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ざまぁ
からからから
質素な馬車が一台。結婚式場に近付く。
「結婚式を挙げると聞いてきたけど、やっぱり元気ね」
遠目で見にくいが、魔力の量は見える。
「腕輪を外したなんて……」
苛立つあまり爪を噛んでしまう。
「あらっ、いけない」
そんな悪癖を治さないと。だって、
(王妃になるのだから)
ちゃらっ
ずっと嵌めてある腕輪に視線を送る。
魔力の吸い上げ量が増えて、聖女に相応しい魔力になったと思ったのにすぐに枯渇した。
カティアが死んだのかと思ったが、細々と届いていたから違うと気付いた。
(お父さまに調べてもらってよかったわ)
まさか、腕輪を外して、嫁いで行ったとはね。
「――どうしますか?」
馬車の外で控えていたお父さまの【影】が問いかけてくる。
アーレクインの暗部を担ってくれる者たちを念のために連れてきて正解だった。
「そうね。――聖女が親友の結婚式に出るのはおかしくないわよね」
それだけ親しい間柄だと見せつけられる。
「大勢の観客がいる前で親友の証を外している事をさりげなく一言漏らせばもう二度と外そうと思わないでしょう」
聖女が渡した親友の証だ。着けていない事を咎める者も居るだろう。聖女という存在の力はそれほどのものなのだから。
「聖女なんて王妃になるための足掛かりにしかならないけど、こういう時は使えるのよね」
優雅にそれでいて大胆に彼女は式場に向かう。
聖女として、アーレクインの令嬢としての常に身に着けてきた仕草はこのまま進めば主役である花嫁すらかすませるほどの輝きだった。
そう。
ここが、ヘルマン領でなければ。
それに。
「――聖女がどうして王妃になれるのか。知らないのかな?」
声がしたと思った矢先に、彼女の……レイチェルの連れてきた護衛と【影】が倒される。
レイチェルは何かを感じ取ってとっさに防御結界を張ったから無事だったが、他の者は間に合わなかったのだ。
「誰っ⁉」
聖女を――未来の王妃を攻撃するなんて。
とっさに魔力を紡いで反撃をしようとするが。
「――聖女は魔法で攻撃は出来ない。いや、正式には治癒魔法を使える者は攻撃魔法を使おうとすると魔力が弱まるんだけど。知らなかったんだ」
何もない空間から数人の姿。どうやら、目くらましの魔法を使っていたのだ。
「だからこそ聖女は王妃になれる。攻撃する事は簡単だけど、治す。守ると言う事が出来る人は実は希少だからね」
その中心の人物が淡々と告げる。
「で……」
その人の顔を見てレイチェルの顔が蒼白になる。
「殿下っ⁉」
それは自分の夫になる方……自分を王妃にしてくれる存在だった。
いくら直系ではなく、王族の末端といえる存在でも、次期王に決まっている存在である故頭を下げる。
「ああ。顔知っていたんだ。君の事だから第一王子とか第二王子の顔は知っていても傍流の王族なんて興味ないと思ってた」
「あ…貴方様が……わたくしの夫になる方ですから当然です……」
そうだ。聖女に選ばれ、王妃になれると思って王太子に気に入られるようにと調べて知ったのだから。
(なんで傍流が選ばれたのか理解できないけど)
それでも王太子なのだから敬わないといけない。いくら、納得いかなくても。
王妃になるために利用すればいい。聖女の顔を被ればいくらでも相手を騙せるだろう。
そう内心思っていたが。
「ああ。君なれないよ王太子妃に」
残念だったね。
言葉の割に面倒な事を押し付けてくれて困っているという口調で告げる。
「なっ……」
何を言っているのかと信じられずに問い詰めようとするが。
「ああ。さっきの答え。この国は隣国からの侵略や魔物からの攻撃を防ぐ結界があるんだけど。それがどんどん弱体化していてね」
おかげでヘルマン家の負担が増えてこっちがチクチク文句言われるんだよね。
「極めつきは、10年ほど前の侵略行為。幼い聖女候補の少女を戦場に送らないと死人が増えると思われてね。アルバードが運命に会わなかったら死んでいたかもしれないし、ヘルマン家も終わっていたかもしれない大惨事だったんだよね。で、結界を調査したら弱体化。おかしいよね」
言葉を一度切り、魔力を紡ぐ。
「防御結界は、王族で最高の魔力を持つ存在が王になり、聖女に選ばれた王妃と共に作り出す代物なのに弱まるとは思えないんだけど」
まさか、聖女が偽物で。偽物聖女のせいで魔力を持つ王族が少なくなっていたとは思わなかったから。
「と言う事で、気付くの遅かったけど、アーレクインの所業は許されないの」
まあ、それ以前に聖女の生家と言う事を笠に着て色々やらかしてくれていたけど。
「君のろくでもない野望はここで終わり。と言う事で」
殿下の傍にいた者たちが動いて、レイチェルを拘束する。
「ああ。聖女の生家の所業が表に出ると王家にも悪い印象がついちゃうから君は一生聖女でいてもらうよ」
ただし、聖女以外になれないけどね。
「そんなっ!! 嘘ですっ!! そんなの出まかせ」
「ああ。――言い忘れてた」
にこやかに。
「君を内々に処分してくれとヘルマン領主に言われたんだよね。大事な奥さんを利用してきた奴は許せないとね」
だから、これ以上やらかしたらもっと痛い目見るよ。
耳元で囁かれて、ヘルマン家の恐ろしい噂を思い出す。
愛が重い一族。
そして、この次期王太子も。
(ヘルマンの血が流れている……)
と言われている噂を。
当初はさりげなく出すつもりだったけど。こっちのざまぁはこの方に出てもらいます。




