第15話 不穏な影
今から行く魔女がいるという場所は、ケイオス街から離れた所にある。
ルーラが魔女の事を知っているのか分からないが、知っていた場合逃げられる可能性があるので、今向かっている先が魔女の家とバレないよう、ルーラの愉快な冒険談を聞いていた。
ルーラの気分が良くなるようにその話を褒めまくって褒めまくって褒めまくった。
「お前天才だな。」
「まぁね。」
腕を組み、鼻を天狗にして、
はっはっはっ
と笑っている。
俺はルーラがちょろすぎて
はっはっはっ
と笑っていた。
だが、ずっと騙し続けるのには難易度が高すぎた。
とにかく目的地が遠すぎて歩く歩く。
周囲は無限に背の高い草原が広がっているため、景色が全く変わらず飽きてくる。
魔物も現れない。
ルーラがいなければ全速力で走り、すぐに着くことができるだろう。
もうとっくに昼は通り過ぎ、日が落ちてしまいそうな時間だ。
昼ごはんは草原の中に隠れ潜んでいたクロコダイルを食べた。
という事になっている。
魔物が現れないので俺は草むらの中に入り、能力『固有空間』で取り出したクロコダイルを、
「こんなところに魔物がいた。」
と、一芝居うったのだ。
ルーラは少し難しい顔をしたが、食欲には叶わずすぐに喜び、ザックが料理した肉にかぶりついていた。
そんなこんなで遠くに一軒、1階建ての木造建築が見えてきた。
ギルドのお姉さんが書いた簡易的な地図によると、あそこが目的地のようだ。
その時ルーラはハッとした様な顔になり、眉間に皺を寄せ、震えた手で頭を抱え、足はガクガクしていた。
そんな彼女が震えた口で言葉を発した。
「こ、こ、こここ……」
「何?」
もうルーラが言いたいことは分かっているけどあえて聞く。
「こ、こ、こここここ魔女の家じゃない!」
「違うよ。」
「え? いや、私は間違っていないわ!」
「魔女かもしれない家だよ。」
「なんなのよ! そんなのはどうでもいいわ! あなた細かすぎ! もういいわ、私は逃げるから。それじゃさよならっ。」
ルーラが後ろを振り向いて走り出そうとしたが、目の前にはアリスとクレアが不気味な笑みを浮かべて立っていた。
「あら、あなた、私達に協力するんじゃなかったの?」
「フッ。私達と鬼ごっこしたい?」
「ヒッ。」
ルーラはその恐怖のオーラで腰が抜けた。
そんなルーラを二人は腕を持って持ち上げ、魔女かもしれない家の方向に向かって歩いた。
「うわぁ、まだ死にたくない、死にたくない! きゃぁぁぁ、助けて誰かぁあ!」
ルーラは手足を動かしジタバタしているが、そんな抵抗は二人に対しては無駄だった。
ドンドン
「すみませんどなたかいらっしゃいますかー?」
今目的の家に着き、人の有無を確認中だ。
ルーラには、
「あんまりうるさくしてると呪い殺されるよ。」
と言っておいた。
それがきいたのか静かになった。
手足は震えているけど。
「はい。」
戸の向こうで女性の声が聞こえる。
扉が開き、その隙間から顔を覗かせた。
健康そうな体つきの美人な女性だ。
薄着だからよく分かる。
この方も冒険者なのだろうか。
「どちら様でしょうか……」
俺達を不審がっているようだ。
「私達は冒険者でして、依頼を受けに来ました。」
俺はギルドから渡された契約書を取り出し、見せた。
「まぁ、依頼を受けてくださったのですか?」
「はい。」
「ありがとうございます。」
その女性は感極まって今にも涙が出そうだ。
瞳がうるうるとしている。
「いえいえ。」
「少々ちらかっていますがお入りください。」
「はい、お邪魔します。」
俺達は居間に案内され、椅子に座った。
机を囲む椅子は4つしかなく、ルーラとザックは立つことになった。
「すみません、椅子が足りなくて。」
「全然大丈夫ですよ。」
俺は女性の目の前に座り、左横にはアリス、左斜め前にはクレアだ。
軽く自分達の自己紹介をした。
目の前にいる女性はシリル・アルベリクと言い、一児の母らしい。
息子の名前がカイト・アルベリクで、今回の依頼はこの息子に関わる事らしい。
「今回の依頼内容を詳しく教えてください。」
「ご存知だと思いますが、私の息子は周りから魔女と言われ恐れられています。でも彼は魔女ではないんです! ただの普通の人間なんです!」
声を荒らげて言った。
「す、すみません。つい……」
「大丈夫ですよ。確かに魔女と言われていると聞きましたが、私は全てを鵜呑みにはしません。証拠もないと聞きましたしね。そんなことで魔女と断定はしませんよ。ルーラもそう思うでしょ?」
俺はルーラの方に視線を向けた。
「も、もちろんよ。そんないい加減な事で魔女と決めつけたりしないわ。」
「私はむしろ魔女であることは大歓げ……モゴモゴモゴ。」
俺はアリスの口を塞いだ。
「す、すみません。話の途中でしたね、続きをどうぞ。」
「は、はい。簡潔に言いますと、私の依頼は息子の病気を治して欲しい事と、彼に人と話す勇気を与えて欲しい事です。」
病気を治すはいいとして、勇気を与える?
