はぽつりと呟いた。
「頑張れ」
叩かれた頬はまだ熱く、痛みもある。
「君が夢を諦めたらまた行くよ」
そう言って、人の夢を喰らう怪異はそのまま歩き去る。
腹は今日も空腹だった。
何せ、今回もまた人の夢を喰えなかったから。
けれど、不思議とそれが嫌じゃなかった。
「あーぁ、仕方ないか。今日も建前だけ掲げているアホな中年の夢でも探そ」
そう言って、栄養失調気味の怪異は今日もまたフラフラと歩き出した。
どこか充実した満足感とともに。