義妹が可愛すぎて恋愛できなかった俺が、はじめて他の女の子に恋をする話
今回の主人公は冴えない陰キャくんではなく、(本人は自覚がなくとも)割と顔は良く、クラスメイトには穏やかかつクールな印象を与えている男の子、という設定です。
俺、天河優には悩みがある。
それは、俺の妹が可愛すぎることだ。
何とも贅沢な悩みである。だけど、俺にとっては深刻な問題だった。
―――妹が女の子のハードルを上げてしまうせいで、俺は恋をしたことがなかったから。
♢♢♢
俺の両親は、俺が小学5年生の頃、再婚した。
新しい母親は、俺より1つ年下の女の子を連れて、うちにやって来た。
今でも彼女・千夜に初めて出会ったときの記憶は、俺の脳裏に鮮明に焼き付いている。
顔立ちはとても整っているが、無表情な女の子。
さらさらの長い髪をツインテールにした彼女は、とても華奢で今にも壊れてしまいそうだった。
これからは家族として、新しい妹のことも大事にしたい。守ってあげたい。
俺は幼いながらに、そう思った。
だけど、当時は女の子と話すなんて恥ずかしいって年頃で、俺はクラスでは男子としかつるんでいなかった。だから、最初は彼女への接し方がわからなくて戸惑っていた。
彼女は無口で、1つ年下にもかかわらずどこか大人びていたから、なおさらだった。
最初は一緒に暮らしていても、まるで他人のようだった。
千夜、という名前は覚えても、呼びかけることはなかった。
妹も俺のことを嫌ってはいないようだったが、俺が居間にいるときはいつも、すぐに自室に籠ってしまっていた。
しかし、俺は中1になった頃、妹に告白された。
兄さんのことが、好きで、好きでたまらないと言われた。
普段は妹とは一緒に暮らしていてもほとんど会話をすることがなかったから、最初は彼女が何を言っているのかすら理解できなかった。
口数の少ない妹が俺の目を見て必死に訴えてきたことで、動揺してしまったというのもあるけど…。
千夜のことを、1人の女の子として、強く意識させられてしまった。
彼女の瞳は透き通るように美しく、思わず引き込まれそうになった。
…異性の子として、とても魅力的に映ってしまった。
だけど、俺は今の家族が好きだった。新しい母親も優しいし、何より前の人との関係でこれまで苦労してきた父親を見て育ってきたから、父には幸せになってほしかった。
義妹なら。
一瞬そんな考えが頭をよぎる。
だが、もしここで、俺が妹の告白を受け入れてしまったら…
―――きっと、元の家族の関係には戻れないだろう。
そう思った俺は、「妹としか思えない。ごめん」と噓をついた。
だけど、彼女も初めからそう俺に断られると理解していたようで、それ以上は何も言って来なかった。
きっとあれで良かったのだと思う。でも、その日から、俺にとって千夜の存在は、これまでとは大きく異なるものへと変化した。
両親の帰りが遅いときは、学校から帰ったら千夜と二人で過ごさなければならない。
そんなときは、とても落ち着かなかった。妹だとわかっているのに、ドキドキしてしまった。俺はそんな時間を過ごすのが嫌で、そういう日は決まって友達とつるんでわざと遅く帰宅した。
そんな日が数回続いたある日。
家に着くと、いつもは1人で部屋に籠っている千夜が何故だかキッチンにいて、テーブルの上には料理が並べられていた。
いつも両親がいないときは、お互い自室で適当なもので夕食を済ませていたから、今日も俺は友達と遊んだ帰りにコンビニでカップ麵を購入していた。
だから、この急な出来事に、俺はとても驚いた。
俺の帰宅が遅かったせいで、料理は少し冷めてしまっていたけど、千夜の作った手料理は、滅茶苦茶美味しかった。
2人で囲む食卓は、並んでいる華やかな料理とは対照的にとても静かで、千夜は自分で作った料理を相変わらず無表情で口に運んでいたけど、俺が「美味しい」と言ったときだけは、一瞬だけ恥ずかしそうに微笑んだ。
千夜にこんな特技があったなんて俺は知らなかった。
せっかく料理を用意してくれていたのに、意図的に遅く帰宅したこと。
思い返せばここ最近、両親の帰りが遅い日に、千夜を避けるようなことをわざとしていたこと。
そんな態度をとっていたのが心苦しかった。
その日からは、両親の帰りが遅い日に寄り道をするのをやめた。気づけば千夜の手料理を食べることが楽しみになっていたのだった。
千夜は俺に手料理を用意したあの日から、俺のことを「兄さん」と呼ぶようになった。
