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5話



「お嬢様、大丈夫ですか?顔は腫れて無いですね…」


部屋に戻ったエリザベスにシュナは開口一番、父に暴力を振るわれていないかを心配した。誕生日に父の機嫌がいっそう悪くなるのは使用人の間で周知の事実だが、雇い主を娘に暴力を振るう人でなし扱いしているシュナの豪胆さにヒヤヒヤする。何処で誰が聞いているか分からないが、この時間使用人がエリザベスの部屋に近づくことは滅多にないから大丈夫だろう。食事を運んでくるメイドも父に呼び出されたことを知らされたからか、まだ来ない。


「大丈夫、何もされてないわ…そうそう、私とウォルター様の婚約が破棄されることになったらしいわ、アリサと婚約するんですって」


「はい?…あの男、散々お嬢様を蔑ろにした挙句アリサお嬢様に乗り換えた…?消しましょう今すぐに」


「相手は侯爵令息よ、バレたらシュナが捕まるわ」


 全身から怒りのオーラが滲み出ており、今にも部屋を飛び出して行きそうなシュナを宥める。理不尽な目に遭ったエリザベスの方が落ち着いている。


「お嬢様もっと怒ってください!誰も彼もお嬢様を何だと思って…」


「…別に怒ってないのよね。ウォルター様との関係を再構築するのは諦めていたし、アリサと親しくしていたのも知っていた。いつかこうなると思っていたからかしら。驚くほど冷静よ」


しかし、誰もがエリザベスの意思を無視し軽んじていることに対しては思うところがある。怒っていないという点に関しては訂正したい。父や兄に対する失望もエリザベスの心をじわじわと侵食して来ている。空っぽの心の中を冷たい風が吹き抜けて行き、エリザベスの中を占めているのは虚しさだけだ。


あのことを話したらシュナの怒りが激しくなりそうだが、話さないわけにはいかない。椅子に座ったエリザベスが改めて口を開く。


「お兄様達が婚約者の居なくなった私に新しい婚約者を探してくれるそうよ。アルギア伯爵とフェル侯爵が候補にいると仰っていたわ」


 案の定烈火の如くシュナが怒り出し「馬に蹴られれば良いのに」と怨嗟の言葉を吐き散らかす。


「お嬢様の意見も聞かず勝手に話を進め、しかも前々から決まっていたのに誕生日に知らせるって態とですよね?陰湿ですよ本当」


「お父様が私の意見を聞かないのは今に始まったことではないし、私の誕生日はお父様達にとって一番嫌いな日だもの」


父達は何処までもエリザベスを傷つけ、踏み躙りたいのだ。とっくに理解していても、僅かに悲しいと思う自分もいる。折角の誕生日に水を差されてしまい、憂鬱だ。


「お嬢様、もう伯爵家から出ましょう。お嬢様一人くらい私頑張って養います」


シュナは前のめりで提案してくる。彼女はエリザベスの三つ上で兄妹の多い男爵家の出身だ。生まれた時から仕えてくれていた前の侍女が体調を崩して退職して以来、メイドが嫌々世話をしていたエリザベス付きに立候補してきた。妹がいるシュナは蔑ろにされてるエリザベスを放っておけなかったのだ。彼女はエリザベスの行く末を案じ、何処までもついて来てくれようとする。彼女を巻き込みたくはない。


「シュナの気持ちは嬉しいわ。でも誰かに頼り切りになるわけにはいかない。元々婚約が駄目になったら卒業後は平民になって家を出て、王宮事務官の試験を受けるつもりでいたの。王宮に勤めると寮に住めるから家を出されても問題はないし。一人でも何とか生きていけるわ」


「逞しいですお嬢様…頼ってもらえないの寂しいけれど。でもあの旦那様のことです、学園辞めて嫁げと言って来そうですよ」


「それは恐らく大丈夫。実家の資金繰りが厳しいわけでもないのに、あからさまに悪い噂のある家に退学させて嫁がせようとすると学園から調査が入るの。昔、親と折り合いが悪く私のように婚約破棄されてすぐ嫁がされる令嬢が一定数いたことから、こういう制度が出来たらしいわ。調査が入ったなんて醜聞も良いところ、お父様はそこまで愚かではないから卒業まで通わせてくれるはず」


「そんなのあるんですね。それなら一安心…なんですかね」


「今の所出来ることはないわね。まあお父様が本当に愚かだったら、なりふり構わず出奔するわ」


「私に声かけるの、忘れないでくださいねお嬢様」


しっかり釘を刺すシュナにエリザベスは曖昧に笑った。




朝から父に呼び出されるというイレギュラーが発生し、馬車に乗った時間がいつもより遅かったが遅刻することはない。エリザベスよりも後に出るアリサは今日は早く出たと聞かされ、珍しいこともあるのだと特に気に留めなかった。




学園の正門に着き馬車から降りたエリザベスは何やら違和感を覚えた。


(周りが私のことを見ている…?)


