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[短編]異世界転生系

乙女ゲームを始めない

作者: 月森香苗

※非人道的思考の主人公がいますので、苦手な方はご注意ください。

※情景描写は少なく、心理描写や思考等の描写が多めになっております。

 アイリス=ファインベルはファインベル侯爵家に生まれた令嬢である。柔らかなミルキーブロンドのふんわりとウェーブがかった髪の毛は腰までの長さがある。新緑を思わせる明るい緑色の目は大きく少しばかり目尻が垂れている。背は高すぎず、低すぎず。顔立ちは美人よりも可愛らしいと言われるものだ。

 性格は少しばかり人見知りで、言葉を発するまでに脳内で何度も繰り返すので口数が少ない、はずだった。

 『わたくし』が『私』の知識を入手するまでは。

 アイリスには二つの記憶がある。一つはファインベル侯爵家に生まれて育ったというもので、実感も何もかもこちらが本筋である。そしてもう一つはおそらく前世というものなのだろう、高度に発達した『日本』という世界に生きた女性のもの。こちらは本のような記録的な意味合いが強く、余程強い感情を有した記憶でなければあまり影響はされない。

 ただ、この世界が前世の遊戯である『乙女ゲーム』というものに類似していると気付いたのは偶然だった。そしてその偶然によって私はこれから先を生きていく為には弱すぎる性格ではいけないのだと理解した。

 乙女ゲームというものは恋愛を主軸としたもので、ヒロインという主人公の少女が多くの男性と恋の駆け引きをしながら幸せな結末を得るというものらしい。

 前世の『私』は一通りは遊んでいたらしく、幸いにして知識はあった。そのおかげでアイリスは己の立ち位置を把握出来たのだ。

 ヒロインなる少女はとある男爵が平民女性に産ませた庶子で、流行り病でその女性が亡くなった事を知り、引き取るに至る。少女は貴族の家に引き取られ、その後見を得て王立学園に入学し、『攻略対象』と呼ばれる男性たちと出会うようになる。

 その攻略対象に、アイリスの兄とアイリスの婚約者が含まれているのだ。しかし冷静に考えると、何故婚約者がいる相手を攻略対象者にするのだろうか。少なくとも婚約者に対して無礼だし、男の方も不貞を軽率にする男性という悪評がつく。

 どうやらその頃は、婚約者のいる男性には多くの悩みがあり、本来であれば婚約者がそれを救うべきなのにヒロインがその悩みを聞いて心を救い、その心優しさに魅了された男性が婚約者を捨ててヒロインを選ぶ、というのが流行だったらしい。

 これはゲームというよりも、それをもとにした小説などで人気があった様である。前世の『私』はどちらかと言うとゲームよりもその小説の方をよく読んでいたようだ。

『婚約者がいるのに不貞して、それを棚上げにして断罪する意味が分からない』

『婚約という名の契約の重要性を理解していないのは子供だから……?』

『血筋って大事じゃないの?愛があっても腹は膨れないけど金があれば腹は膨れるよ』

 前世の『私』はよくこんなことを考えていたようだ。確かに、愛でお腹は満たされないけれども、お金があればお腹は満たせる。アイリスは納得したように頷く。侯爵家に生まれた子供だからこのように日々恵まれているが、貧乏な下位貴族や平民たちはお金が無いから飢えているというのはよく聞く話だ。

 アイリスは前世の知識から、ここは厳密にはゲームではないけれども、もしかしたら可能性の一つとして将来起こりうるのではないかと考えた。

 アイリスは気弱な性格をしていたが、知識を得ることでかなり性格が変わってしまった。前世では非人道的ではあるが、この世界の高位貴族であれば暗黙の了解として平然と行われる行動を選べるほどには、変わってしまった。


◆ ◆


 18歳の王立学園の卒業式の後の舞踏会に、アイリスは婚約者のエスコートで入場する。

 カイン=シェーナーは侯爵家の嫡男で、アイリスが卒業後に婚姻をする相手である。幼い頃から交流を重ねる中で彼が厳しすぎる祖父の虐待にも近い教育を受けている事に気付き、カインの心が壊れてしまう前にどうにか救い出す事が出来た。それからカインはより一層アイリスを大事に、それこそ囲い込んで逃がさない程の強い執着を見せるようになった。

 燃える様な赤い髪の毛と意志の強そうな深い青の目。背は高く、しっかりと鍛えている体はアイリスを簡単に横抱き出来るほど強い。美麗と言うよりも男前という言葉がよく似合うカインは、在学中に想いをよく寄せられていたが、アイリス以外の女性を近寄らせようとせず、アイリスには蕩ける様な笑みを向ける一方、他の女性には無表情、冷たい視線を向けるだけだった。