それまでは、わざわざ呼びかけてのコミュニケーションなんて、ほとんどなかった気がする。
俺は、「妹」って呼ぶのも変だし、かといって何と呼べば良いかわからなくて、おい、とか、なあ、とか言って話しかけていたけど、あるとき「千夜」って名前呼びしたら、すごく嬉しそうな顔を見せた。
本当は俺が意識してしまうから、恥ずかしくてそう呼びたくはなかったけど、うっかり呼んでしまってあんな笑顔を見せられた以上、今さら別の呼び方にできなくて、そのまま千夜、と呼ぶことにした。
中学生になってからの千夜は、学校ではそれはそれはモテるらしかった。
そりゃ、あの容姿なら納得だ。
クラスの男の子に告白されることも、よくあるらしい。
しかし、千夜はその全てを断っているようだった。
告白されるといつも、「他に好きな人がいるから」と決まって口にするから、千夜の好きな人はいったい誰なのか、と噂になっていた。
俺は中3のとき、一度、千夜に告白したと思われる男の子に直接呼び出されて、「千夜さんの好きな人はお兄さんなら知っていますか」と尋ねられたことがある。
そいつが千夜本人には訊かず、回りくどく俺に尋ねてくるところが俺としては気に入らなかったため、答えてあげたいとは全く思えなかったが、それ以前にどのみち「知らない」としか言いようがなかった。
千夜の好きな人は、兄として、俺も気になった。だけど、余計なことを言って千夜の恋路を邪魔しても仕方ないから、俺は妹にそのことを尋ねないようにした。
ふと、2年前、妹が俺に告白してきたときのことが頭をよぎる。
あの時は一瞬気まずくなった俺と妹の関係だが、今ではまるで何事もなかったかのように、すっかり元通りになっていた。
思えば千夜が料理を作ってくれたときから、2人で一緒にいる時間も不自然じゃなくなった。
そう考えると、妹なりの気遣いで、俺との関係を修復するために料理を作ってくれるようになったのではないかということに気がついた。
だから、そんな風に人の気持ちを考えることのできる妹には、好きな人との恋を叶えてほしい。
そう思った。
千夜のことが色恋沙汰で話題になるたびに、彼女はなぜ、その想い人に告白しないのか、皆不思議がっていたらしい。
それもそうだ。千夜は皆に好かれており、ときどき彼女を妬んでちょっとした嫌がらせをする奴もいたみたいだけど、だいたいは周囲の人間が味方をしてくれて、蹴散らしてくれていると噂に聞く。
そんな人気者の千夜に告白されて、断る男の子がいるなんて、考えられないという話だった。俺は家での無口な妹しか知らないけれど、それでも千夜は可愛い女の子だし、俺からしても不思議だった。
千夜が誰かに告白された日は、俺にはすぐにわかった。
そんな日は、あからさまに家で落ち込んでいるからだ。
千夜は相手が本気で告白してくれるほど、その申し出を断ることを心苦しく感じているようだった。
俺はそんな千夜を見ていられなくて、心優しい妹の頭を撫でてあげた。
すると千夜は俺に、それは幸せそうな笑みを浮かべるのだ。いつも無表情な千夜の笑顔に、思わずドキッとしてしまうこともあった。
千夜を慰めるという名目上頭を撫でていたはずが、いつしか自分がそれをしたいと思ってしまっているほどだった。
千夜はとても可愛い。
しかし、そのせいで、俺の恋愛に対するハードルは上がってしまっていた。
他の女の子はどうしても妹と比べると霞んで見えてしまう。
だけど…俺は我慢しなければいけないんだ。
新しい家族の絆を守るために。
俺は自分の気持ちに、そっと蓋をした。
♢♢♢
そんな俺は高1になって、ある日、クラスの女の子に告白された。
その子はクラスの中でも特に可愛いと評判の子で、茶髪のショートヘアが似合う明るい子だった。
でも、正直それ以上のことはよく知らなかった。
彼女はよくクラスのやんちゃな男子に声をかけられていて、いつも楽しそうに話していたから、俺みたいなのよりもそういうやつが好みだと思っていた。
しかし、彼女、富岡美希は俺の予想に反して、俺のことをずっといいな、と思って見てくれていたという。
俺は告白に対し、どう返答するのが良いか、わからなかった。
情けないけどすぐに返答できなかったので、とりあえず彼女に申し訳ないし、彼女のことをよく知らないから断ろうと、そう言葉を発しようとしたら、慌てて彼女に止められた。
「あまり話したこともないのに、いきなりでごめんね。まだ返事はいいから、もっと仲良くなりたい。これからはもっと話しかけてもいい?」
