第8話 苦悩の天才パイロット
呆然と涙ぐむビアンカをよそに、陽動作戦の指揮を執ったクーガーの力強い声が響いた。アメリカ海軍航空隊チームの飛行部隊長でもある。
「チームリーダーだ。標的を撃破した!通信とレーダーが復帰。対空砲火も途絶えた。各班は全員の安否を確認せよ。こちらは三機が被弾。負傷者なし。飛行にも支障はない。ブラックスワン、よくやった!」
残る三チームからも次々に報告が入った。
「全員の無事を確認した。四機が被弾したが飛行に影響はない。スワン、愛してるぜ!」
「被弾は五機。こちらも負傷者はいない。ブラボー、ブラックスワン!」
「二機が被弾した。一機は右エンジンを遮断したが飛行可能。念のため救援ヘリを要請する。全員無傷だ。ところで、ブラックスワン、俺と結婚してくれ!」
「チームリーダーだ。全員無事で何よりだ!見事なチームワークに感謝する。最高だった!」
クーガーの応答に続いて、作戦を統括した空母司令室から交信が飛びこんだ。
「USSRRよりチームイーグル。通信妨害装置の動力源の破壊を確認した。基地AIのメインフレームも機能停止。無人機と地上部隊が侵攻を開始した。みんな、よくやった!ブラックスワン、後縁フラップとウィング全体に亀裂シグナルを検知。脱出高度を保って帰艦せよ。ワイルドグース、ブラックスワンの援護に回れ」
「ワイルドグース、了解」
「ブラックスワン、このまま二人で駆け落ちしよう!」
「そいつはやめとけ。バイパーのいびきときたら大量破壊兵器なみだ!」
「パーティは後だ。山間の対空ミサイルと高射砲のロックオンに備えろ!帰艦まで気を抜くな!」
「スワン、応答せよ。大丈夫か?」
「スワン機は高度を上げている。大丈夫そうだ」
「いくらスワンでもあんな離れ業の後だ。そっとしておいてやれ!」
誰もが浮き浮きと弾んだ声で交信を続ける中、ビアンカは押し黙ったまま虚ろな眼差しで力なく操縦桿を握っていた。
おぼつかない手つきで偵察機のAIを起動した。
通信妨害圏内に入った直後、ビアンカはAI本体をシャットダウンして手動操縦に切り替えていた。単に自動操縦を切っただけではなかったのである。
妨害波に遮られ、AIの機能停止信号は司令部に届いていないわ・・・
AIが再起動すると自動操縦に切り替え操縦桿から手を離した。ノロノロと力なく酸素マスクを外した。
凄まじい振動と風圧の轟音が嘘のように消え、滑るように静かに飛行する機体の表面には、あちこちに生々しい亀裂がうっすらと走っている。
機体の損傷も頭になく、ビアンカはひとり悲痛な想いに耽っていた。
「民間人まで犠牲が出る任務はもう限界!いくら第三世代でも、わたし、もう耐えられないッ!!」
思わず声が漏れそうになり、ハッと我に返る。マイクもヘッドフォンも機能が戻っている。うかつに口走ろうものなら全員に丸聞こえだ。
パイロットの生体反応モニターも復活して、ビアンカのフィジカルは途切れなく司令部に送られている。
動揺しているのは過酷なミッションが原因と分析されるはずよ。でも、声に出てしまえば誤魔化しようがない・・・
しばらく目を閉じて荒れ狂う心を静めてから、司令室と支援部隊に交信を返した。冷静な声に聞こえるよう祈りながら、辛うじて言葉を振り絞る。
「ブラックスワンからUSSRR。機体は安定している。離脱の衝撃でAIが停止。再起動した。低速で上昇中、援護機と合流する」
「USSRRよりブラックスワン。了解。帰艦を待つ」
司令部に引き続き、支援部隊に応答した。
「チームイーグルのみんな、ありがとう!ちょっと疲れたけど、わたしなら大丈夫。みんなのおかげよ。わたしも愛してるわ!いい男が揃ってるから迷っちゃう・・・だって、わたし、まだバージンだし・・・」
ヘッドフォン越しに安堵の声を上がり、どっと笑い声が巻き起った。
「良かったッ!あっ、無事でって意味だぞ。誤解すんな!」
「聞いたか?スワンはやっぱり神だ!」
「バージンの女神降臨ってか?」
「大丈夫、やさしくするから!」
「あいつがバージンだったら、俺はあの偵察機を丸ごと食ってみせる!」
「どうやって確認するんだ?」
「想像させるな、バカ!」
「ああ、おれの操縦桿が・・・」
「お前の操縦桿じゃ、スワン機は離陸だってできやしないぞ!」
過酷な任務から開放された反動も手伝い、蜂の巣をつついたように軽口が飛び交う。
他に女性クルーが参加していないため、男たちは言いたい放題だった。
「バージンだけど、操縦桿の扱いなら任せて!」
ビアンカが返すと、どよめきと共に陽気な笑い声が渦巻く。
賑やかな交信は着艦するまで止め処もなく続いた。
しかし、スワン機との合流地点へ向かうワイルド・グースは、ナビゲーターのメイスに交信を任せ、ひとり押し黙ってもの思いに耽っていた。