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差し込み
愛が重いヘルマン家に招かざる客が来たという報告が届いたのはアルバードが結婚式のために最大限にできる事をしようといろんな料理の材料を吟味している時だった。
「――分かった。すぐに向かう」
報告に来た部下に告げる声は鋭く冷たい。
報告に来ただけの部下はその声の冷たさにこのまま凍死するんじゃないかと危機感を抱いた。
それだけの冷たさを宿していたのだ。
「こちらです」
案内された場所は石で作られた階段のある地下牢。
かつーんかつーん
冷たく響く音は牢にいる住民に恐怖を与えるために響くように設計されていたと祖父から聞いた事ある。
なるほど便利なものだ。
実際に恐怖に耐えられないだろう。この演出は。
階段を降りて、これもまた演出である蝋燭の明かりしかない通路をゆっくりと進む。僅かに見える光に希望を抱くか恐怖を感じるかはその人次第だが、そうやって多くの者にヘルマン家の恐ろしさを教え込んだ。
「こんにちはレイヴン伯爵」
蝋燭の明かりしか頼りに出来ない暗闇の中では微笑んだ方が恐怖を誘える。
別に無表情でも構わないだろうが、希望から絶望に叩き落とす方が効果はある。
「それと、レイヴン家の奥方と娘さん。でしたっけ?」
愛人で、カティアさんのお母さんが亡くなったらすぐに妻の座に収まって、カティアさんからすべてを奪った輩たち。
「へ…ヘルマン辺境伯………」
引き攣ったような表情でこちらを見てくるレイヴン伯爵の脳裏にはヘルマン家の噂が脳裏に浮かんでいるのだろう。
鬼とも悪魔とも言われるヘルマン家。
「結婚式の招待状はいらない。カティアさんを好きにしろという身勝手なお手紙を最後に絶縁状を下さった気がしたのですが、なんでここで会えるんでしょうか?」
不思議ですねと首を傾げると。
「カティアに…あの娘を連れて来い!! 役立たずの娘に親孝行させる機会を与えてやれるんだ。さっさと………ひぃぃぃぃぃ!!」
ああ。言葉を最後まで聞こうと思ったのにしまったな。
「持っていた斧を落としてしまったよ」
「それは落としたのではなく貫通したというのではありませんか」
部下の言葉に、斧の行方を目で追ってしまう。
丁度隣の空いていた牢屋の檻に向けて斧を盛大に落としてしまって、檻が貫通して壊れてしまっている。
「というか、なんで持ってきているんですかっ?」
部下の言葉に。
「脅しに使うつもりだったから持ってきたに決まっているだろう」
とにこやかに告げる。
「………っ目的達成してますね……」
脅しになってますよと言われたが、
「たかが、これぐらいで?」
こんなの脅しにもならないよと告げると檻の中から悲鳴が聞こえた。
これくらいで音を上げるなどとおかしいものだ。
「たかが、伯爵が、辺境伯であるヘルマン家に来てその妻になる女性を侮辱したんだよ。これくらいで悲鳴を上げるなんておかしくない?」
ここまで来たんだから気概を見せてよ。
「ああ。カティアさんに届いた手紙はすべて彼女の目に入る前に処分したよ。娘だと思っていないのに娘として役に立てという妙な手紙だから目に入れる必要もないしね」
だから君たちの現状を知らないよ。
にこやかに告げてそっとしゃがむ。
「で、死にかけの娘を助けろだっけ?」
死にかけなのにここまで連れてきたんだ、途中で死ななくてよかったですねと告げると苦しげな少女がこちらを見てくる。
本当に死にかけなんだろうか、こちらを見る目が獲物を見つけた獣のように見えるけど。ああ、死にかけの魔物ってこういうのが多いな生存本能が強く出て最後まで気が抜けない。
そんな彼女の付けている装飾品は報告にあった通りならカティアさんが聖女候補時代に稼いだお金を着服して購入したものだとか。ほんと。
「不愉快だ」
殺気が零れ出てしまってレイヴン夫妻が怯えたように後ずさる。
いけないいけない。
脅かしすぎたな。
(脅かしすぎたら目的が果たせないじゃないか)
こういう輩は死なせてくださいと叫ぶほど痛めつけないと。
「一応、カティアさんの身内だから解放してあげますよ。ただし」
牢屋を開けてずかずかと中に入る。
必死に逃げようとするレイヴン伯爵の肩を掴んで耳元で。
「カティアさんのお母さまの形見すべて返してくださるなら何とかしますよ」
カティアさんはほんと優しい方だ。
だって、
「我が領地で最近発見された回復効果のあるものがありますからね。それを売って差し上げますよ」
こんな身内すら救ってしまう方法を見つけてしまうのだから。
「ああ。信用できないと思われるので。一本だけただで提供しますよ」
せいぜい無料より高い物はないと実感してください。
…………その腕輪がある限り、完全には治らないのだから。
本当に恐ろしいヘルマン家




