第7話 バンカーバスター
死の三角形をかいくぐった偵察機は、再び三角翼を広げた。
同時に機体底部の格納庫が開き、中から奇妙な形状のミサイルが姿を現わす。鋭く尖った先端と、ずんぐりした基部を持つ小型のバンカーバスターである。
十分加速した後に自由落下させれば、三十メートルの硬化コンクリートも貫いて、遅延型爆薬が地下で炸裂する。
ミサイル装備が完了するや、ビアンカは即座にリリースボタンを押した。ミサイルの行方を追う間もなく、格納庫を閉じながら一気に右へ反転、ほぼ同時に急制動をかけて減速にかかった。
戦闘機編隊が最後に放った空対地ミサイルが、付近の高射砲の照準を引きつけMX25-Rへの対空砲火を阻んでいた。
基地のレーザー砲は、すでに離脱した偵察機ではなく、突入して来るバンカーバスターに照準を合わせていたが、立方体照射の後で約二秒のタイムラグが生じた。
「X」型の射出口に切り替えたレーザー砲のシャッターが開ききれば、その瞬間、バンカーバスターは破壊され雲散霧消する。
減速を開始した時点で、スワン機の速度は秒速八百メートルを超えていた。離脱高度は約千五百メートルで、ビアンカにはバンカーバスターの着弾を確認する余裕などまったくなかった。
残された数秒で、無事離脱できるかどうかの瀬戸際だった。
意識は無の状態のまま保たれて、思考は完全に途切れている。瞬きもせず急速に目前に迫る路面を見つめていた。
超音速飛行中に逆噴射を使えばエンジンが吹き飛ぶ。急制動が頼みの綱だが、三角翼やフラップの強度を超える力がかかれば、機体は損傷して制御不能に陥る。
音速を超えたまま急制動をかけたため、尾翼のフラップが今にも引きちぎれんばかりにたわんで小刻みに振動していた。
機体がガタガタと激しく揺れ動き、金属がきしむ甲高い音が風を切る轟音にまじって不気味に響き渡る。三角翼は猛烈な風圧を受けて、両端が目に見えて反り返った。
操縦桿を握る両手もフラップとエンジンを操作する両足も、ぶるぶると震えていた。
偵察衛星の画像分析で割り出した離脱軌道に辛うじて乗っているが、速度は音速を超えたまま機首は水平に戻らない。
二秒後には道路に激突して粉々に吹き飛ぶと見えた瞬間、機体下部からパッと圧縮空気が噴き出し、直下の道路から砂煙が猛然と舞い上がった。
真っ白な砂塵の尾を引いてよじれんばかりに振動しながら、約一秒、距離にして六百メートルほど地上すれすれを飛行する。並みの人間なら、凄まじい勢いで通り過ぎる外景と、耳をつんざく轟音だけで完全にパニックに陥るところだ。
ただスワン中尉だけが、このような離れ業をやってのける。
とっさにホバーエンジン吹かし、機体の降下ベクトルを減殺したのである。ホバーの出力調整をわずかでも誤れば、超音速の機体は瞬時にバランスを崩して、風に吹かれるトタン板のように宙を舞い、バラバラに空中分解していただろう。
辛うじて機首を水平に引き戻し、機体を上昇させにかかったが、道路は隘路にさしかかり、建物と高射砲群が行く手を阻んでいた。
一瞬エンジンを全開して機首を上げ、次いで機体をくるりと左に横転させる。
路面に触れた左翼の端から盛大に火花を散らしながら、建物と高射砲の間を際どくすり抜けると、態勢を立て直してようやく開けた空間に抜け出した。
俯角のついた高射砲は、路面すれすれを通過する偵察機にはなす術がない。路上の対地上戦用重火器と中型レーザー砲も、映像分析では超低空飛行する敵機を追い切れない。
離脱飛行はプライムの計算通りに事が運んだ。
上昇を続けながらさらに減速したところで、背後から爆音が追いついた。バンカーバスターがレーダーポッドを直撃してコンクリートにめりこんだ衝撃音と、その後、地下で起きたこもった爆発音が、間をおいて立て続けに響いた。
続いて爆風が追いついて、機体を大きく揺らした。
その衝撃で、ビアンカはハッと大きく目を見張った。トランス意識状態から目覚めたのである。
しかし、その目はどんよりと曇っていた。唇がわなわなと震え出したかと思うと、見る見るうちに涙が溢れ出て頬を濡らした。