彼女の目は、真っ直ぐ俺を見ていた。
妹に告白されたときを、つい思い出してしまう。本気なのが伝わってきた。本人にそう言われた以上、すぐに断る理由もないし、それもそうかなと思った俺は、返事はもう少し後にしようと思った。
しかし、どうしたものだろうか。
1人では結論を出せそうにないが、俺には女友達はいないし、人気が高いであろう彼女から告白されたなんて話、クラスの友達に言えるはずがない。
名前を伏せて相談することもできるけど、何かのきっかけでバレてしまったら、彼女を傷つけてしまうかもしれない。そう思うと出来なかった。
悩みながら帰宅すると、
「兄さん、おかえりなさい。」
妹が部屋から出てきた。
俺は、これまた情けないけど、年下の妹に相談することにした。俺が一番話せる身近な女の子は、千夜だけだから。
千夜は、俺の話を聞いて、まずは富岡さんのことをよく観察してみることを勧めてくれた。
告白してくれた相手がどんな人なのかを理解しなければ、答えは出せないと。
確かにその通りだ。流石、モテるだけあって頼りになるな、と思った。
でも、それなら千夜は、いつも告白してくる相手のことをよく理解したうえで、何人もの相手を振ってきた、ってことになる。
千夜は、いったいどんな男の子のことが好きなんだろう。
尚更気になってしまったが、今それを訊くのはおかしいよな…
俺の話を聞いてくれた千夜は最後に、富岡さんがどんな人か写真を見てみたい、と言った。
俺はクラスの集合写真を引っ張り出して、千夜に指をさして教えた。
すると、千夜は一瞬びっくりした顔をして、「可愛い…」と零した。
それから、わたしも髪、切ってみようかな…と、ツインテールをいじりながら呟いていた。
いつも無表情な妹が見せた久しぶりの表情と、唐突な話の切り替わりように戸惑った俺は、千夜が何を考えているのかさっぱりわからなかったけど、俺の恋愛相談に乗ってくれた優しい妹の悩みなら答えてあげたいな、と思い、
「もし千夜が切りたいと思えば切ればいいと思うよ。でも、俺は今のの綺麗な長い髪も好きかな」
と正直に思っていることを伝えたら、千夜は急に俺に飛びついてきてポカポカと胸を叩いてきた。
その日の千夜は、ちょっと変だった。
次の日から、俺は千夜の助言通り、クラスで富岡さんを観察してみることにした。男女両方から人気者な彼女は、いつも誰かに話しかけられていて、俺が直接話しかけることはできそうにない。
よく見ていると、ときどき周囲の人にウザ絡みみたいなこともされているけど、どんなときでも富岡さんは優しく切り返していて、コミュニケーション能力の高さに驚いた。そんな彼女がみんなの人気者であるのも納得だった。
その富岡さんがなぜ、俺に告白してくれたのか。謎だったけど、その日の放課後、俺は突然クラスのグループトークの参加者一覧から富岡さんに友だち登録をされて、彼女から個人的な連絡がきた。
「いきなりだけどよろしく!もっと優くんとお話したいから、たまに放課後連絡してもいい?」
俺は驚いたけど、たしかに学校で話しかけられるよりは会話しやすいし、富岡さんのことを知る良い機会だ。俺もいいよ、と返した。
メッセージアプリでのやり取りは、表情が見えないから、やり取りをしている最中に、富岡さんが今どんな気持ちなのかを正確に読み取るのは難しい。
だけど、富岡さんは俺がどんなふうに返信をしても、いつも好意的に受け取ってくれて、彼女の持ち前の明るい性格もあって、メッセージのやり取りは弾んだ。
次第に俺も、富岡さんとのメッセージアプリを介したやり取りが楽しみになっていて、俺からも他愛のないことで彼女に連絡することが増えた。
そんな日々が、何日続いただろう。俺はいつものように居間で富岡さんとやり取りをしていたら、食卓に置いていたスマホの振動音を聞いた千夜が、
「彼女さんから連絡ですよ」
とからかってきた。そんなセリフを無表情で言うものだから思わず吹き出してしまったけど、ふと富岡さんに、まだ告白の返事をしていなかったことを思い出した。
俺は、いつの間にか富岡さんと会話することが日常の一部になっていて、富岡さんは俺にとって欠かせない人物となっていることに気がついた。
そんな人と、学校では一言も話さないなんて、どうかしている。
メッセージアプリだけじゃなくて、直接富岡さんと会話してみたい。
そう思った俺は、勇気を出して明日、学校で富岡さんに話しかけてみることにした。
そして翌日。
