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ジョスト・エクス・マキナ ―機兵槍試合―  作者: Xint
ケビン・オーティア Cabin・Otier
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第5話 進まぬ調査

「もうあれから二年か。 早いものだな」


 ギルバートはケビンの持ってきたパーツを手に再びおかしなエンジン(・・・・・・・・)へと向き直る。


「しかし、ケビンに職人の才能があったのは僥倖だった」


「それも、本来住んでいた本当のケビン(・・・・・・)ていう人が、工具や書物をそのままにしておいてくれからですよ。 おかげで、食いっぱぐれずに済んでます」


 ケビンが始めてギルバートにあてがわれた家に入った時、管理だけはされていたのか、若干の埃臭さはあったものの荒れている様子は無かった。 むしろ綺麗に整頓されていたくらいだった。

 しかし住人がいないというのに生活雑貨はそのまま残され、本当にある日突然、住人が忽然と姿を消したかのような印象を受ける内装だった。  ケビンが我が家の内見をしながら二階に上がると、そこは住居というより事務所とか、作業場という印象の方が強かった。 壁一面を閉める本棚には様々な本がずらりと並び、窓際の作業机の周辺には見たこともない工具や部品が並んでいた。

 記憶の一切を無くし、事故の傷も癒えきっていないケビンにとって、それは僥倖だった。 しばらく出来ることがない身だったケビンは、体が本調子になるまで本棚に収まっていた様々な書物を読みふけった。

 その中には時計の作成手引書、参考資料が何冊も収められており、その書物の通りに時計を作ってみたら、存外悪くないものが出来上がった。

 そんなことを繰り返していくうち、次第にケビンは時計作りそのものにのめり込んでいき、今では食べる為――というより、好きなことだから続けているといった方が正しいのかもしれなが、自身の食い扶持を見つけることができたのだ。


「謙遜するな。 もともと器用でもなければ、こんな短時間で一端の技術を身につけられないだろう。 もしかしたら、本来はそういう技術職か、才能に恵まれていたのかもしれないな」


「そう言ってもらえると自信につながりますよ。 ついでに、記憶も短時間で戻ってくれれば良かったんですが」


 ――結局、記憶を失ってから一度もそれらしい兆候は無かった。 本来は事件の詳細を調べる為、協力する為に住居と名前を借りて留まっているのだから、ケビンとしてもその点に関しては心苦しく思っていた。


「確かに、直ぐに思い出すことは期待していなかったが、これほどの長丁場になるとはな。 しかし、記憶とはそのようなものなのかもしれない。 時に人は、自分を護る際に記憶を封印することもあれば、忘れることの出来ない記憶のために苦しむこともある。 ケビンの場合も直ぐに思い出せないということは、何か理由があるのかもしれないな」


 自分を護るために、記憶を封印する。 もし本当にそうだったのだとすれば、よほど耐えられないことが起こったのだろうか。 それにしては、それまで生きてきた軌跡すら忘れてしまうというのはおかしな話だ。

 だが、ここまで綺麗に記憶が欠落しているケビンとしては、実際本当に何も持ち合わせていなかったのではないか、というのが一番しっくりきてしまう。


「ギルバートさんの方では、その後何か情報はつかめましたか?」


 ケビンの問いに、ギルバートは少し目を伏せ、それから困ったように笑った。


「……残念だが、ケビンの素性に関することは何も。 現場の調査に関して前にも言ったが、散らばった残骸から、どうやら外的要因……爆発物によってもたらされた、事件の可能性が浮上したということで、現在も目下調査中といったところだ」


「……そうですか」


 つまり、自分は誰かに命を狙われるような人間だった……もしくは狙われる人間の関係者だったって事なのか。

 どちらにしろ、まだ事故だったと言われた方が心の安寧は保たれたかもしれないとケビンは苦笑した。

 それも、自分の記憶がはっきりと戻ってくれば解決することなのだが……。 


「事件からかなり時間がたってしまっているが、調査はこれからも続けていく。 いずれ真相にも迫れる日が来るだろう。 だからそれまでは、我が領地随一の時計職人でいてくれると、皆助かる」


「その点はご心配なく。 幸か不幸か、他に出来ることもないので、こちらこそこのまま続けさせてもらいたいくらいですよ」


 今のケビンは、グレイドハイド領に居を構える時計職人のケビン・オーティアだ。 住む場所を提供され、他者から需要があり……他に立ち回りようが無く、現状に満足している。 一切を持ち合わせていなかった二年前の自分からしたら、随分と恵まれた環境に身を置いていると言っていい。

