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ジョスト・エクス・マキナ ―機兵槍試合―  作者: Xint
ケビン・オーティア Cabin・Otier
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第3話 バーンウッドの領主

  バーンウッドの町から少し離れ、青々とした草原の中央を奔る街道を西部に進み、小高い稜線に向けて歩くこと十五分。

 日に焼けて黄色化したレンガ塀の向こうに灰色を基調とした一軒の館が見えてきた。

 ケビンは館の正門をそのまま通り過ぎ、その隣に併設された、何やら物音が微かに聞こえるガレージ小屋へと向かう。


「どうも、ギルバートさん。 今日も精が出ますね」


「お、ケビンか。 いらっしゃい」


 モンキーレンチを片手に、作業ツナギを着た男性がダブルベッド程の大きさをした精密機器の塊の前で視線を僕に向ける。


「本当に好きですね……相変わらず」


「ああ。 もしも私が領主でなかったのなら、これがライフワークになっていただろう」


 そう言ってカラカラと笑う男性――“ギルバート・グレイドハイド”。 シップ探索と調査の功績によってバーンウッドの領地と爵位を与えられ、またジョスト・エクス・マキナの確かな腕前からその名は広く知れ渡っている。 この大陸で知らぬものはいない、まさに生ける伝説でもある。


「いや、もう似たようなものじゃないですか。 十分技術屋の姿が板についてますよ。 その手つきなんて、職人そのものだ」


 自分の記憶違いでなければ、一週間前に訪れた時も寸分違わず同じ姿だったはず。 加えて、それを楽しそうに弄り回している姿はとても一領主には見えない。


「だろう? こうしていると、いいガス抜きになるんだ。 書類仕事ばかりになったとはいっても、何だかんだで私は体を動かしている方がいい」

 活き活きとナットを締めているギルバートの姿は、もはや本職のそれだ。


「そんなペンよりレンチが似合うギルバートさんに、カクラムの会長からお届けものですよ」


 ケビンは預かっていたアタッシュケースをすぐ傍にあった作業台の上に乗せた。


「おお、やっと届いたか」とギルバートさんは片膝から立ち上がる。


「いったい、何を注文していたんです?」


「これか? そうだな……ケビンはこれが何に見える?」


 そう言ってギルバートさんがケースを開けると、中にはレコードサイズで、先日市場で見かけた洗髪する時に子供に被せるドーナツ型のハットに見える……。


「う~ん、扇風機か風車の羽か……歯車……ですか?」


 その形状からケビンが連想できるものがあるとすれば、“まがりばかさ歯車”か、“ゼロールかさ歯車”という、時計に使用する部品くらいのものだった。

 ただ、確証が持てないのはその形状が時計などに使う歯車らしくなく、その突起一つ一つが羽というか、カッターナイフのように際立ち、中心から外側に向けて均等に配置されている点だ。

「まぁ、時計職人のケビンならそう見えるだろうな。 だがこれは何かと噛み合うようなものじゃない……らしい」

「……らしい?」

 予想していなかった的を得ない返答が返ってきた。

「こいつ……このおかしな“エンジン”の奥の方を弄っている時に、見るからに歪んでいる部分があってな。 本来の形状を予想して、完成系と希望素材の発注書をカクラムに出していたんだ。 っと、こいつが請求書か……うっ」

 言葉に詰まったギルバートさんに近寄り、手にしていた請求書の下段に書かれていた金額欄を見た。 そこには、日常生活ではそうそうお目にかかれない桁数の数字が並んでいた。


「これは……迅速かつ隠密に解決しないと、ライフワークを取り上げられかねませんね」


「う、うむ。 ケビン、分かっているかとは思うが、この件は他言無用で頼む。 特にあいつには――」


 ギルバートさんが冷や汗をかきながらそうつぶやいた時、ガレージの外から足音が聞こえた。


 「――ケビン、来てたのか」


 “彼女”の声が耳に入った瞬間、ケビンの心拍は早鐘のように打ち鳴らされ、しかし全身は時が止まったかのように停止した。 恐らく、隣で硬直してしまっているギルバートも同様だろう。


「ん、どうしたんだ二人とも?」


「い、いやなんでもないよ。 おはようベルカ」


 ケビンとギルバートさんはここでようやく振り返り、勤めて平常心を装って声の主に向き直る。 そこには、臙脂色の髪を頬位に短く切り揃え、白いブラウスに髪と同じ臙脂色のロングスカートを纏った釣り目の女性、ベルキスカ・グレイドハイドがいぶかしむ様な目でケビンと父親を見ていた。 だが、まるでそれがいつものことであるかのように、深く追求はしなかった。


「おはよう。 また父さんに小間使いにされたのか?」


「人聞きが悪いなベルカ。 ケビンはリュネットに頼んでいたものを、好意で届けてくれたんだ」


「ならあの商人も共犯だ。 ケビンが断るはずが無いと踏んだ確信犯なんだからな」


 腕を組み、罪人を蔑むかのように目を細めるベルカ。


「僕は気にしてないよ。 ちょうど仕事が一段落したところだったし」


「……ならいいが。 食事は?」


「もう済ませてきたよ」


「そうか。 もし時間があるなら、父さんの道楽に付き合ってあげてくれ」


 ベルカはそれだけ言って、ガレージを後にした。

 その姿を見送った男二人は、知らず知らずため息が漏れた。


「いやぁ久々に肝が冷えたなケビン。 なにもどんぴしゃりのタイミングで来なくてもいいのに、流石は我が娘だ」


「怯える必要が無い僕まで肝が冷えましたよ。 まったく勘弁してください」


「そう言うな。 一緒に怒られてくれそうな奴なんてお前くらいなものなんだ。 堕ちるときは一緒だぞ」


「やめてくださいよ。 ベルカに怒られるなんて、考えただけで震えが止まりません」


 お互い冗談交じりの本音を交わして笑いあう。

 ケビンがギルバートのような領主とこうも気さくに話し合えるのは、単に彼の人柄がそうさせるだけではない。

 グレイドハイド家の二人とケビンは、浅からぬ縁で結ばれているからだ。

 なによりベルカは、“ケビンが誕生してから”最初に出会った人間でもあった。

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