第22話 解けた封印
「ロボティックマウスには他にも使い道があるの。三日月刀を探し出すには、メガロポリスの犯罪組織の情報が必要だから」
少女はビアンカの懸念を一蹴した。
いつもながら先の先を読んでいるのね・・・
ビアンカは今さら驚かなかったが、三日月刀と聞いて顔色が変わった。
「三日月刀って、まさかサウロンの?あれがこの街にあるの?」(*)
「まだわからない。だから、あのデバイスを前もって手に入れておいたの。莫大な値がつくから、プラウドは闇市場で売り飛ばそうとする。そこが狙い目なの」
少女は、いたって淡々とした口調で言った。
ビアンカは。いったいどんな計画だろうと頭を傾げたが、敢えて尋ねはしない。
この新人類のメンターは、必要最小限の情報しか教えてくれない、と長年の経験で身に染みていたのである。
決まってわたしたちを追いこんで、自ら道を切り拓かせる・・・
「あなたの話を聞かせて頂戴。あのミッションとアキラのことでしょう?」
少女がビアンカを促した。
ビアンカは小さくため息をついて口を開いた。
「わたし、アキラと寝たの・・・バンカーバスターを使ったショックに耐えられなくて。翌朝、記憶を消すつもりだった・・・でも、できなかった!なぜって、わたしたちの過去生を思い出してしまったからよ。わたしと匠はオパル以来、ただの一度も出会っていないのに、アキラとは何度も再会していたの!」
取り乱したビアンカが泣き出すまいと唇を噛むと、少女はビアンカの懊悩を感じ取って、つと白いこじんまりした両手を伸ばした。
木製のテーブル越しに、ビアンカの手を握る。
(あなたに謝らなければならない・・・アキラとの過去生を今まで思い出せなかったのは私のせいなの)
ビアンカはハシバミ色の目を大きく見開いて、瞬きを繰り返した。接触型のテレパシーで応答を返した。
(あなたが?・・・どうして、わたしの記憶を封印したの!?)
(わかるでしょう?)
少女の穏やかなバイブレーションが、ダイレクトにビアンカの意識に伝わって、乱れた心が癒され気持ちがやすらかに落ち着いてくる・・・
(そうね・・・匠の覚醒の時が迫っている。わたしと匠が再会して、ノヴァが誕生するからね?)
運命だもの・・・千年前のアトレイア公爵との至福の生活も思い出す。
でも、どうして?と思う。
(あなたが封印したアキラとの過去生を、なぜ、わたしは突然、思い出したの?思い出さない方が、ミレニアム計画にはプラスでしょ?)
ビアンカがぶつけた疑問に、少女は珍しく沈黙した。しばらく間をおいてから、テレパシーを切って口を開いた。
「私にもわからない。ただ、アキラの母親は第二世代で、貴美の母親の実の姉なの。貴美の伯母よ」
やっぱり・・・貴美とアキラには接点があったのね!
ビアンカは胸でつぶやいた。
「ビアンカ、アキラはオパル公国であなたの側近だった。プロスペロ宰相の息子だったわね?」
「ええ、そうよ。それがどうかしたの?」
「私はオパル王家には二度しか・・・」
と、言いかけて、少女はなぜか口をつぐんだ。
もしやあの娘とダニエル・プロスペロの間に何かあったのでは、と思いついたからである。
あの娘はトリニティの中で、ただひとりの先天的な第三世代で、サウロン同様、この少女にも理解できない存在である。けれども、今はまだ胸に秘めておかなければならなかった。
「アキラには私たちが知らない謎があるわ。でも、彼はあなたの恋人で、私たちの味方と見て間違いなさそうね・・・ビアンカ。今はアキラについて詮索せず、二人の時間を大切にしてほしいの」
話を振った少女はにっこり笑うと、力づけるようにビアンカの両手ををしっかり握った。
(ありがとう。気持ちが楽になったわ!わたし、匠との再会もアキラとの関係もとりあえず流れに任せようと思う。それより差し当たっての問題は、今回のミッションなの!)
ビアンカは少女の手を握り返して、接触型テレパシーに切り替えた。
* 「青い月の王宮」第49話「王の願い」