昨日、どうやって富岡さんと会話をしようか、対面では何を話したらいいか、と緊張して思い悩んでいたのがウソのように、一度富岡さんに話しかけたら、そこからは自然と会話が弾んだ。
彼女の周りにいた友人らは、普段は接点のないはずである俺と富岡さんが親しげに会話していることが意外だったみたいだけど、しばらくすれば彼らともあっさり仲良くなることができた。
みんなで会話する中で、富岡さんの顔を見ながら会話することは、緊張した。どれほど会話が弾もうと、画面とにらめっこしているときと、彼女の可愛い顔を目の前にしたときでは、やはりドキドキが比べ物にならない。
だけど、そんな中でも頑張って彼女を見て会話をしていたら、富岡さんは、皆で会話する中で、時折俺にだけ違う表情をみせることがあることに気がついた。
気さくで明るく会話する中で、俺にだけ向ける女の子の表情は、俺の胸をさらに高鳴らせた。
富岡さんとリアルで会話をするうち、俺は自分の気持ちがずっとよくわかっていなかったけど、いつの間にか富岡さんのことを好きになっているということに気がついた。こんな気持ちは初めてで、戸惑った。
俺には無意識のうちに、女の子を妹と比べてしまう癖がついていた。
そのせいで、他の女の子のことを好きになることなんてないと思っていた。
だけど、俺の妹ならば決して見せないような、あんな笑顔を向けられたら…反則だ。
気づけば富岡さんに告白されてから、一ヶ月も返事を先延ばしにしていた。
今更、彼女に好きと伝えても、もう受け入れてもらえないかもしれない。
不安になった俺は、またしても千夜に相談した。
我ながら相談相手が妹しかいないなんて、本当に情けない。
千夜は、俺の口から「富岡さんのことが好き」というワードが飛び出したことで、かなり驚いていたけど、自分の気持ちに気がついたなら、早く返事をした方がいい、と俺の背中を押してくれた。
そして―――
俺は富岡美希と付き合うことになった。
彼女は、俺の返事、というか告白を聞くとあっさりOKしてくれた。ずっと待ってたよ、嬉しい、と言って、はにかんだ。
俺の方こそ嬉しかった。こんな可愛い笑顔を向けられて、俺はなんて幸せ者だろう。
自分の気持ちがわからなくて、ずっと返事を先延ばしにしてしまったことが申し訳なかったけど、これからは彼女がずっと笑顔でいられるよう頑張ることを強く誓った。
その日は、美希と一緒に下校した。
家の方向が異なるから途中までだけど、好きな人と会話しながらの時間はとてつもなく幸せであった。
彼女は俺のつまらない話もコロコロ表情を変えて楽しそうに聞いてくれる。つい先日まではメッセージアプリだけでしかやり取りしていなかったなんて、なんて勿体ないことだったんだろう。
嬉々として家に着くと、妹は既に帰宅していた。
舞い上がっていた俺は、親身になって相談に乗ってくれた千夜に、この幸せを一番に報告したかった。
俺は開口一番、美希と付き合うことになったと告げた。
「これまで相談に乗ってくれて、ありがとう」
そう伝えると、妹は祝福してくれた。
だけど。
俺の言葉を聞いてしばらくした千夜は、急に様子がおかしくなった。
やがて千夜は、その場で膝から崩れ落ちた。
そして…彼女は泣きだしてしまった。
何が起こったのか、さっぱりわからなかった。千夜にわけを尋ねても、首を振るだけで何も答えてくれない。
俺は困惑した。俺は千夜に何か言ってはいけないことを言ってしまったのか。
しかし、心当たりはまるでなかった。
そんな自分が情けなくて、嫌になる。
ずっと俺の悩み相談に乗ってくれていた、千夜。
だけど、陰では千夜自身も何か悩み事を抱えていて、でも俺はそんな彼女に気づけず、自分の相談ばかりをしていたのだろうか。
俺は、なんて身勝手だったんだ。
…いや、今は自分を責めている場合じゃない。
これまで助けてくれた千夜に、俺も今からでも何かしてあげたい。助けになってあげたい。
そう思い、俺はしゃがんで千夜の頭を撫でてあげた。
―――そうしたら、千夜は俺の胸に飛び込んできた。
急なことでびっくりしたけど、千夜は俺に抱きしめられて、少し落ち着いたようだった。だから、
「ゆっくりでいいから、話してみて」
と優しく声をかけた。今の俺ができることは、これくらいしかなかった。
すると―――
「わ、わたし…優くんのこと、ずっと…ずっと好きでした…」
俺は再び、千夜に告白された。
俺はあの日のことをずっと覚えている。決して忘れることはないだろう。
