第3話 電撃作戦
莫大な軍事予算は、金の卵を産むガチョウである。
「防衛」と銘を打てば、競争もなく寡占企業に税金が転がりこむ。安易な金儲けにはもってこいだ。
けれども、他の製品と同様、在庫処分が滞れば軍需産業も衰退する。濡れ手に粟の儲けも目減りしてしまうのである。
そのため、狡猾な軍需利権の投資家や経営者たちは、口実をもうけては政府を動かし空爆を強引に推し進め、他国での紛争戦争に武器弾薬を供給する。
その構図は、二十世紀から何ら変わりなく続いてきた。海外の資源簒奪をも兼ねた戦争ビジネスと言っても決して過言ではない。
陰謀論などと言う曖昧な仮説ではない。大物ロビイストが閣僚に名を連ねて行う、一国のれっきとした投資計画なのである。
戦争依存経済が生む数々の悲劇は、「世界の警察官」「民主主義の守護者」と言う偽りのレッテルの陰で、遥か遠い地に住む無辜の人々を、戦火の生き地獄に追いやってきた。
「聖戦」の旗印の元、領地と資源簒奪を欲しいままにした十字軍の昔から、いや有史以前から変わらぬ人間の貪欲と残虐行為の正当化は、好戦的で騒ぎ好きなチンパンジーの脳を受け継いだホモ・サピエンスの宿命なのか?
他国への介入であっても、自国兵士に被害が及ぶとなると、世論は次第に反戦ムードに転ずる。それ故、軍需利権は狡猾に立ち回り、地上軍の派遣を極力抑えてきた
空爆においても同様だ。有人戦闘機や爆撃機の出番は、大幅に目減りしている。
しかも、AIが高度に発達した昨今、人間のナビゲーターは必要ないばかりか、軽量高速の一人乗り戦闘機に到底太刀打ちできなくなった。
そのため、二人乗り戦闘機編隊の出撃は、敵機との空中戦がない場合で、かつ妨害電磁波圏内の作戦に限られている。
「映像分析オン。後部AIスタンバイ!」
後部座席のトム・ウェルズ大尉は、ヘルメットの無線を通して言った。
がっちりした浅黒い顔は強張って、剃って数時間にもかかわらず、すでに薄っすらと髭に覆われていた。
南米ラテン系の半数は、いわゆる「冒険好き遺伝子」を持つ。かたや日本人は「用心深い遺伝子」を持つ者が九割以上だ。
実際、二人は正反対の性格だが、トムはワイルド・グースことアキラ・ミヤザキ大尉と妙に馬が合うのだ。
メイス(*)とコードネームが付くほど血の気の多い俺が、ナビ役に回されてもムカつかないんだからな。グースの人徳ってヤツか?それとも、アジア人と同系祖先を持つインディオの血がそうさせるのか?
おっと、こんな時に何を考えてんだ!
「さすがの俺も、今回ばかりは緊張しているようだ・・・」
メイスは心につぶやいた。
実戦でナビを務めるのは久しぶりだが、この緊張感はそのせいじゃない。今回の電撃作戦は異例尽くめ、いや、異常と言ってもいい!
誰だってナーバスにもなろうと言うものだ。
「防御システムを、高射砲の発射位置と射出角度プロットに切り替えた。操作系をオーバーライドする」
操縦席のグースは、AI主導の半自動操縦をマニュアル操縦に切り替えた。
通常弾はAIでかわせるが、基地中央部の高射砲は高速弾である。
妨害電磁波の影響でレーダーは使えず、映像解析のみとなると、AIはドップラー効果解析に手間取る。
通常弾と高速弾の判定に時間がかかるため、今日の戦闘距離では、AIによる高速弾の推定回避率は50 %前後しかない。
しかし、ナビゲーターがシミュレーター内蔵イーグルアイカメラを使えば、回避率は85 %に上がる。
そこで、偵察衛星が特定した高速高射砲の位置を、あらかじめシミュレーション・プログラムに組みこんだのである。
乱れ飛ぶ通常弾の軌道は、AIが瞬時に3Dプロットで描画して、戦闘機の安全圏を特定する。
パイロットは3D画面に映る自機を安全圏に保ちつつ、ナビゲーターが伝える高速弾回避指示と合わせて、瞬時に最適な判断を下さなければならない。
AIには不可能な人間の総合的な判断能力が物を言うのである。
だが、パイロットもナビゲーターも、熟練の戦闘機乗りでなければ成立しない。アキラはまなじりを決して、モニターに映る自己機の姿に意識を集中していた。
間もなく、指揮を執るビリー・コーテル大尉ことクーガーの声がヘッドフォンに響いた。緊張感がいやがうえにも高まり、全機のコックピットは緊迫した空気で張り詰めた。
「ミッション前の最後の交信だ。発光モールスで交信する余裕はない。被弾して戦線離脱しない限り使わず、任務に集中してくれ。スワンの援護に徹しろ。だが、誰も死ぬんじゃないぞ!・・・降下開始!」
総勢四十機の北米欧州連合軍所属の有人戦闘機は、翼を翻して四方に散開しながら急降下を開始した。
目指すは高度五千メートルを頂点に、半球状に広がる妨害電磁波圏である。
* 鎚矛または戦棍
「鎧を打ち破るため使われた、先端に突起のついた頭があるこん棒」