表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/24

第16話 陰謀

 一時間後、トルーマンが同乗した国防総省のステルス・ジェットは、空母リチャード・ローズから浮上して飛び立った。


「フランク、言いたいことがあるんだろう?わざわざCIAの高価な備品を傷つけてまで密談を仕組んだんだからな。アメリカ市民の血税を何だと思ってるんだ?」

 統合参謀本部副議長の補佐官エドワード・ダレスは、広々とした豪奢なキャビンで、応接セットの安楽椅子にゆったり持たれかかっている。

 向かい合って座るトルーマンは、ダレスの皮肉を無視して唐突に切り出した。

「国防高等研究計画局がNASAの量子コンピュータで、プライムのシミュレーションを解析したというのはウソだな?」


「ウソ?その言葉だけで名誉毀損ものだが、なぜそう言い切れる?」

 ダレスはいささかも動じた様子を見せない。

 上品な高級スーツを着こなし、褐色の髪を七三にきれいに撫でつけている。いかにも知能が高そうな細面の顔には、余裕の笑みが浮かんでいる。

 

 フランクと馴れ馴れしく呼びやがって、嫌な若造だ!

 トルーマンは胸の中で吐き捨てた。

 この中東の地で汚れ仕事に手を染めてきたトルーマンは、現場の末端工作員から叩き上げた出世組である。

 職業柄、地味で目立たない服装に徹している。どこにでもいそうな中年男だが、長年の謀略と血にまみれたその顔は、どこか深い疲弊の陰を滲ませていた。


「あの偵察機の垂直降下は自動操縦じゃないだろう?手動だったはずだ」

 トルーマンは攻撃的な口調で単刀直入に言った。

 お上品で育ちの良い高級官僚なんかに、使い捨てにされてたまるか!

 積年の鬱屈した感情が、こうして折に触れてはけ口を求めて蠢くのである。


「面白い。すると、君はあのパイロットが光速のレーザー照射を手動でかわしたと言うのか?」

 ダレスはトルーマンの言葉を受け流した。年かさのCIA支局長を歯牙にもかけていない。


「ダレス補佐官。CIAはあの基地の妨害電磁波の威力を誰よりもよく知っている。基地の連中は地上に出る時は、重装電磁波防護服を着ていたんだ。レーダー波や通信波だけじゃない。人体にも深刻な悪影響が出るからだ。それぐらいあの基地の電磁波は異常に強かった!わざわざ二人乗り有人機を派遣したのはそのためだろう?」

 トルーマンはダレスの傲岸な態度に怒りをつのらせた。

 畳みかけるように迫ったが、ダレスはのらりくらりとした態度を崩さない。年季の入った年かさの高級官僚も顔負けの厚顔無恥さだ。

「何が言いたいんだ、フランク?妨害電磁波圏内に有人機を派遣するのは常識だろう?」


「ああ、一人乗りなら確かにその通りだ。だが、今回に限ってナビゲーターを乗せた。機外赤外線センサーの防磁機能を超えた電磁波を警戒したんだろう?高射砲の赤外線捜索が効かないと予想したんだ」

 こちらの言い分には理がある。この若造に一泡吹かせてやる。

 トルーマンは勢いこんで言いつのった。

「同じことがあの偵察機にも当てはまる!偵察機の位置情報も外部センサーが機能しなければAIに伝わらない。位置情報のリアルタイム変動のデータなくして、正確な自動操縦は不可能だろう?」


 ダレスはわずかに肩をすくめたが、官僚特有のレトリックで論点を逸らせて煙に巻いた。

「考え過ぎだ、フランク。二人乗りにしたのは万全を期すためだ。偵察機が手動で突入したと考える方がどうかしている。機体の位置情報が得られなくとも、プライムの回避プログラムはインプット済みで影響はなかった。事実ミッションは成功した・・・」


 今度は口調は穏やかだったが、ダレスが畳みかける。巧みに相手の弱点を突く話題にすり替えた。

「国防総省はCIAの中東支局を守り、中東諸国と同盟関係にある中国とロシアとの関係悪化を回避した。感謝されこそすれ、あらぬ疑いをかけられる言われはないだろう?」

「そうか?では、プライムの回避プログラムを評価した国防高等研究計画局とNASAの解析結果を見せてもらえないか?CIAが独自に入手しても構わないが・・・」


 フランクの言葉にダレスはフッと苦笑いを浮かべ、もたれていた安楽椅子から身を乗り出した。

「それは脅しか、フランク?いいか、ひとつだけ言っておく。ドレフュスは数日中に捕虜交換で釈放される予定だ」


 なんだと!CIAはまだ情報を掴んでいないが・・・

 トルーマンが驚いて目を見張ると、ダレスは顔を寄せて続けた。

「地下要塞を破壊されたにもかかわらず、あの国は我が国に譲歩するだろう。それが白紙撤回になってもいいのか?記憶探査装置は破壊されたが、大物工作員を捕虜に取られたまま、枕を高くして眠れるか?フーバー長官は何と言うだろうな?」


 穏やかだが凄みの効いた言葉に、トルーマンは一瞬ダレスを睨みつけたが、すぐに目を逸らせてほぞを噛んだ。

「フランク、ジェット機の損傷事故はCIAならではの演出だった。交渉力もなかなかのものだ。だが、細かいことに気を取られて、国家の大義を見失っていないか?今回は国防総省もCIAも見事に目的を達成したんだ。それで良しとしないか?」

 理路整然としたダレスの言い分に、返す言葉が見つからないトルーマンは小さくため息をついてうつむいた。

 ようやく気づいたのである。

 作戦は(はな)からお偉方の政治取引絡みだったか・・・この若造は権力中枢にコネがあるのだ。


「君はスコッチ派だろう、フランク?」

 黙りこんだトルーマンを横目に、ダレスは目が覚めるほどゴージャスなキャビンアテンダントを呼びつけた。その間も、素知らぬ顔でトルーマンを値踏みしていた。


 思ったより鋭い奴だ。こっちの弱みを探ってきたが狙いは何だ?凡庸な野心で動く男なら、手なづけて利用できそうだ。今のやりとりで、CIAは今回のオペレーションのそもそもの発端には、まだ気づいていないとわかった。

 それも、ダレスには収穫のひとつだった。

 概ね満足のいく成果を挙げることができたようだ、と胸でつぶやいた。

「ブラックイーグル作戦の目的は全部で四つあったが、記憶探査装置だけは手に入らなかったから75点か。存在しないプライムのシミレーションへの評価72.6 %とほぼ一致したな!」


 ダレスは確信していた。

 長期的視点に立てば、今回のオペレーション最大の収穫は、あの女性パイロットだ!となると、いずれCIAとも手を組んで対処しなければならなくなる。トルーマンを懐柔して、使える手駒を増やしておくに越したことはない。

 その冷徹な頭脳で、早くも三歩先を計算していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