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――ヘルマンの血を引く者は、政略結婚をすると早死にする。
ヘルマンの家に近い者ほど知られている暗黙の了解である。
辺境伯という外敵から守る立場。その外敵は他国だけではなく、魔物も含まれている。
魔物というのも大なり小なりあり、事前に対策できれば死者数は減るがゼロにはならない。必ず誰かが死に、前線で戦うヘルマンの一族が真っ先に亡くなる確率が高かった。
本来ならば。
ヘルマンの血を引く者が政略結婚以外……恋愛で結婚すると死亡率が低くなるのだ。
別に命を惜しんで前線で戦わなくなるとかそんな臆病な理由ではなく。恋愛結婚で想いが深ければ深いほど生き残ってやるというモチベーションが上がるのだ。
かつて、辺境伯軍の全滅を覚悟していた竜の出現とその被害対策で前線で戦っていた若き当主は本来なら倒せないと思われていた竜を僅か数人で撃破したのだ。
ドラゴンスレイヤーと今なお語られているその当主は当時新婚だった。
身分違いだからと何度も何度も断られた侍女の娘で彼女自身も侍女として働いていた。
それを口説いて口説いて口説いて………以下エンドレス。やっと、頷いてもらって、結んだ婚姻。
竜が出てきたと聞いてその当主の第一声は、
『せっかくいちゃつけると思ったのに邪魔すんなぁぁぁぁぁぁ!!』
だった。
……さすがに領民には知られていないが。
で、怒りに任せての特攻。怪我人は出たし、死人も出た。だが、竜を倒した。……倒してしまった。
その報告を聞いて国中が喜びに沸く以前に誰も信じなかったというのだからよほどの事だ。
で、そのような事が何度も何度も何度もあり、そのヘルマンの家と繋がりを持ちたいと思って政略結婚した家も多かったが、その殆どは魔物によって早死にする事が多かった。
例外は政略結婚でもおしどり夫婦として有名になったところだけで、政略結婚だからどこか冷めた関係だと亡くなる確率は高い。
それは外に嫁いだり婿として外へ出た者ですら、恋愛なら長生きだが、愛がない、あっても恋愛ほど強い感情じゃない者は亡くなりやすかった。
それが続けば続くほどヘルマン家とその関係のある家では政略結婚ダメ絶対。という暗黙の了解という決まりが作られるようになった。
で、当代当主アルバード・ヘルマンは早死にするだろうなというのが関係者全員の考えだった。
御年25歳の彼は8年前とある戦場で恋に落ちた。
当時17歳で下っ端兵士と共に行動を共にしていたのだが、そこで9歳下の少女に出会った。
教会から派遣された本来なら戦場のせの字も知らないはずの立場にいるはずのその8歳の少女は聖女候補だった。
治療要員として送られて来たその少女は大人でも気を失ってもおかしくない重症人の元に向かい、治癒を続けてきた。
疲労で倒れてもおかしくない、あちらこちらと移動で駆け巡り、動かすのが困難な怪我人の元にも自分の足で向かって治癒を続ける。危険な戦場なのもお構いなしでだ。
治せるのが当たり前。治せないとごめんなさいと謝る少女の姿を見て、誰もが無理をしないでいいとその気持ちだけで嬉しいと伝えたかった。
その少女の献身をアルバードも見続けていた。
恋に落ちるのも当然と言えた。
だが、聖女候補。聖女になれば一生独身か王太子に嫁ぎ、王妃になるのが決まっている相手。辺境伯の元に嫁ぐとは思えない。聖女を欲してるのは辺境伯だけではないのだから。
ヘルマン家が恋を諦める事はない。新たな恋に出会うまで一生想い続けるだろう。結ばれない相手を思い続けて。
あそこまで戦場を駆け巡っていた少女だ。聖女候補からいずれ候補の字が消えるだろうと……すなわちアルバードの恋は実らない。
それでも一縷の望みを掛けて、かの少女の情報を常に集め続けて、何かあったらすぐ動けるように手を回してきた。
ちなみに後継者の心配はない。アルバードが成人になった矢先に辺境伯夫人が妊娠している事が判明。高齢出産になるからと愛が重いヘルマン家の当主は息子に当主の跡をさっさと継がせて妻に付き添って療養について行ってしまった。
それから年の離れた弟妹がすでに五人。高齢出産の心配はどうしたと突っ込みしたくなる感じで跡取りの心配もなくなった。
聖女候補の少女が聖女になる時、彼女が王太子に嫁ぐ時までのアルバードは無事だろうと思っていたが、その少女――カティア・レイヴンが治癒能力が激減して候補から脱落したと報告が来てすぐに関係者は動いた。
カティア嬢の実家のレイヴン伯爵家が欲するモノを調べると有無を言わせないように手を回して、嫁がせるようにした。レイヴン伯爵家はヘルマン辺境伯の暗黙の了解を知らなかったのですんなりいったと交渉した配下からの連絡もあった。暗黙の了解を知っていると足元を見ようとする輩は居るので無駄な手間が無くなってよかったと言うべきだろう。
ちなみに元当主の祖父が面白がって現当主には内緒にされていた。驚かせたいというお茶目な思惑があったのはまあご愛嬌と言う事にしておこう。
と言う事で、諦めていた恋とまだ実感の湧かない現実。それと自分の気持ちを祖父にばらされそうになったアルバードは絶賛混乱中であった。
だから。
「あっ、あの……」
彼は後ろから聞こえる声に気づくのが遅れた。いや、聞こえていたが、自然に耳に入っていたので気にも留めなかった。
ヒーリング音楽を聴いているような感覚であったのでその声が現実だと認識しておらず、自分が掴んでいる腕に我に返って思い出したのだ。
「あっ、アルバード様……」
「すっ、すみませんっ!! カティアさんっ!!」
慌てて手を外した顔を赤らめて頭を何度も下げる。
「痛かったですよねっ!! 誰か医者を……」
「だっ、大丈夫ですっ!! 落ち着いてください!!」
慌てるアルバードを止めるようにカティアも叫ぶ。似た者夫婦だなと長い事アルバードの片思いを見ていた侍女達は微笑ましく、中には涙ぐむ者も居るが見ていませんというふりをしながら眺めていた。
これでアルバード様が長生きできると誰もが喜んでいたのだった。