やはりメンタルケアか。
確かに魔女と言われ続けているから周りに友達と呼べる人はいないのだろうか。
一人でも横にいてくれたら何か変わっていただろうに。
てかそもそもなんで魔女って呼ばれ始めたんだろう。
「分かりました。息子さんを立ち直らせたいということですよね?」
「はいその通りです。本当は私がやらなくちゃ行けない事なのに、もう自分ではどうにも出来なくて…… ほんと母親失格ですね。」
「いやいや、今まで息子さんを育て続けてきている時点でもう立派な母親だと思いますよ。俺が言うのもなんですけどね。」
まずお母さんに元気を出してもらわないと。
子供は親が元気でないと自分も心が暗くなるものだ。
「ところで息子さんはなぜ魔女と言われているんですか?」
超ストレートだなおい。
デリカシーはないのか!
と、自分に対して心の中で思った。
「それはですね、息子が私の夫を殺したというデマが流れたせいなんです。」
「はい?」
「五年前の話になるんですが、私と私の夫は冒険者で、彼はSランクでこの周辺地域ではちょっとした有名人でした。その日は夫が家の留守番をして、息子と私は街の方へ買い物に出かけていました。買い物を終え、辺りが暗くなってきた時に家についたのですが、そこには夫の姿がありませんでした。その時から未だに行方不明なんです。その事件の後、調査の依頼をギルドに頼み、冒険者によって調べられました。すると暗黒魔法の残留思念が残っているため、暗黒魔法が使われた痕跡があると言われました。けれどこの周辺地域で暗黒魔法が使える者は、私の息子しかいなかったんです。私の息子が暗黒魔法を使えるというのは有名でした。だから調査した冒険者達は、この残留思念は息子さんの魔法の影響かも知れないと言われ、結局事件が解決する事はありませんでした。」
アルベリク家。
父と母は元冒険者。
五年前に父親が行方不明。
家には暗黒魔法の残留思念。
息子のカイトは暗黒魔法を扱える。
か、なるほど……
「その事件から二ヶ月程たったある日。その日も息子とケイオス街で買い物をしていたのですが、またしてもAランク冒険者が行方不明になったんです。やはり調査してみると暗黒魔法の残留思念が残っており、暗黒魔法が使われた可能性が高いと…… また追い打ちをかけるように数ヶ月後に一人のAランク冒険者が行方不明になり、暗黒魔法の残留思念が残っていたと…… 周囲は私の息子を疑いの目で見るようになり、拒絶してしまう人もいました。息子の内気な性格も相まって、私達の弁解の声が届く事は次第になくなっていきました。そしてついには魔女と……」
「それはやるせないですね…… 息子が魔女ではないと証明するには、本当の犯人を探し出すしかなさそうですね。最近行方不明者は出ましたか?」
「いいえ、半年ほど音沙汰無しですね。」
「そうですか。」
この事件を解決する事は今回は難しそうだ。
1週間で終わるようなものでは必ずない。
「分かりました。では、カイト君に会ってみてもいいですか?」
とりあえず依頼を達成できるように頑張ろう。
彼の病気を治す事が第一目標だ。
カイト君と言っても15歳らしい。
俺の精神年齢マイナス2だ。
後輩を励ます感じでいいのかな?
