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31 休日の予定


「うーん……」


 あたしは今、盤石の態勢を整えたはずだ。

 (ゆずりは)柚稀(ゆずき)の全校生徒へのヘイトは改善。

 主人公との険悪な関係性も解消。

 ヒロインとも同じように友好的な関係性を築けている。

 つまり安全地帯でフルリスの物語を鑑賞出来る段階に来たはずだ。


 なのに……。


「ユズキ、聞いてる?」


「あ、うん、聞いてはいるんだけどさ」


 教室で席に付いていると、ルナ・マリーローズがあたしの前にいた。

 しゃがみ込み、机の端を両手の細い指で掴みながらこちらに視線を合わせる仕草は非常に可愛い。

 しかし、今はそんなヒロインとの可憐さを堪能している場合ではない。


「だから、今度の週末一緒に買い物に行こうって言ってるの」


「……そっかぁ」


 どうして、あたしを誘うのか。

 それが問題だ。


「返事を聞かせて欲しい」


「他の人を」


「うん、良かった。それじゃ学院への申請はルナがしておくね」


「返事を最後まで聞こうねっ!?」


 いつの間にかあたしが二つ返事でオーケーされそうになっている。

 危ない危ない。


「……断る理由、ないよね?」


「いや、そもそもどうしてあたしを誘うのさ」


「友達と遊びに行くのは自然なこと」


「友達ならね、あたしは違うでしょ」


「友達以上の関係……?」


「ちがうっ、変な意味になってる」


 なぜか目を丸々とさせて頬を染めるルナ。

 何だ、何を想像したの今っ。


「買い物って、何買いに行くのさ」


 基本的には外出には学院の許可が必要になる。

 それ相応の目的があれば基本的には認められるのだが、買い物するだけにも申請が必要なのがヴェリテ女学院だ。


「生活用品の買い足し……って事にしとくかな」


「やっぱり用ないやつじゃんっ」


 遊ぶのが目的のやつだよねっ。

 いや、実際は皆そうしてたまに休日に遊びに行ってるらしいけどさっ。


「別に用なくても構わない、遊ぼう?」


「もう建前が崩れちゃったねっ、諦めるの早いねっ」


「理由なんてどうでもいい、ユズキと一緒の時間を過ごしたい」


「……ぐふっ」


 いや、ね?

 さすがに面と向かってここまではっきり好意で誘われると否定もしずらくなるんだけど。


「他の人を誘うのは……?」


「一緒にいてくれる人がいない」


「ほら、明璃(あかり)ちゃんとか……」


 ちなみに隣の席の明璃ちゃんは今は席を外している。

 何となくだがルナが意図的にこのタイミングを図ったような気がしなくもない。


「そんな一緒に遊ぶほど仲良くない」


「遊ぶから仲良くなるんじゃないかな?」


 順番が逆ですわよ。


「それってユズキでもいいよね?」


「……ああ」


 確かにねぇ。

 あたしの理論だとそうなるよねぇ。


「……そんなにあたしじゃないとダメなの?」


「ダメと言うより、ユズキがいい」


「……」


 好意が真っ直ぐすぎてハートにキュンキュンくる。

 しかし、どうしてここまで好感度が明璃ちゃんではなく、あたしに振られてしまったのか。

 悪い気はしないのに同時に罪悪感も感じるという、二律背反な気持ちになって落ち着かない。


「でもさ、用がないのに外出は駄目だよって先生に言われてるし」


「……先生の言うこと聞くようなお利口さんじゃなかったんだよね?」


 こういう時に悪女設定が痛い。


「……ほら、あたしは心を入れ替えたのよ。責任者までやったんだし」


「偉かったね、頑張ったよユズキは」


「……!?」


 すると今度はルナが立ち上がって、あたしの頭を撫で始める。

 な……なでなでだっ!

 繊細な指先があたしの頭頂部を何度も滑っていく。

 褒めてくれる高揚感と、あたしに触れる安心感が同時に襲ってきて……すごいっ!(語彙力なくてごめんっ)


「だ、だからね、偉い子になったあたしはもうダメな事はしないの」


「頑張ったんだからご褒美あげないと可哀想だよね」


 や、優しさがっ。

 優しさに心が溶けていきそうだっ。

 自分をしっかり保てあたしっ。


「何か食べたい物とかないの? 街に出たら何でもあるよね」


「た、食べたい物……!?」


 ヴェリテ女学院は栄養管理も行き届いている。

 寄宿舎の食事はもちろん、学院内の食事も栄養バランスが整えられているメニューしかない。

 つまり油っこいものだったり、甘いお菓子などは滅多に食べられないのである。


「ユズキはスィーツ好きじゃないの?」


「す、好きだけど……」


「外出すればケーキでもパフェでも食べられるよね」


「そ、それは……」


 文字通り甘い誘惑だ……。

 だが、本当にこの誘いに乗っていいのだろうか。

 あたしばかりに構うヒロインというのはどういう副作用をもたらすのか、想像もつかないのだけど……。


「いいんだよ、ユズキは頑張ったんだから。たまにはご褒美をあげないと可哀想だよ?」


「……そ、そうかな」


 まあ、確かに似つかわしくない事をやり遂げたとは思っている。

 我慢は体に毒と聞くし……むしろ、これはあたし自身のためになるのかもしれない。


「そうそう、どーせ誰もしてくれなかったでしょ?」


「……ま、まぁ」


 明璃ちゃんや千冬(ちふゆ)さんは、あたしの努力を認めてはくれたけど。

 ルナのような形で労ってくれるような事は言われていない。

 いや、別にそういう事をして欲しかったわけじゃないから、それでいいんだけど……。


「だからね、ルナがご褒美をあげるの。むしろユズキはこれくらいされるべき」


「……されるべき、かなぁ?」


「うん、そうだよ」


 まぁ、ここまでルナが気を遣ってくれてるんだし?

 あたしも頑張ったんだし?

 ちょっとくらい浮かれてもバチは当たらないかー。


「まあ、ルナがどーしてもって言うなら考えなくもないって言うか……」


「分かった、ありがとうユズキっ。ルナは手続きしてくるねっ」


「はやっ!」


 ルナは間髪入れずにそのまま廊下へと歩き始めた。

 何と言うか、あの動きを見るとあたしが行くことを前提とした立ち回りだったようにも見える……。

 だ、大丈夫かなあたし……早まった事してないよね。


「それじゃユズキ、楽しみにしてるからね」


 ルナはあたしの方を振り返って、ひらひらと手を振ってくる。

 なびく髪が銀色に輝いて、絵になり過ぎて困る。


「……あ、うん」


 あたしも手を振り返す。


 ま……まあ、いいよねっ!

 学生が遊ぶのは当然だもんねっ!


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