プロローグ
――馬上槍試合。
中世の西ヨーロッパで行われていたそれは、騎士の名誉、度胸、技量、夢、人生を賭けて望む一騎打ち。
試合に臨む者は自身を象徴する鎧を身に纏い、身の丈の倍はあろうかという突撃槍を手に、一直線に加速した馬上から合わせ鏡のように向かって来た相手にめがけ、渾身の力でそれを突き出す。 その際槍の先端にかかる衝撃力は軽く一トンを越える。
試合という体裁を整える上で、槍には被せものを着け、ルールを明確にすることで、次第に『競技』として定着しはじめたジョストは、貴族のみならず、庶民にも愛されるスポーツとなった。
しかし、競技内容が苛烈であるため負傷するものは当然の如く後を絶たなかった。 加えて、落馬や頭部への衝撃によって死亡者が出る事も、決して珍しい事ではなかった。
それでもジョストが長期にわたって愛されたのは、ひとえに騎士の勇敢さや、長大な槍を手にして突撃する姿に胸を震わせる人が圧倒的大多数を占め、エンターテインメントに飢えていた人々を心底熱狂させていたからに他ならないだろう。
そして、それは時代を経て様相が大きく変わろうとも、その根幹は変わらない。
それが機兵槍試合。 機士と呼ばれる搭乗者は馬にとって代わり、身の丈五メートル程の全高を持つ“巨大機動兵装”と呼ばれる大型機械に搭乗し、長大な突撃槍を装備して対戦相手に向かい疾駆する。
その際、ぶつかり合う迫力は従来の馬上槍試合の比ではなく、多くの人々は巨大な甲冑を纏った機士達の闘いに注目し、魅了され、熱狂した。
『搭乗者、ギルバート・グレイドハイド! 搭乗機、ニア・ヴァルムガルド!』
数万人に及ぶ観客がひしめきあうコロシアム。 実況者の紹介で沸く声援が視線と共に自分へと向けられるのが、鋼鉄の装甲板を通して伝わってくる。
僕にとっては何もかもが初めての舞台。 機体の薄暗い操縦席の中、耳まで聞こえてくる自分の心拍数は平常時の三割増しくらいだろう。 両手両足もアドレナリンのせいか面白いように震えている。 しかし逆を言えばその程度。 想定していたよりもそれが押さえられているのは、どこか“他人事”のように現実離れしている境遇に、まだ自分の頭が追い付いてきていないからなのかもしれない。
それもそのはずだ。 なぜなら自分は、実況者の言うギルバート・グレイドハイドではない。 彼の代わりにこの場にいる、機士ですらない別人だからだ。
『両者、スタートグリッドへ!』
左右にある操縦幹を握る両手は気づけば震えていなかった。 足の方は相変わらずだが、動かすことに支障はない。
「……」
もう一分もない始まりの合図までがやけに長く感じる。 それがさらに自分を客観視させ、何でもない自分が、なぜこうして突撃槍を持つまでに至ったかを、こんな時でも落ち着いて振り返るだけの時間ができた……。