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4 猫をかぶる


すみれ


わたしには二つの顔がある。2つどころかもっとあるかもしれません。男も女もそういうものですよね?

初対面でそのままのキャラを見せてしまうと、あまりもてたことがない。だから、猫をかぶっているんです。かわいいですよ?自分で言っちゃあなんですが、わたしのかぶっている猫は。

でも、正直ちょっと疲れるんですけどね。かぶってると。

だから、友達モードの人にはかぶりませんよ。


大地君は最初、髭もじゃの人だった。お店に現れるなぞの髭もじゃ親父熊。それで、ある時、その日はわたしはお店にいなかったんだけど、店長が話しかけたら、なんか?スウェーデンに家具の弟子入りしたいんだと。そんで、とりあえず人となりを知るためにバイトするんだと。次の日面接で来ることなってた。

髭を剃れと店長が言ったらしいので、どんなふうになるのか好奇心があった。あの髭もじゃ親父熊が。

それで、ワクワクしながら今か今かと待ちわびてたんだけど。

入口にのそっと立った人がいて、身長の高さは一致してたんだよ。

でも、え?と思いました。そばにいた店長もね、きっと同じ。え?ですよ。

そのくらい、違ったな。なんだ、フツ―の若い人だったのかと。別人だな、こりゃ。

そんで、誰か新しい男性の方とお知り合いになった場合、わたしは瞬時に脳みその中でふるいにかけるわけです。

簡単に言えば、あり か なし かで。

年齢、既婚未婚、外見、職業、条件……。Etc。

今回は、とにかく髭もじゃの親父印象が強かったし、友達かなと思いました。正直。だから、猫はかぶらなくてもいいやと。


後から思うと、わたし、この時、男の子を好きになるのに、いつも条件を見ていた。結婚対象を常に探していたので。お金持ってるかどうか、職業とか中心に。イケメンももちろん好きだったけど、イケメンよりお金かな?だって、生活大事でしょ。

で、友達の紹介とか、後は、婚活パーティーみたいなのも行きましたよ。そんで猫をかぶる技術を磨いてたわけだ。

でも、本当の所、なんかぴんと来てなかったんだよね。

わたしの人生ってこんなんなんかなぁって思ってた。

いい人みつけて、気に入ってもらって、結婚して終わり?

ほんとうはどっかでわかってたんだよね。わたしはあの頃、恋愛をすることを避けていました。婚活パーティー行っといて変な話ですが。みんな、わたしが恋愛することを避けてるなんて気が付かなかったと思う。

でも、避けてました。

わたしは男の人を条件で選んで、相手の求める条件をクリアして結婚しようとしていました。このコースのどこを切ってもね、恋愛はありません。

したくなかったんです。もう、ああいう重いの。

悪くないかも、いいんじゃない?くらいの感情でもって、結婚して穏やかに過ごしていきたい。思い切りのめりこんで、傷つけあったりするのはもうたくさんです。


高校2年生のとき、初めての彼氏ができた。向こうが好きで付き合ってくれって言われて。わたしは最初から彼のことが好きだったわけじゃない。でも、生まれて初めて家族ではない男の子に優しくされて、大切にされて、自分が特別な女の子だって思えた。彼といるとき。

気づいたらいつのまにか自分も彼が大好きになっていた。

大好きになっていたのに、なんでなのかな?わたしって、好きな人にいじわるなことを言ってしまう癖でもあったのかな?

高校卒業してわたしが短大生で彼が大学生なって、彼、別の県で大学行ったから遠距離なっちゃって。それでも付き合ってた。

彼の気持ちがすこしずつ変わっていくことに気が付いていなかった。前と同じだと思い込んで、甘えていて、それでまた、余計なことを言って……。


彼を怒らせた。


「すみれは、何を言っても俺が怒らないって思ってるの?」

「え?」

あんなに怒っている彼の顔、初めて見た。いつも、わたしがどんなこと言っても、それでも、笑っててくれたのに。

「俺には人並みの感情とかないとでも思ってるの?」

「……」

「お前はいつも余計な一言を言う。当たってるからって言ってもいいことと悪いことがある。」

そして、その日のけんかがきっかけで別れた。

「好きだからずっと我慢してきたけど、俺、君とは合わないと思う。」

別の日にそっとそう言われた。

わたしと目を合わせてくれなかった。最後。


わたしが何を言って彼を怒らせたのか、覚えていない。わたしにとってはいつもと同じような他愛もないことだった。彼はいつも嫌だったんだと思う。何十回も何百回ももしかしたら、我慢していたのかもしれない。知らなかった。

わたしは世界一無神経な女です。

好きだったのに。

好きな人傷つけて、なにしてんだろ?

