7 よそ見せずに進んでいいの?
すみれ
「嘘?」
「こんにちは。」
「なんで?」
「お店の名前教えてもらったから、試しに検索してみたら出てきたから。」
にこにこしてる。
「すみれちゃん、なに?彼氏?」
タケコさんが頬杖ついたまま、興味なさそうに聞いてくる。
「え?いや、これは。」
言いよどんだ。
「迷惑でした?」
「いや、迷惑とかでは。」
人がうろたえるの見て楽しんでいるみたい。高木先生。
「おもしろいなぁ。」
お店の中のんびり見てる。
「今日は、病院はいいんですか?」
「お休みです。」
棚のお茶碗手に取って見ている。色違いの対で、いわゆる夫婦茶碗。その横顔がわりと真剣で、この人、結婚願望とかあるのかな、と思う。そりゃあるか、婚活パーティー行ってたぐらい。
「何時に終わるの?」
ふいにこっち見た。びっくりした。
「もうあがってもいいよ。」
タケコさんが地獄耳で、なんか口はさんでくるし。そっち見たら、にこって笑った。結局流れであがって、一緒にご飯食べに行くことに。
「何食べに行きたいですか?」
「う~ん。」
歩いていると、大地君のバイトしてたお店の脇を通りがかった。
「沖縄料理だって。」
「……」
「沖縄料理は?」
「嫌いじゃないですけど、今日は別の物が……」
「そうか。」
「韓国料理とかどうですか?」
最近、韓国の焼肉好き。葉っぱにくるんで食べるやつ。
「いいね。」
そして、手をつなごうとした。先生。逃げた。何も考えずにとっさに。
「あ」
赤信号で信号待ちながら見つめあう。
「ごめんなさい。焦っちゃったかな。」
それだけ言うと、まっすぐ前を見た。
なんか、大人だなと思う。落ち着いている。
そして、また、困った。
可も不可もない。こんなふうにするりと入り込まれると、うまく断れない。絶対断らないとって思うぐらい強引ではなくて、でも、ほっといてはくれない。
「先生のお家ってお金持ちなんですよね。」
お店入って、向かい合わせに座って、注文済ました後に物珍しそうにあちこち見渡している先生に聞く。先生きょとんとこちらを見た。
「なに?急に。」
「聞いちゃだめでした?」
この人、こういう女の人嫌いだって言ってたね。そういえば。
「だめではないですけど。大した金持ちじゃないですよ。貧乏じゃないだけ。」
曖昧に逃げた。
「わたしって一般庶民なんです。」
おしぼりで手を拭きながらわたしをじっと見る。
「何が言いたいの?」
「合わないと思う。育ちが違います。」
はははと笑った。全然きいてないじゃん。
「なんでそんなにぱっぱと僕から逃げようとするの?そんな危険な男だって自覚はないけど。」
口を開いた。
「あ、やっぱり言わないで。聞きたくない。」
「なんでですか?」
「初めて会ったときからそうだった。僕に興味がない。君はぱっぱと僕に返事をして、舞台をおりる気でしょ。」
「……」
「一度っきりの人生なのに、そんなに前のめりでいいの?」
「前のめり?」
「よそ見せずにまっすぐ進んで、後で引き戻せなくなったときに後悔しない?」
飲み物が来た。
「マッコリと生ビールです。」
飲み物がおかれる。
「とりあえず、乾杯しようか。」
グラスを合わせる。生ビール飲んでる先生を見る。余裕だなと思う。やっぱり。
「よりどりみどりで選べるのになんでわたしなんですか?」
「女の子ってそういうの気にするね。」
突き出しでキムチとかナムルとかきてて、箸でちょっとつついてる。
「でも、僕はよりどりみどりってほどではないですよ。」
わたしは、マッコリをもう一口飲んだ。
「あなたが気になってるだけ。変に逃げるから。たいしたことしてないのに。」
「知ってつまらなかったらどうするんですか?」
少しきょとんとした。
「自分で自分のことつまらないと言ってもしょうがないでしょ。」
「……」
そして笑った。
「まぁ、そう言う僕もつまらない人ですけど。」
「なんでですか?」
「親の言う通りの人生生きてるつまらない男です。」
そう言って一瞬だけ目を伏せた。
「僕は、だから、結婚だけは自由に選びたいんです。他の物は全部親が選んでしまったからね。」
「そんなんで許されます?」
「そのくらいは許されないと、生きてるって実感できません。」
生きてるって実感。
その言葉が妙に心に響いた。
ゆっくり食事をして、お酒を飲んで、会計をして外に出る。割り勘にはしなかった。先生。
「また誘ってもいいですか?」
家の近くまで送られて、別れ際に言われる。
つまらなくはなかった。居心地悪くも。上手に気を使える大人の人といたからかもしれない。
「はい。」
断る理由がなかった。
「ね、昨日の人なあに?」
「絶対聞かれると思ってました。」
「で、なあに?」
「婚活パーティーで知り合った人ですよ。」
「へぇ~。」
棚の上の商品をきちんと並べなおす。
「何やってる人?」
「お医者さんです。」
タケコさんの目が輝いた。
「え?うそ。いいじゃん。」
やっぱりそういう反応になるよね。普通は。
「なんで、乗り気じゃないの?」
「いまいち、ぴんときません。嫌いじゃないけど、どきどきしないというか。」
「やあねぇ、すみれちゃん。」
「なんですか?」
「恋愛と結婚は違うのよ。」
ちくりとその言葉が胸にささった。
「結婚はどきどきじゃないよ。そういう穏やかなものだよ。」
思い切りタケコさんのこと見つめた。
「なに?」
「そういう常套句でわたしを揺さぶらないでください。」
「え?なに?じゃあ、脈ありなの?」
「タケコさん、最初はぴんと来なくても、そのうちそういう気持ちって追いついてくるもの?」
「う~ん」
「よく言うじゃないですか。いいなと思う気持ちは最初だけで、そのうち消えてなくなるって。結婚って好きだって気持ちだけじゃ、長く続かないって。なら、むしろそこまで好きじゃない人とのほうが、ほどほどに好きな人とのほうがうまく続きますか?」
「そうねぇ。深く愛するのと憎むのは紙一重だからな。それなら、深く愛している人よりも、そこまでのめりこまない相手とのほうが、穏やかでいい家族になれるかもね。」
「……」
「まぁ、でもさ。答えなんてないんだって。」
「ないんですか?」
「答えを出すまで待ってると、結婚しないまま死ぬことになっちゃうよ。分からないものがあっても、深い海に飛び込むような覚悟がなきゃね。結婚はさ。」