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百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。  作者: 白藍まこと
本編

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60 夜空を見上げて


「はぁ……」


 明璃(あかり)ちゃんの部屋を出てから渡り廊下を歩いている途中で、溜め息を吐いてしまった。

 やはりという言うか、何と言うか。

 明璃ちゃんもあたしの事を好いてくれているらしい。

 そしてその好意に、また返事をする事も出来ないままだ。

 自分の中途半端に嫌気が差してくる。


「そして、部屋に戻るのか」


 羽金(はがね)先輩の元へ。

 どんな顔をして会えばいいのか、よく分からない。

 三年生の階に行くための階段を上がるのも中々に億劫だった。


「……ん、ユズキ?」


「え、ルナ?」


 階段の前で足を止めていると、後ろから肩に手を置いてきたのはルナだった。


「どうしたの? 階段なんか見て……ってそうか、リアンがハガネになったから」


 すぐに察したのかルナは自分で解決する。


「あ、う、うん……」


「戻りたくないの?」


「いや、ほら上級生の階って緊張するじゃん?」


 本当はもう少し別の理由があるのだが、ルナに直接言う訳にもいかず、それっぽい理由でぼかす。


「……じゃあ気分転換でもする?」


「へ? 部屋に戻るって、あ、ちょっと」


 返事も言い終わる間にルナに手首を掴まれていた。


「大丈夫、少し外に出るだけだよ」


「……あ、そう?」


 まぁ、寄宿舎を出た所で学院内の敷地内であるため危険はない。

 ルナの言う通り、気分転換に外の空気を吸うのはいいかもしれない。


「うん、行こう」


 ルナに手を引かれて、あたしは寄宿舎から外へ出た。




        ◇◇◇




「夜になると涼しいね」


 太陽は沈み、夜の暗闇に包まれていた。

 舗装された道を照らす街灯の下をルナと二人で歩く。

 ほどよい冷たさで肌をさらう夜風は、彼女の言う通り心地よかった。


「もうちょっと先に行くからね」


「え? そうなの?」


 ルナに手を引かれたまま、道を外れていく。

 短い草の上を踏みしめると、カサカサとこの学院では聞き慣れない足音が鳴った。







「ここ」


 辿り着いたのは小高い丘を越えた先にある、開けた草原だった。

 ヴェリテ女学院の中でも端に位置するのか、光源は遠ざかりにある街灯と夜空に浮かぶ星だけだった。


「こんな所あったんだね?」


 この学院の敷地は広いが、森の奥地にあるため何もなく広大な自然の景観がほとんどだ。

 あえてこんな奥まで探索する生徒はそういないだろう。


「一人になりたい時にはここに来ていたの」


「あ、そ、そうだったんだ……」


 ルナの繊細な部分に不用意に触れてしまっている気がする。


「うん、ルナはこの学院に馴染めなくて逃げ出そうかなと思う時もあって。そういう時は、ここに来ていたの」


 草原の中央部分まで来るとルナはそのまま地面に座る。

 ヴェリテ女学院の生徒が草の上に腰を下ろすのは中々大胆な行動に思えるけど、彼女は意外にもそういった事を気にしないらしい。


「座ったら?」


「あ、うん」


 あたしもそれに習ってルナの隣に座る。


「ルナはここでヒマを潰してたの」


 ルナが夜空を見上げる。

 空気は澄んでいて、闇の中を星が照らしていた。

 環境に馴染む事の出来なかった彼女がこんな所で一人佇んでいたとは……。

 それだけで泣けてくる可哀想な話だ。


「それでユズキは何か困ってるの?」


「あ、いや困ってると言うほどでないんだけど……」


「ツラそうな顔してたけど」


「……そ、そんな顔してる?」


 ルナから見ても分かってしまうほどにあたしは態度に出てしまっていたのだろうか。

 だとしたら、もうちょっと上手く隠さないとダメだった。


「多分、リアンの事で色々遭ったんでしょ?」


「……ま、まぁ、ざっくり言うとそうかな」


「リアンの事は、ルナもあんまりいい気分はしてないけど。でも大事なのはユズキの気持ちだよ」


「あたしの気持ち……?」


 正直、それが一番はっきりしないから困っているんだけど。


「うん、迷う事はあるんだろうけど。大事なのはユズキがどうしたいか、結局それしかないんだよ」


「それだと独りよがりになっちゃうんじゃ……」


 あたし一人の決断で、誰かを悲しませるかもしれない。

 そんな状況で自分のしたい事をだけを優先していいとは思えなかった。


「でも自分自身を無視したら、ユズキが傷ついちゃうよ」


「あたしが傷つくのなら、まだいいんだけど……」


 少なくとも他の人が傷つくよりはずっといい。

 誰かを犠牲にするくらいなら、自分を犠牲にした方がよっぽどマシだ。

 それすら出来ない状況だから困っているのだけど。


「それでもあたしが我慢して、誰かを幸せに出来るなら安いもんかと」


「ふぅん。でも自分を幸せに出来ないのに、誰かを幸せにって出来るの?」


「……えっと」


 それは哲学的と言うか、本質的な問いかけだった。

 頭の出来が悪いあたしには、そんな高尚な答えなど持っているわけもなく……。


「でも、幸せって難しいじゃん。何かを成し遂げたいのなら、多少の犠牲はつきものじゃん?」


 それがあたし自身で足りるのかと言われたら分からないけど。

 少なくとも自分を懸けるくらいしなきゃ釣り合わないんじゃないかな、幸せというやつは。


「そうかな? 少なくともユズキが自分を傷つけなくても、今この場で幸せは手に入ってるけど」


「……はい?」


 一体何の事を言っているのか、あたしにはよく分からない。


「こうしてルナだけでしか見る事の出来なかった景色をユズキと一緒に見て、この思い出を共有出来る。それだけでルナは幸せを感じるよ」


 そんな事を何の迷いもなく言うものだから、あたしは何と返事していいか分からなかった。


「そ、それは……何と言うか、ありがたい限りで……」


「でも、もしユズキが傷つきながらここに居たら、そんなのルナは嬉しくない」


「……ま、まぁ、そうだよね」


 一緒に夜空見ているのに、隣で凹んでたら嫌だもんね……。

 確かに、幸せからは遠ざかる気がする。


「だからね、あんまり考え過ぎても駄目なんだよ。幸せなんて曖昧だけど、だからこそ案外簡単に手に入る時もあるんだから」


「……ほ、ほう」


「だから、ユズキはユズキのやりたいようにしたらいい」


 そう言ってルナはまた夜空を見上げる。

 その横顔があまりに綺麗だから、ルナの方を見つめ続けてしまった。


「ルナはずっとユズキの味方だし、いつでも側にいるから頼ってね?」


「あ、ありがとう……」


 ルナにとって今日この日を共有するという行為は、あたしとの繋がりを大事にしてくれている証明でもあるんだと思う。

 とても嬉しいけれど、返しきれない好意の塊にあたしは恐縮してしまうばかりだ。


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