あんなに優しかったのに。あんなに大切にしてくれたのに、彼は別人みたいになってしまった。失ってしまった。

ああ、そうだ。わたし、もう、そのままの自分で男の人とつきあうのはやめよう。そう思った。


わたしだって、猫をかぶればそれなりにいけるんです。

あんな思いをするのは2度とごめん。もう2度と猫を脱いだりしない。男の人の前では。


でも、友達はいいやということで。大地君はそっちに入れた。なんか変な人だったから、おもしろそうだなと思って。

「ね、大地君が今お客さんに説明してたのってどういうこと?」

「家具の種類教えてただけだよ。」

「種類って?」

そういうと大地君は若干わたしを小ばかにする目をしました。別に平気ですよ。だって、ばかだもの。わたし。

「合板の家具と無垢の家具って全然違うんだよ。」

その後、彼はていねいに説明をした。小ばかにはしたけど、手抜きせずにていねいに説明するのは偉いなと思う。

「大地君、詳しいね。」

「でもこのくらいは売ってたら知らないと。」

「でもわたし、バイトだし。」

彼、ちょっぴり怒った顔をした。なんだろと思うと。

「立場によって手抜くのってどうなんだろ?俺だってここでもあっちの居酒屋でもバイトだけど自分にできることは精一杯するよ。」

びっくりした。

「あ、うん。」

そしたら、ふいに慌てだして大地君。

「ごめんなさい。今の忘れて。」

そう言われた。

びっくりした。わたしに対してそういうことを言ったことに。

だって、わたしってお気楽ご気楽人間だから、わたしになにかを期待する人なんて周りにいない。かわいがってはもらえるけど、どうせすみれちゃんは仕事は腰掛で、早く結婚したいんでしょ?みたいな。

こんなわたしみたいな人にもそういうまともなことをいうのが、なんというか、まっすぐな人だなぁというか。

やっぱり変わってる。今時ではないですよね。

それで、黙って見ていると、昼も夜も働いて、お金貯めなきゃいけないから無駄遣いもしない。そんで、暇あれば英会話聞いて英語の勉強している。

そこまでして頑張りたいもの持ってるのってちょっと羨ましかった。


「ね、ワックスってなに?さっき説明してたでしょ。」

彼はまた前のときみたいに丁寧に説明してくれた。その後に言われた。

「ねぇ。この前のこと気にしてないの?」

「え、なに?なんのこと?」

少しばつの悪そうな顔でわたしのこと見ている。

「俺、エラそうなこと言っちゃって。」

エラそうなこと?なんかあったっけ?思いつかない。

「バイトだからって手を抜くなって。」

「ああ!」

分かった。思い出しました。

「なんであんなことで怒るの?」

さっぱりわかりません。

「いや、気を悪くしたかなと思って……。」

「別にたしかになと思っただけ。わたしにいじわるしたいとかで言ったんじゃないよね?」

「うん。」

「相手が正しいなと思ったらわたしは怒らない。」

そう言った後も、少しすまなさそうな目をしている。その顔を見上げる。高い背で、がっしりしてて、初対面なんか熊みたいだと思ったのにな。この人って第一印象と違うなぁ。

「大地君って見かけの割に繊細なんだね。」

大地君がちょっとショックな目をした。

「たしかにそうだけど、それ、あまり言われたくない。」

「あ、すみません。」

また、やっちゃった。胸のあたりがちくりとした。

「ははは。わたし、よく言われる。言っちゃいけないこと口にするって。」

また、うっかりやっちゃったじゃん。


「ね、ワックスってどうやって塗るの?」

大地君に居酒屋のバイトが入ってない日にそのままハンズに行って、木工家具用のワックスを買う。次の日お店開く一時間くらい前に来て、ずっとお店で使っていて非売品みたいになっているテーブルを店の裏に出す。彼がお手本でワックスを塗るのをまず見ていた。

その時思った。

大地君って、なんか、作業をしている姿がきれいな人だなって。なんでそう思うんだろって思って、真剣に眺める。木に触れる触れ方がとても優しい気がした。いとおしそうに撫でてるとまで言うとちょっと言い過ぎなんだけど、彼が木に触れると、木も喜んでいるような、そんな感じ。手のひら全体で木の肌の感触を確かめているみたい。それで、強すぎない弱すぎない力でワックス塗ってる。

「やってみる?」

声かけられるまでぼーっとしてた。

「あ、はい。」

交替した。

「あ、そんなにこすりつけたらだめ。」

「はい。」

しばらくしてできあがる。

「ちょっとここにおきっぱにして乾燥させないと。」

「ええっ」

「だめ?」

「事務机、しばらく使えないな。」

店長にワックス塗るって言うの忘れてた。これないとたぶんみんな困る。

ま、いっか。


乾燥が終わってお店に戻す。

「ほら、色つや違うでしょ?」

そう言って大地君は嬉しそうに笑った。ああ、この人、やっぱり木を愛している人なのかなぁ、と思う。そして、木もおそらく彼を愛している。変な言い方だけど。


彼の手作業というものをもう少し見て見たくって、もう1個の方の居酒屋のバイト先に押しかけてみることにした。

友達連れてお店入って、有無を言わさずカウンター座ったんだけど、大地君が作業してるの横から見える位置。

「ここ予約席だからあっち座って。」

バイト先の服来て、手ぬぐいで髪しばってる大地君にしかめ面で言われた。すごすごとテーブル席へ座る。でも、わたしはこんなことくらいであきらめる人ではない。先帰るというので友達を帰したタイミングでもう一度カウンター座る。