 四方八方から刺さるような視線とエリザベスの方を見ながらヒソヒソ話している令嬢達の姿が目に入る。その令嬢達の方を向くと「マズイ」と言わんばかりに慌てて顔を逸らされた。リボンの色は同じだが、見覚えがないのでAクラスではない。見知らぬ生徒にこんなにもジロジロ見られることをした覚えがない。


(ウォルター様のファンの令嬢が相手にされてない私をあからさまに馬鹿にして来たことはあったけど、最初だけだったし)


今でもないわけではないが、表立ってではなく影でコソコソしている程度で慣れればどうということはない。が、これはその時受けたものとはまた別だ。得体の知れない気味の悪さが身体を駆け巡り、無意識にスカートをギュッと握っていた。


視線に耐えながら玄関まで辿りつくと「リズ!」とリラが駆け寄ってきた。切羽詰まった表情で何かが起きたのは明らかで彼女はエリザベスの耳元で周囲に聴かれないよう、こう言った。


「ウォルター様があなたと婚約破棄して、異母妹と婚約するって本当?」


「っ…何で知っているの」


「本当なのね。落ち着いて聞いて。ウォルター様がリズと婚約破棄したことをクラスで話しているの。その上…周りに聞こえるように大声で面白おかしく…あなたを馬鹿にするように」




 

プルプルと震えるリラから激しい怒りが伝わってくる。エリザベスは周囲の変化の理由が腑に落ちると同時に頭が真っ白になっていく。


 (そんなに私のことが疎ましかったの…)


好かれていないのは理解していた。中身はともかくアリサとエリザベスを比べてアリサを選ぶのも、悲しいが理解出来てしまう。だからと言って、こんな仕打ちはないだろうと唇を噛んだ。エリザベスとウォルターの婚約破棄もアリサとの婚約も、隠しておくことは出来ずすぐに広まる。婚約破棄された令嬢は瑕疵がなかろうと「傷物」扱いされ、しかも異母妹に取られたとなれば社交界でも学園でも、面白おかしく噂される。それ自体は仕方のないことだと受け入れている。


だが、元婚約者が嬉々としてエリザベスに対する不満を溢し、寧ろ破棄されたことを喜んでいる事実はただでさえ悪いエリザベスの立場を更に悪くする。それほどまで元婚約者に厭われていた令嬢なんて、相当問題があるのだろうと判断されてしまう。エリザベスは新しい婚約者なんて要らない、厄介払いされるくらいなら一人で生きていくと決めている。それでも。


(確かにウォルター様と仲良くすることを諦めた私にも非はある。でもアリサを選んだウォルター様と異母姉の婚約者を欲しいと願ったアリサは?)


アリサのことだ、自分に非難の目が向かないよう舞台でよく見る「障害を乗り越え愛し合う二人が結ばれた」と周囲に同情を誘うように語っているに違いない。被害者はエリザベスなのに、恐らく学園では二人を邪魔する悪役令嬢の如く扱われている。あと卒業まで10ヶ月もあるのに後ろ指を指され、嘲笑の的になる。そんな未来を想像し、エリザベスの顔からどんどん血の気が引いていく。リラがエリザベスの様子がおかしいことに気づき、顔を覗き込んでくる。


「顔が真っ青よ、保健室に行きましょう…私はあの男をとっちめて来るわ」


「私は大丈夫だから、危ないことはしないで。ウォルター様は妙に人気があるからリラに怒りの矛先が向いたら大変だわ」


リラは容赦なくウォルターを罵倒するだろうが、彼は粘着質なところがあるし美男子といって差し支えのない容姿をしているのでファンが一定数いる。エリザベスはよく知っている、彼女達は陰湿だ。ウォルターに恥をかかせたリラを決して許さず、裏で報復をしにかかる。ウォルターも何をするか分からない。大事な親友をこんなくだらないことに巻き込みたくはない。


「…教室に行くわ。ここで泣いたり逃げたりしたら彼らの思う壺だもの。それだけは絶対に嫌」


散々馬鹿にされ、見下されてきたがこれ以上彼らの望む通りにはさせない。エリザベスは教室棟へと向かった。


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