そのころレイブン家では
主人公は一切出てきません
レイブン家では大きな不幸に見舞われていた。
「メリンダの様子はどうだっ!!」
イライラしながら今月に入って6人目の医者に尋ねる。
「分かりません。一番近い症状は魔力枯渇症なのですが、お嬢様は魔力を一切使っていませんので……」
医者の説明に苛立ったように机を叩く。
「病名などどうでもいい!! さっさと治せと言っているのだ!!」
医者に向かって怒鳴りつけると医者はその勢いに押されつつも、
「枯渇している原因を探ればなんとかなると思いますが……」
枯渇しているのなら魔力を使わないで魔力回復の方法をとればいい。だが、
「もういい!! 藪医者はさっさと帰れっ!!」
と治療費を払わずに追い出す。
追い出された医者は悪態をつくが、追い出したレイブン伯爵はそれどころではなかった。
「魔力枯渇症など、あるわけないんだ」
メリンダには魔力がなかった、自分と同じで。
レイヴン伯爵家は魔力持ちが生まれやすいと聞いていたが、ここ最近は出てこなかった。自分の実家にはすでに魔力など無きに等しいものであったから久方ぶりに現れた魔力持ちだと娘の誕生の時に祝われた。
最初は喜んだ。
しかも稀有な治癒魔法が使えると言う事はそれだけで価値があったからだ。
聖女候補として神殿に行く事になったのもいい宣伝になると思ったがすぐにそれは落胆に変わった。
神殿の管理下に置かれる聖女候補は聖女になるか正式な聖女が決定して、聖女候補ではなくなるまで神殿預かりで家の影響を受けなくなるのだ。
とんだ計算外だ。
『魔力持ちって、どんな存在なの? 怖くない?』
子供が出来たからもういいだろうともともと政略結婚で愛がなかったので、役目を終えたから愛人の家に入り浸っていたのだが、妻が亡くなったのでやっと邪魔者が居なくなったと愛人を屋敷に迎え入れて再婚をして邪魔な娘が神殿に行ったので本当の親子三人があるべき姿として本宅に住むことになった矢先にメリンダに言われた。
『怖い?』
どういう事だと尋ねようとするとメリンダは身体を震わせて、
『だって、魔力があると言う事はいつでも武器を持っているようなものだから。それって、武器の携帯を禁止されているところにでも武器を持っていけるんでしょ。怖いわ』
と怯えたようにくっついてくる様を見て、確かにそうだと気づいた。
魔力持ちなど危険な生き物ではないか、そんな生き物をどうして重用しないといけないんだ。
そう思うとそんな生き物を娘として扱ってきたのがおかしいと気づいた。そして、この世界のありようも。
聖女になればまだ利用価値があると想えたが、聖女候補にはアーレクイン公爵令嬢もいる。
代々聖女を出してきた名家に勝てるわけない。
ならばこそ利用価値などない。
欲しがっている家に押し付けてしまえばいい。ヘルマン家の申し込みは渡りに船だったのだ。
やっと、疫病神が居なくなったと思ったのに。
「魔力枯渇症だと……」
ふざけるな。
そんなわけないだろうが。
苛立ったまま机の上の物を床にぶちまける。
傍にいた従者は内心怯えながらも顔に出さない。以前それに怯えた侍女が八つ当たりされて、殴られたのが記憶に新しいのだ。
「おいっ!!」
近くに控えていた従者に声を掛ける。
「さっさと別の医者を探せ。きちんとメリンダの症状を診断できて、治療できる医者だ!!」
「で、ですが、これでもう有名な医者はすべて声を掛けましたが……」
「ならば、隣国の医者でも呼べばいいだろう!!」
この国の医者では分からないなら隣国ならわかるかもしれないだろうと苛立ったように叫ぶとその声に怯えたように従者が去っていく。
「忌々しい!!」
彼の苛立ちの根本には劣等感がある。
昔から魔力があるというだけで優遇される者を多く見てきた。魔力があるからこそ出世する輩も。そういう存在に対しての劣等感があったのだが、彼は自分が魔力さえあればもっと評価されたはずだと思うからこそ今の自分に劣等感を覚えて、魔力持ちが恐ろしいと告げる娘が可愛いのだ。
そんな伯爵に。
「あの子を呼べばいいのではありませんか」
伯爵夫人がおそるおそる口を開く。
「あの子……?」
いったい誰の事だと問い掛けると緊張したように子爵夫人は、
「え、ええ。あのあなたの子供でありながら親不孝な元聖女候補のあの子です。神殿に暮らして親孝行もせずにいたあの前妻の娘なら何とかなるのでは一応治癒能力はあるのでしょう」
それぐらいするべきです。ええ、させるべきです。
そう力説する妻を見て、
「ああ。そうだな」
忌々しいお荷物だった娘だが、あれでも聖女候補だったのだ。それくらいしてもらわないといけない。
そう判断して、手紙を出した。
妹のために力を貸せと。
自分の都合のいい娘じゃないのならいらないもの。
というか魔力持ちの娘はどんどん不気味なものだと思ってきた挙句の扱いのひどさ。