 その時点で心折れた女性は諦めるのだが、稀に諦めずに突撃してくる女性たちはいつの間にか学園でその姿を見ることは無くなっていた。

「アイリス、今日も君は美しい。俺が贈ったドレスもアクセサリーも全て使ってくれているんだな」

「ええ。カイン様がわたくしの為に選んでくれたのですもの。ふふ、カイン様もわたくしが贈ったカフスボタンを着けてくださっているのですね」

 会場に入り移動しながらお互いが贈り合ったプレゼントについて話していると、二人に近付いてくる者達がいた。

「王太子殿下、カーミラ様。ご卒業おめでとうございます」

「殿下、カーミラ嬢。これからはお二人を支えられるよう臣としてより一層邁進してまいります」

 近付いてきたのは王太子であるライハルトとその婚約者であるカーミラ=ビースレイ公爵令嬢である。本来であればこちらに足を運んでもらう前にあいさつに伺うべきなのだが、入場の順番的に王族であるライハルトは最後になる為、必然とこうなってしまうのだ。

 アイリスの前世知識の乙女ゲームでは、この二人の関係はあまり上手く行っておらず、この舞踏会でカーミラはライハルトに断罪されることになるのだが、目の前の二人は互いを思い合っている。

 明らかに会話が足りていない二人を見て、在学中のアイリスは、カインと共に二人を小さなお茶会に誘い交流を深めることの重要性を切々と語った。結果、二人はきちんと話し合う事が出来、それからの関係は良好となった。

 余計な事をしたのかもしれないが、彼らが国王と王妃になる頃にはアイリスとカインの子供たちが生まれ育っているはずで、国が安定する為にはやはり仲がいいに越したことはないと思ってしまったのだ。

 他にも会場には攻略対象者がいたが、それぞれの婚約者をエスコートし、彼らもまた良好な状態だという事が分かる。

 そうして舞踏会は恙無く行われ、例年と変わらない終わりを迎えるに至った。



◆ ◆


 前世の『私』は常々こう思っていた。

 転生がもし出来たとして、権力がある子供に生まれたのならば、その時期が来るまでに何かを変えるのではなく根本を解決すればいいのに、と。

 すなわち、ヒロインという存在が邪魔なのだからそのヒロインさえいなければ何も問題は起きないのだ。

 ここに転生という利点が活きる。知識があり、情報がある。ヒロインは基本的にデフォルトの名前があるのだという。特に姓を変える事はない。変えられるのは大体名前くらいだ。

 だからアイリスは姓から該当する貴族を探し出した。そこからは侯爵家の権力をそれなりに使った。つまり、金である。金を動かせば人を見つけるのは容易だ。更に足がつかないように子供一人を葬る事など簡単な事だ。

 何せ、ヒロインは男爵家に引き取られるまでは平民として生きていたのだ。そしてこの国の平民というのは貧富の差が激しい。ヒロインは貧しさを売りにしていたから、間違いなく消えても何も問題はない。

 なぜなら、この世界はとても残酷で、人身売買が薄暗い場所で頻繁に行われているのだ。それにもしも足がついたとしても貴族が平民をどうこうしても罪に問われない。とても、とても残酷な世界だ。

 それに、攻略対象者の心に抱えている薄暗い部分をヒロインが救ったと言っているが、結局のところ彼女は何も解決していないのだ。優しい甘い言葉で取り繕っているだけで、現実を何も見ていない。それどころか現実そのものを理解していない。

 高位貴族に生まれれば責任が生じる。行動一つ、言動一つ。全てにおいて誰かの目があり耳があり、全てが監視されている。

 やり方は間違えているかもしれないけれども、カインの祖父が厳しかったのは古くから続く侯爵家を継ぐカインにその重さを理解させるためだった。高位貴族になればなる程抱える領地は広くなり、そこに住む領民も多くなる。責任は大きく、求められることも増える。だからこそ子供の頃から意識を植え付けようとしたのだろう。

 もう少し甘やかす必要もあったのだと思う。だが、祖父もそして父もまたそのように生まれ育ったからこそどうすればいいのか分からなくなっていたのだろう。

 アイリスは出来る範囲で彼らの考えなどを伝え、そして出来る限り心の負担を支えられるようにした。同じように学んだ。いずれは共に領地を治めることになるのだからと。

 ヒロインはただ『カイン君は辛かったんだね。頑張ってたのに認められなくて、悲しかったんだね。でも私は、そんなカイン君をすごいと思うし、支えてあげたいんだ』と言っていた。

 平民の中で育った彼女に高位貴族の意識など理解出来るはずはないし、どうやって支えるかなんて一言も言ってない。上辺だけの言葉に救われるほど、ゲームの中のカインは追い詰められていたしアイリスは何も言えない気弱だった。

 そんな甘ったるい思考の女が高位貴族達を篭絡するなど、許せるはずはない。だから、アイリスは高位貴族の子女らしく処理をしたのだ。


「最初から乙女ゲームを始めなければいいのよ」

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