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第13話 ファーストキス

 歴史に残るミッションの翌朝、中央統合軍艦隊は巡航速度を保って、快晴のアラビア海を滑るようにインド洋へ向かっていた。


 夜更けまで祝勝会で盛り上がったパイロットたちが眠りについている一方で、空母のクルーたちは、平常通り昼夜を問わず交代制で業務をこなす。

 軍用機の整備・点検・修理専用の小型空母、通称「フィックス・イット」が、空母ローズに並走していた。夜明けとともに、被弾した戦闘機の移動作業が始まり、士官たちの個室にも甲板の騒音が遠く聞こえていた。


 アキラが目を覚ますと、乱れたベッドの上にビアンカの姿はなかった。部屋を見渡すと、二人が脱ぎ捨てた服が、きれいに折り畳んでソファの上に揃えてあるのが目に入った。

 起き上がってパイロットスーツを身に着けたアキラは、ベッドパッドをきれいに伸ばしてからブランケットをきっちり被せた。軍人の習い性である。

 悩み事があっても、身体を動かしているうちに、脳の違う部分が働き出す。考えても仕方のない物事は頭から消えて、自然に頭が切り替わるのだった。


 ベッドメイクを終えたところに、シャワールームのドアがスルスルと開いて、バスタオルを巻いたビアンカが現れた。頭にも白いタオルを巻きつけている。

 アキラは一瞬息を止めて、ビアンカの姿に見とれた。

 軍人だけに元もと薄化粧だが、そのスッピンの素顔はまだあどけなさを残して、まるで(たお)やかな乙女のようだ。白いバスタオルに隠れた引き締まった女体は、優美な曲線を描いて、ギリシャ彫刻の守護女神を彷彿とさせる。


 二人は突っ立ったまま見つめ合った。

 互いに何と切り出したらいいか言葉に迷って、ばつの悪い沈黙に戸惑ってしまう。


「ビアンカ」「アキラ」

 重なった言葉に、二人して思わず苦笑いを浮かべ、ぎこちない空気が一気にほぐれた。

 どちらともなく歩み寄った。

 ビアンカがアキラの首に両腕を回すと、アキラはくびれたウエストをしっかり抱き寄せる。

「アキラ。ありがとう」

 ビアンカはアキラの黒い瞳を見つめ、頬を赤らめて照れくさそうに微笑んで言った。

「いいんだ」

 アキラも優しい笑みを浮かべて、ビアンカのハシバミ色の瞳に引きこまれるように見入っていた。

 男勝りの天才パイロット、スワン中尉が見せた少女のようにあどけない表情に、心にわだかまっていたモヤモヤがスーっと薄れてゆくようだ。


 こんなに無垢な素顔をしているんだ・・・


 すると、ビアンカはアキラの首にぶら下がるようにつま先立った。シャワー上がりの上気した顔を寄せる。アキラもかがみこむようにビアンカを抱き寄せた。

 二人は目を閉じて唇を合わせた。

 呼吸に合わせて右に左にわずかに顔を動かしながら、お互いの唇の感触を確かめるように長い長い口づけをかわす。

 時間も思考も止まった二人だけの世界に揺蕩(たゆた)って・・・


 きのうの夜、ひしとアキラにしがみつき、男の名を叫びながら何度も昇りつめるビアンカの姿に、彼女への想いはかなわないと絶望のどん底に陥った。

 それでも、アキラはビアンカの苦しみを和らげたいと、一途に彼女を抱いた。

 けれども、あれだけ激しく交わった二人が、唇を合わせることはついになかったのである。


 しばらくして、着替えをすませたビアンカが部屋を立ち去ると、アキラは指で唇に触れて、かすかに顔を左右に振った。

 そして、陶然と深い満足のため息を漏らした。

 ビアンカの口づけは、身も心を許した男に、女が情愛の限りをこめて贈る熱く甘いキスだったから・・・

 心でつぶやいた。

「自分の想いはかなっていたんだ・・・」


「それだけじゃない。ビアンカと僕の間には、時を超えた絆があるようだ・・・」

 昨夜までこれっぽっちも前世など信じていなかった。

 だが、アキラは疑いようもなく輪廻転生を()()()


 部屋を出る間際、ビアンカは思い切ったようにこう言い残したのである。

「後で話したいことがあるの・・・ダニエル」

「きのうの夜の夢のこと?・・・ニムエ様」

 アキラが答えると、ビアンカは憂いがちな目を伏せて静かにうなずいたのだ。


 我ながら不思議だ、とアキラは思う。

 過去生など考えたこともなかった自分が、何の疑念も驚きもなく、蘇った過去生の記憶を淡々と受け入れている。

 ビアンカの正体や隠している謎が何であれ、取り立てて詮索しようという気にもならない。

 これまで感じたことのない満ち足りて穏やかな心境に浸りながら、確信をこめてつぶやいた。


「ソウルメイトだったのか」


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