「予約席」

「うそばっか。さっきから1人も座ってないじゃん。」

今度はあっち行けと言われなかった。だから、お酒を飲みながら大地君が作業をするのを眺めた。

体が大きくて、だから手も大きくて、わたしの勝手な認識では、なんか手の大きい人って不器用なような気がしてたんだけど、でも大地君は手先が器用だなと思ってみる。

やっぱりきれいだった。

お酒を作っている様子も。レモンを輪切りにしたり、櫛切りにしたりしている様子も。彼の所作は丁寧だった。丁寧で優しい。

酔っぱらっていて、それに、自分の頭の中で考えるのは、人には秘密でしょ。

あの手でどんなふうに女の人に触れるんだろうかと想像してみた。

やっぱり優しいのだろうな、と思って。


そして気が付くと、見慣れない天井ですよ。

一応お断りしておきますが、こんなあほなことをしたのは、生まれて初めてでした。酔っぱらって寝て目を開けると見慣れない天井。

嘘だろ?え、ここどこ?わたし、昨日何してたっけ?

おそるおそる起き上がり、横見ると、ベッドの上に服のまま転がっている大きな人がいる。顔のぞきこまないでもわかる。大地君でした。

周りを見回す。1人暮らし用の小さな部屋。

これは、大地君の部屋にいる。窓から外見る。明るくなりかけてる。

やばい。泊まってしまった。自分を見る。ふとんかかっていて、服着てる。

ほっとした。ほっとしたけど……。

昨日、最後の最後にわたしなんかやばいこと考えてた気がする。

服は着てるけどさ。だから、最後までどうのこうのはまずないと思いますが、キスしちゃうとか絡むとかなんかしたのではないか?酔っぱらったせいで。

覚えていません。

「大地君」

何回か呼びかける。彼が目をあけて、むくりと体を起こすと、しばらくぼおっとした後に、ふわぁとあくびをした。

「ごめん。寝ちゃった。」

しばらくまたぼけっとしたあとに、わたしのほうを見る。

「気持ち悪かったりする?」

「お水ほしい。」

彼がはいはいと立って台所へ行く。

「わたし、どうして大地君ちにいるんだろう?」

お水をくみながら背中を向けたまま彼が答える。

「お店で寝ちゃったんだよ。何度呼んでも起きないからさ。」

はいと言って、コップのお水渡された。ごくごく飲んだ。

「お酒、弱いの?」

「普通。昨日は飲みすぎた。」

「そばに誰かいないときはあんま飲まないほうがいいよ。」

この様子。起きてから今まで、普通に話してる。これは、別に酔って絡んだりとかしなかったんだよね?わたし。そう思っていいだろうか。そう思っていると、大地君が口を開いた。

「自分でもわかると思うけど一応言っておくと、何も心配するようなことはありませんでしたから。」

「男の人って普通は……」

「うん。」

「こういうときは何かするものではないの?」

「……」

つまらなさそうな顔で見られた。何もそんな顔で見なくてもいいじゃない。

「人によると思います。」

安心しつつもほんと勝手ですけど、全く何もないっていうのも、今更ながら微妙と思う。だって、こっちは多少なりとも欲情してたわけで。でも大地君から見たらわたしは全くの対象外か。

「でも、危ないから気を付けた方がいいよ。」

お兄さんが妹を心配するような口調だな。

「お家、親と住んでんでしょ。連絡とか入れてないんじゃないの?大丈夫?早く帰ったほうがいいんじゃないの?」

昨日、一緒にいた友達のうちに泊まったことにする。それなら、もう少し経ってから帰らないと不自然。

「今帰ったらかえって怒られるかなぁ。」

お父さん会社行っちゃって、お母さんだけになったときのほうがいいな。

「じゃあ、もうちょっと寝てなよ。俺、昨日そのまま寝ちゃったし。シャワー浴びるから。」

優しかった。大地君。普通だったら、すごいいらいらしない?こういうとき。安心したらなんかほんと眠い。失礼してベッドの上の枕拝借。枕に頭のっけると、やばい。この枕、大地君のにおいがする。当たり前か。本人には悪いけど、でも、嫌いじゃないな、このにおいと思いながら、寝てしまった。

そして、短いがぐっすり眠ると、すっきりした。すっきりしてがばっと起きたら、いない。部屋の持ち主が。

あれ?

あれれ?どうしよう。

勝手に帰るわけにもいかないし。とりあえず枕をベッドに載せて、掛け布団をきれいにたたんで上に載せた。

しばらくすると、ドアが開いて、大地君が戻ってきた。

「どこ行ったのかと思った。」

「朝ごはん適当に買ったけど、食べられる?」

いろいろ茶たくの上に並べられた。おにぎり1個取った。

「あの……」

「はい。」

嫌な顔ひとつしてない。ここまで優しい人もちょっと珍しい。

「すみませんとありがとう。」

そう言うと笑いだした。大地君。

「ほんとだよね。すごい迷惑。」

「ごめん。」

「すみれちゃんって変な人。」

しばらく続けて笑ってた。

「ほら、水分とっときなよ。」

ペットボトルのお茶もらった。


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