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01 悪女にはなりたくなかった


「……か、感動が止まらない……うぅっ、ずびびっ」


 あたしは両目を涙で濡らし、鼻水を啜っていた。

 視界は揺れ輪郭はぼやけているが、画面の向こうにいる少女たちが手を取り合って歩き出している後ろ姿はよく分かる。

 エンディングに到達してしまったあたしにとって、もはやそのシルエットだけで涙腺崩壊していた。


「う、ふぐぐっ……こ、これ以上泣いてしまったら体の水分が枯渇してしまう……」


 ティッシュが何枚あっても足りやしない。

 あたしがこんな状態に陥てしまったのには、当然だが理由がある。


 ――少女たちが織り成す感動の物語。


 そう聞いて何を連想するだろうか? 

 うん、そうだね。

 百合(ゆり)だね。

 百合一択だよね。

 分かる分かる、常識だよね。


 百合とは、端的に言えば女性同士の恋愛を描いたものである。

 

 その尊さ、崇高さ、気高さ、儚さ、愛らしさ、美しさ……etc.

 その魅力を言い出し始めたらきりがない。

 あたしごときの貧困なボキャブラリーでは恐らく1パーセントもその魅力を伝える事は出来ないだろう。


 特にこれ。


Fleur(フルール) ()de() ()lis(リス)


 略称“フルリス”は、百合ゲーと呼ばれるジャンルにおいて別格だった。

 何者でもなかったはずの主人公が、令嬢であるヒロイン達の心を開きその葛藤を受け入れる。

 そして、お互いに手を取り合い助け合っていく姿は胸に迫るものがあった。

 というか胸を抉られた。

 そこから心臓を鷲掴みにされて、ぎゅっと握られるレベルだった。

 とにかく多大なる衝撃を受けたという事だ。


「……だけど、やっぱりあの子は要らない子だった気がする」


 感動に心を浸す中、思い返すと一点だけ不純物が紛れ込んでいた。

 それは、とある登場人物の事である。


 ――(ゆずりは)柚稀(ゆずき)


 彼女はこのフルリス世界において“悪女”ポジションだった。

 主人公とヒロインの仲が深まろうとした途端、邪魔な存在として現れるのである。


「いや、分かる……分かるけどさ。悪役ポジションは物語に展開を作ったり抑揚をつけるのに大事だけどさ」


 とは言え、兎にも角にも楪柚稀の出しゃばり方は半端じゃない。

 ヒロインが登場したかと思えば、次の瞬間には楪柚稀が出現するのである。

 複数のヒロインとの交流があるこのゲームで、ヒロインと同じ登場回数で悪女が出現するのだ。

 そして発する言葉は罵詈雑言、起こす行動は仲を引き裂くような嫌がらせばかり。


 最終的にはその悪事が度を越してしまい、学園を追われる事になるのだが……。

 その瞬間は胸がスッとしたが、振り返るとやはり思う。


「出番多すぎじゃね……?」


 あたしが見たいのは女の子同士の恋愛模様、そのドラマである。

 間違っても、邪悪な心で仲を引き裂くようなドロドロ展開ではない。

 楪柚稀の悪行は前評判では知っていたのだけど、その予備知識すら上回るお邪魔虫さんだった……。


 ま、そんなの遥かに凌駕する尊さだったから、いいんだけどねっ!


「……んー。しっかし、徹夜でやりすぎちゃったなぁ」


 大きく伸びをして、息を吐く。

 フルリスの物語に惹き込まれ、止め時を見失ってしまったあたしは三夜連続で眠る事なくその世界に熱中してしまっていた。

 食事もちゃんと取ってないし、大量の涙で体力も使い果たしている。

 窓を見るとカーテンの隙間から光が零れ始めていた。

 いつの間にか朝を迎えてしまったらしい。

 エンディングを見届けた充足感と達成感はあるものの、体は満身創痍だった。


「うん、もうダメだ」


 瞼が異常に重くなっていくことに抵抗する事なく、あたしは瞳を閉じたのだった。




        ◇◇◇




「……はっ!?」


 目を覚ますと、反射的に声を上げてしまった。

 気づけば寝落ちしていたらしい。


 しまった。

 アラームを掛け忘れていた。

 三夜の貫徹のせいで、どれほど眠っていたのか体感時間で測る事は難しい。

 焦りながらスマホを探した。


「……ん?」


 あれ、おかしい。

 スマホが見つからない。

 と言うかよく見るとこの場所、あたしの部屋ですらない。

 だから、物の配置が理解できない。


「え、ちょ、え?」


 怖い、怖い、怖い。

 どこですか、ここ。

 ベッドから跳ね起きる。


「……おや?」

 

 部屋を見回すと、やはりあたしの部屋ではない。

 ないのだが既視感はあった。

 どこか見覚えのある部屋だった。


「あれ、ここって寄宿舎の部屋じゃない?」


 そう、フルリスにおける主人公とヒロインが住まう寄宿舎。

 その背景と瓜二つだったのだ。

 ……え、いや、まさかね?

 そんなわけないと、ベッドから跳ね起きてカーテンを開ける。


「……ヴェリテ女学院」


 据えられた木々の奥、その向こうにそびえ立つシルエットが垣間見えた。

 白一色に染まる外壁に、ステンドグラスの窓が光を反射する荘厳な建物。

 その特徴的な造形を見て、思わずその学院の名を口にする。

 やはり、それもフルリスの女学生が通う学び舎だったからだ。


「うごっ、ごふっ、ぐふっ……ま、ままさかっ!? こ、ここは男子禁制……乙女の花園 ヴェリテ女学院……!?」


 意味不明な状況に思わず咳き込む。


「こ、これは、転生ってやつ……?」


 咄嗟に思い付いた推論。

 夢の可能性も捨てきれないが、ここまでリアルに体感し、いっこうに目を覚まさない夢というのも聞いた事がない。


「……となれば、まず学校に行かないとだよね」


 改めて自分の恰好を見るとピンク色のサテン生地のパジャマだった。

 派手過ぎて全然趣味じゃない。

 どこの陽キャだよ、これ。


「髪もボサボサだし、整えるか」


 段々頭が冴えてくると部屋の配置が分かるようになってきた、なんせプレイ済みですからね。

 あたしは洗面台へと足を運んだ。

 鏡に映る自分の姿を確認し……て……?


「こ、この子は……」


 茶色に染まり、ゆるゆると巻かれた毛先。

 きつめの猫目に、鼻筋が通った小さな唇。

 整った顔立ちだけれど、ニヒルな笑みが似合いそうな小悪魔的な少女がそこにいた。


「……ふーん」


 ブラシを取って髪を()かそうと思った、が。


「いや、楪柚稀じゃねぇかっ!」


 やはり、納得いかずにブラシを投げ飛ばす。

 そこにいたのは悪女、作中随一の嫌われ者だったからだ。


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