だけど、あのとき千夜はまだ小6で。
もうずっと過去のことだと思っていた。
いつも一緒に暮らしている千夜。ずっと傍にいたのに、俺は彼女の変わらない気持ちに気づいていなかったというのか…。
「優くんは、もう覚えてないかもしれないけど…わたし、優くんに告白してしまったとき、優くんはわたしを妹としか見ていないって言って…わたしもそれを理解したつもりで、だけど、優くんと一緒にいる時間が大好きで…」
「優くんに喜んで欲しくて、みんなの帰りが遅いときに1人でこっそり料理を練習して、優くんはわたしの料理を美味しいって食べてくれて…」
「兄妹だってことを言い聞かせるために、これからは兄さんって呼ぶと決めたのに、優くんに千夜って呼ばれたときは嬉しくて…ずっと、自分の気持ちを我慢して…」
「家族の関係を壊したくなくて、このままでいたくて、だけど優くんは独り占めしたくて…」
「わたし、美希さんと2人のこと、祝福したいのに、ずっと我慢してたのに…どうして…」
「…ごめんなさい。兄さんを困らせてごめんなさい。ごめんなさい…」
途切れ途切れではあったけど、千夜の口から零れた、彼女の本心。
それを聞いた俺は、これまでに感じたことのないほどの強いショックを受けた。
耐えられなくなった俺は、千夜のことをぎゅっと抱きしめた。
千夜の泣き顔をこれ以上見ないようにするために。
俺だって…
千夜はいつでも無表情で、しかし落ち着いていて、大人っぽくて、頼りになって…
そんな妹のことが、好きだったのかもしれない。
だけど俺は、千夜のことを異性として見るのを、拒絶していた。
家族の関係を壊しかねない、いけないことだと思っていたから。
そして、そんな辛い思いを味わうのは、兄である俺だけで十分だと思っていた。
だが、気遣いのできる優しい千夜は、俺のその考えすらも察して、さらに自分自身の気持ちを我慢していたというのか?
いつも無表情で俺に接していたのも、まさか…
千夜自身の本心を隠すためだったのだろうか。
俺は美希の眩しい笑顔に惚れた。美希から真っ直ぐ向けられる好意が、嬉しかった。
だからもし、千夜も彼女と同じように笑顔を向けて、俺に接してきていたとしたら…
どういう気持ちになっていたか。俺にもわからない。
だけど、今ははっきり言える。俺は美希のことが好きだと。その気持ちは、千夜に告白された今も変わることはなかった。
だから、たとえ千夜を傷つけることになっても、「妹だから」ではなく、「好きな人がいるから」って伝えて、ちゃんと振らないとダメなんだ。
「ごめん。俺、好きな人がいるんだ」
それを聞いた千夜は、こくりと頷いて、俺の胸の中で、泣き続けた。
♢♢♢
あれから、ひと月が経った。
一時はどうなることかと思っていたけど、千夜はどこか吹っ切れた様子で、俺に対して色んな表情を見せてくれるようになった。
今では千夜は「美希さんをいつおうちに呼ぶのー?」と俺をからかってくるほどだ。
千夜は以前よりも明るくなって、無理していないか時折心配になるけど、家では俺との会話が逆に増えた。学校での話も、積極的に俺に話してくれるようになった。初めて会った時の無表情な千夜しか知らなかったが、きっとこれが本当の千夜だったのだろう。千夜の話を聞いていると、千夜本人は気がついていないにしろ、彼女の内面的な良さを理解して、友人が集まっていることが伝わってきた。俺はそれが嬉しかった。
そして、話題にたびたび上がる男の子の友達が、俺からしてみれば千夜のことが気になっているのがバレバレで、そのことをそれとなく千夜に伝えたら、千夜は急に恥ずかしがって照れた。
千夜の中でその子をどう思っているのかはわからないけれど、少なくともこれまではクラスの男子を異性として見ていなかった彼女が変わりつつあることは確かで、少しホッとした。
俺は今でこそ美希という大切な人を見つけることができたけど、こんなに他人思いで優しくて可愛い妹には、絶対に幸せな青春を送ってほしい。
次は、俺が千夜の力になる番だ。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
立て続けに短編投稿していましたが(早6本目)、このペースを保つ予定はありません(^^;)
仮にしばらく稼働していなくても、失踪ではないのでまた遊びに来てやってください。
ハロウィン、クリスマス、バレンタインみたいな季節ものに挑戦してみたい。
そのために、表現力上げたい...