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ひとひらの道化

作者: I.me



雪の降り積もる寒い季節。いつもなら雪を踏み締める音が聞こえる季節。冷たい風にかじかむ手。みんな鼻を赤くしている。でも雪は降っていない。そんな日も、息を白くしながら噴水広場で道化としている男がいた。ずっと前に子供たちにプレゼントを配ってから、それが男にとって、いやその小さな町で毎年の恒例行事になっていた。緑がかった茶色いくせっ毛に、飾られた様にふわりと被さる帽子。細身な線が袖を通したもふもふな背広に、裾が入り込むほどの大きな靴を履いて、笑顔の化粧を施した男の側には少し大きな木があった。子供たちは思い思いの飾り付けを持って来て、その木を彩っていく。


「ねえサンタ、僕今年はね……」


子供たちは飾り付けをした後に、そばの道化に欲しいものをこっそりと耳打ちして行きます。嬉しそうに話す顔を見て、嬉しそうに帰って行く後ろ姿も見て、男は笑顔の化粧以上に笑顔が溢れるものだった。日が暮れる頃男は家へ帰ると、欲しいものをメモした手帳を眺めていた。今度の物と、今までのものとを見比べていると、ふと思い当たった。



今まであげたプレゼントはどうなったんだろう。



そう思った次の日、欲しいものを伝えに来る子供たちへ化粧で笑顔を作って見せても、その下では笑顔に応えることは出来なかった。そしてまた次の日、男は笑顔を化粧しないでプレゼントを用意する為に買い出しへ出た。彼のことを知っている大人は、そのいつもより寂しげな様子に男を心配していた。



あのおもちゃに人形、音のなる箱に物語を詰め込んだ本は、もう欲しいものじゃなくなったのか。



そう思った途端、プレゼントの風船詰めをしていた男の手は止まった。そしてプレゼントの山から離れて腰を下ろすと、それらを眺めて時間が過ぎていった。いつもならプレゼントが置かれている日の噴水広場には、飾り付けをされた木だけがそれまで通りにあるだけだった。楽しみに広場へ来た子供たちは、自分達の欲しいものが無いことに気づいた。帰ってきた子供たちを見て、大人達は異変に気がついた。その頃男は、プレゼントの山を前に、また眺めていた。そして自分の買い出しへ出掛けると、大人達が駆け寄って来た。プレゼントはどうしたんだと。



道化だって、いつも笑っていられるわけじゃない。



周りの問い掛けに何も答えず、男はその場を後にした。そして公園の長椅子へ腰掛けてしばらくすると、一人の女の子が彼の前で止まった。


「この本に、サインもらえませんか。お父さんに、おじさんが書いた本だって聞いたから」


男は驚きながらも、その本へサインを残した。「あと、これを」と、女の子が恥ずかしそうに一枚の紙を手渡した。その紙には、物語の一場面を想像して描いたであろう絵だった。


「この本、とても面白かったです。また、続きじゃなくても、本を書いたら読ませて下さい」


そう言うと、受け取った本を抱き締めて女の子は走って行った。長椅子へ座ったままの男は、貰った絵を見ながら一輪の女性を思い出していた。そして未だに突き刺さっている彼女に言われた言葉に、彼は目を閉じた。



私は、なんて弱虫なのだろう。プレゼントで溢れさせれば良いじゃないか。作ったもので溢れさせれれば良いじゃないか。みんな私のプレゼントを待っているというのに。



白い息を吐きながら急いで帰ると、プレゼントの風船詰めを始めた。お菓子におもちゃ、ブリキの人形劇等を一つ一つ包み終わると、夜が明ける頃だった。男は急いでプレゼントを広場まで持って行った。広場から帰ると、数日ろくに眠れていなかった彼は倒れるように眠った。次の日男は、笑顔の化粧をして道化として広場へ行った。夜のうちに積もった雪を踏み締めてたどり着いた広場では、彼を待っていた子供たちが駆け寄ってきた。「サンタありがとう」と言ってくれる子供たちに、またいつも通りに風船をあげて、おどけて過ごした。風船やプレゼントで喜んでいる子供たちを見て、男は思った。



私の欲しいものは、何だったかな。



それから数十年道化として過ごし、子供たちにプレゼントを渡し続けた、男は病に倒れてしまった。もう道化としておどけることも、プレゼントをあげることも出来なくなっていた。町の大人たちは、医者やそうではない者関わらず、代わる代わる彼の看病をした。そしてもう、いつ寿命が尽きてもおかしくはないという時、一人の小綺麗なおばあさんが男の元へやって来た。


「私のことを、一輪の薔薇を覚えていますか」


彼女は一輪の薔薇を取り出すと、彼に見えるようにした。その薔薇を見た男は、おばあさんを見ると涙を流した。彼の様子を見て、おばあさんも涙を流して彼の手をそっと握った。寒い中を来てくれた冷えた手のその温もりに、男はようやく欲しかったものを手に入れることが出来た。


「欲しかったものがなかったんじゃない。手に入らないと諦めて、見ないようにしていた。さがすことさえも、忘れてしまうほどに。私は、ずっとこれが欲しかった。貴女の温もりを、ずっと。ありがとう」


そう言ってしばらく、女性の持っている薔薇のひとひらが男に触れると、彼は手を握っまま深く永い眠りについていった。













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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章がすごく読みやすくて過不足なく整っていて、読み終わった後に感想など余計なのでは、と思ってしまいました。 ひとつながりの散文詩のような流れから、物語がきちんと浮かびあがってきて、描写と…
[一言] 去年のお話の続きが来てくれるだなんて、万歳です! 一凛の薔薇の彼女の願いどおり、彼はみんなのサンタであり続けたのですね。 それこそ理由を忘れてしまうほど長い間。 途中ちょっと道をそれてしま…
[一言] 昨年の冬童話に参加なさっていた「一輪のピエロ」の続編ということで良いでしょうか。 お互いに想いあっていたはずなのに、遠回りしてしまったふたり。忘れてしまったり、傷つけてしまったり、遠ざけて…
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