 それを手放すような愚行を起こすほど、ケビンは()()()()()ではない。


「それは良かった。 っと、そこのラチェットレンチを取ってくれ」


「はい、どうぞ。 ……ところで、このエンジンはギルバートさんの機体に積むんですか?」


 ジョスト・エクス・マキナの花形であるリーゼ・ギアの素体には、各部位ごとに様々な種類があり、中でも、視覚的にもっとも特徴的なのは胴より下の脚部全般だ。 機動力を確保する為の重要な部位であり、その源とも言えるエンジンもその脚部、正確には腰部にマウントされる。 ただ、今目の前でギルバートが整備しているエンジンはギアに積むにしては若干大きいとケビンには見えた。 仮に搭載可能な脚部をあげるとしたら重量級の機体に限られそうなものだ。


「まさかまさか。 これはなんとなく面白そうだから、趣味で修理しているだけだ。 なんと言ってもジャンク同然のギアから引き抜いたこともあって、元手がタダだからな。 それに、珍しいモデルのエンジンが動くところなんて、男なら誰だって見てみたいだろう」

 そう語るギルバートの目は、領主ではなく童心に返った少年のそれだった。 


「けどギルバートさん、元手はタダでも、その、修繕費用にかなり課金してるみたいですけど……ベルカは何も言わないんですか?」

 先ほどまでビクビクしていた様子を見るに、ベルカがこのことを知ったらそれなりに修繕が進んだこのエンジンが問答無用でスクラップ工場に送られ、鉄くずとなったその売却益でこれまでの修繕費分が回収されるだろう。


「ああ、うん……」と短く口にする領主。


 たったそれだけで、ケビンは事情を察した。


「なるほど」


 これはどうやら、何人にも知られるわけにはいかない領主の極秘情報を共有してしまったらしいと……。

 そんなことを話しつつ雑談を交えながら作業を続け、日も天辺から傾きかけたころ、自分も修繕作業に加わり、カクラムの会長に頼まれたパーツの交換も完了した頃、視界の端にこのあたりでは見慣れないものが映った。


「――ん? あの絢爛豪華の馬車は?」


 記憶を失い、世間というものを学び直している最中だとしても、自動車化(モータリゼーション)の進んでいる今、車ではなく馬車というポイントが如何に世間的にずれているかはケビンにも十分理解できた。

 しかも、繋がれた二頭の馬が葦毛というこだわり様……。


「馬車……? あぁ、厄介ごとの種だ。 ケビン、一つ頼まれてくれないか?」


「はい、なんですか?」


「恐らくその馬車に乗って来た者をベルカが迎えているはずだ。 その様子を見てきてくれ」


「え、でも接見中とかだったら無理じゃないですか? あの馬車を見た限り、中々の身分だと伺えるんですが」


 記憶を無くしたケビンが世間を新たに勉強し直すうえで、一つ学んだことがある。 それは、この国が君主制に則った階級社会によって成り立っているということだ。

 世襲的な貴族であったり、功績を挙げ爵位を授かった人であったり、荘園という巨大な私的所有地を持つ人間を上位の階級に位置づけ、今の社会が運営されている。 中には一流の職業者に与えられるマイスター制も存在する。

 すなわち、爵位とは管理者とほぼ同義の意味であり、人や土地の管理から税金、生産物、インフラの管理まで様々なことを任され、その階級によって任命される仕事の規模が変わってくる。 

 そして、一般人がそれら管理者に該当する人と接するにあたり、それなりの手順を踏んだり、礼節を遵守しなければならないという暗黙の了解――文化がある。

 ド派手な馬車という段階で貴族に分類される人間であろう事はなんとなく分かる。 とはいっても、ケビンの接したことのある貴族階級の人間など、目の前にいる貴族のステレオタイプからは程遠いグレイドハイド家以外には知らない。

 全ての貴族が彼等ほどお人好しでないことくらいは、いくら世間知らずのケビンでも分かる。 加えて、あんな悪趣味満載の馬車に乗ってくる人間は、決まって扱いの難しい人間だと相場は決まっているのだ。


「問題ない。 いや、問題が起こる前に見てきてくれると助かる」


 ケビンの頭の中に疑問符が幾つも浮かんだが、ともかく頼まれたからには引き受けようと思った。


「わかり、ました……」


 それでも、なかなか気が進まない要望だということは確かだった。

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