「そうですね。こちらです。」
俺は案内するお母さんの後ろをついていった。
「カイト入るわよ。」
「えっ。」
部屋の中から声が聞こえた。
ドアを開けると、こちらに背を向けて座っていた男の姿が見えた。
机で何かしていたのだろうか。
俺達が入った途端慌てたように何かを片付けていた。
ちょうど背中で隠れて見えない……
ちょっちえっちい事でもしていたのだろうか。
思春期真っ只中だもんな。
あ、思春期は俺もか。
「なんだよ母さん。」
覇気のない声で振り返りながら言う。
「ほらお客さんよ、挨拶しなさい。」
俺達を見ると戸惑い、焦りすぎて興奮しているようだ。
「あ、え、あ、は、初めまして。だ、誰ですか。」
「こんにちは。俺達は……」
俺達は自己紹介をし、依頼を受けることになった事を伝えた。
カイトは少し体が細い。
髪の毛は長く、目が隠れる程だ。
彼の首や腕や足に、青紫色のあざがあるのが分かった。
これはお母さんが言っていた病気なのだろうか。
それとも……
「1週間だけだけどよろしくな。」
「…………」
カイトは髪は長いし、俯いているしで表情が読み取れない。
「どうしたんだ?」
「いいよ……」
「何何?」
「もういいよ。もう遅いよ。僕はもう皆から嫌われたままでいいよ。」
「こら! カイト!」
お母さんがお母さんをしている。
すねちゃまですね。
「遅くはないよ。まだ大丈夫。」
「何が大丈夫なんだよ! 僕の事全く知らないくせに!」
確かに大丈夫という言葉は無責任か。
「確かに俺はお前の事を全く知らない。だけど今お前が嘘をついていることは分かる。」
「なんの事だよ。」
「お前は心の中では嫌われたままでいいとは思っていないはずだ。」
「もう嫌われたままでいいと思ってるよ! もうどうしようもないんだ。誰も理解してくれる人がいないんだよ……」
「お前の母親という良き理解者が一人いるよ。別に俺達だってお前が魔女だと断定なんかしてない。お前は人に伝えるという行動をちゃんとしたのか?」
「したよ! もう沢山したよ! それでも……」
「諦めたのか?」
「そうだよ。もういいんだ。」
「そうやって現実から逃げるのか?」
「別に逃げる事は悪くないでしょ!」
「そうだね。別に悪いことでは無いと思うよ。でもずっと一人だね。」
「…………」
「確かに辛くて他人を拒絶したくなるのは理解できる。だけど人間は心から他人を拒絶したいと思える程良くはできていないんだよ。」
「…………」
「他人という概念を持っている時点で他人に興味を持っているんだ。人間は一人じゃ生きていけない。」
「…………」
「自分に正直になった方がいい。必ず後悔するから。後からなんて考えたらだめだ、今やらないと。」
「……そうやって、僕に夢を見させるのはやめてよ。僕に光を見せてまた落胆させるのはやめてよ! それがつらいんだよ。」
「でも諦めちゃだめだ。そのままだと何も変わらない。また明日も来るから。よろしくね。」
「…………」
俺はドアを開け部屋から出た。
彼は椅子に座って俯いたままだった。
「少々ストレートすぎるんじゃないか?」
ザックに言われた。
「うん。そうかもしれない。ははは。まぁ俺はただの冒険者でメンタルトレーナーでもないし。」
「いや、あなた達甘いわ。持っとガンガン攻めないと。」
「く、クレア?」
「根から叩き直さないと。もっと厳しく。」
「フッ。同感だ。」
こ、こいつらは悪魔だ。
でも何が正解かは分からないし、彼女の行動に否定はできない。
こんな時のイリス様だ。
カイトが元気になる方法は?
《すみません。よく分かりません。》
うん。
なるほどなるほど。
気持ちの部分について、イリスは弱いと見た。
「まぁ、ほどほどにね。」
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「そろそろでございますか?」
黒のマントでフードを深く被った者が言う。
彼の目の前には、漆黒の玉座に座っている男がいる。
その者はこの場所で最も位が高いように見える。
「そうだ。この街に強者がいるらしい。」
「これでまた一歩あのお方にお近付きになられますね。」
「あぁ。お前にはもう少し役に立ってもらうぞ。」
「はい。みこころのままに。悪魔崇拝魔女教団・最高位第七位階・ヨハネス・アルデバラン様。」
玉座の男の口角が上がった。




