第4話 陽動
妨害電磁波圏内に侵入した直後、待ち構えていたように一斉に火を噴いた高射砲群から、五月雨のように煙の尾が立ち上がった。
メイスが叫んだ。
「来たぞ!」
キィーン、キィーン、と耳障りな風切り音とともに、立て続けにワイルドグース機の十数メートルから数十メートル先を飛び過ぎて行く。
場数を踏んでも、戦闘機の加速音を圧して響くあの不気味な音には慣れない!
「左旋回!」
高速弾の発射を確認したメイスの切羽詰まった声と同時に、アキラは急激に加速をかけて左旋回した。
視界が垂直に傾き、エンジンの轟音が響いて強烈な振動が襲う。
高速弾が一際甲高い唸りを上げて、機体の数メートル上を火の粉の尾を散らして通過した。
「ヒーハー!!今のは近かった!」
メースが歓声とも悲鳴ともつかない声で叫んだ。
その間も、戦闘機は軽々と急反転して、すぐさまクルっと180度翼を返す。糸を引いて辺り一面を飛び交う高射砲の軌跡の中を、ひらりひらりと舞った。
「スワンが突入開始!妨害電磁波圏へ急降下中・・・すげえッ!マッハ3まで行きそうだ!レーザー砲はまだ撃って来ない」
レーザー可視化映像をチェックしたメイスが言った。
操縦桿とフットペダルを目まぐるしく操作しながら、アキラが答えた。
「ミサイル、スタンバイ。合図を待つ」
言い終わる前にメイスが叫んだ。
「真正面だ!」
戦闘機は急制動をかけて高速弾をやり過ごし、一転、急加速するなり弾幕を縫ってきりもみ降下にかかる。
吐きそうだッ!
メイスは手に汗を握った。
安定して見えるのは、モニターの映像だけである。コックピットの外に目を向けようものなら、目が眩んでめまいがして正気を失いかねない。
なにしろ、一瞬後に機体がどう動くか、ナビゲーターには見当もつかないのである。
心の準備もなく、突然、視界がぐらぐら上下左右に、時には一気に360℃回転する。
たまったもんじゃない!
と、その時だった。後部座席の映像モニターの上方画面に、青空を背景に鮮やかな紫色の狼煙が点々と縦に伸びた。
「合図だ!」
メイスが叫ぶと同時に、アキラは降下中の機体を一気に引き戻した。
地下要塞の中央部に機首を向け、レーザー砲が潜む基地中央部に大まかに照準を合わせ、即座にリリースボタンを押した。
陽動作戦のため、空対地ミサイル攻撃に正確な照準は必要ないが、その約0.5秒間は、機体を安定させなければならない。半秒あれば、映像分析でも各高射砲のAIは、楽々と戦闘機に照準を合わせることができる。
飛来する高射砲の集中砲火を浴びる前に回避できるか、きわどい賭けになる。ナビによる回避確率が、85 %から推定25~37 %に落ちるのだ。
ミサイル発射とほぼ同時に、グース機はくいッと機首を上げた。翼を振って右上方へ大きくらせん状を描いた。
迫り来る砲火を逃れて、3Dモニターに映るセーフゾーンへ飛びこんだ。
その刹那、ビシッ、ビシッと立て続けに鈍い音が響いて、機体に鈍い衝撃が走った。
「被弾!二発とも最後部」
機体装甲の状況をモニターで確認したメイスが叫んだ。
機体装甲の下に張り巡らされたセンサーは、妨害電磁波の影響を受けないため、正確な被弾位置を戦闘機のAIが捕捉していた。
「エンジン、油圧、燃料、気圧、フラップに異常なし!」
慌ただしく機を操作しながらも、アキラが冷静に言った。
「ふぇー、きわどいぜッ!」
メイスは冷や汗が身体から噴き出るのを感じたが、息をつく間などなかった。
数秒で二発目のミサイル発射だ!
あと十数秒ですべて片が付くか、スワンがあのレーザー砲の餌食になるかだ・・・
スワンがやられたら、その後は俺たちも狙われる!
戦闘機は高度を上げ、不気味な唸りを上げながら、煙の尾を曳いて立て続けに襲い来る砲弾をかいくぐり、すぐさま反転して再び降下に転じた。
メイスは心に祈った。
「スワン、頼むぞ!俺たちが高射砲を惹きつけるからな!」
電力温存のためレーザー砲を撃って来ないのは、世界最高峰の人工知能プライムの読み通りか?あれを撃たれたら、俺たちはひとたまりもない。まず、大きな賭けに勝ったわけだ。
だが、スワンは最短距離から直撃を食らう・・・
本当にプライムのプログラムで、スワン機はレーザー砲をかわせるせるのか?
メイスは心の中でひたすら聖母マリアに祈った。
「スワンが無事に帰艦できますように!俺たちも!」