2 余計なことを言う人
大地
ある日、ふとすみれちゃんに言われた。
「ねぇ、大地君ってさ。ほんとは家具職人なんでしょ。」
「うーん。職人というか、職人の卵?」
「でも、今、全然家具作ってないじゃん。」
「うん。作ってないね。」
「なんか作って見せて。」
「え?」
「見てみたい。」
簡単に言われた。
「材料もないし、時間もない。道具もない。」
ちえーって言われた。いつもの様子。
「わかった。じゃ、ちっちゃいものだったらいい?」
急にそう言って、僕を見る。きらきらした目をしてて、一瞬、見とれた。かわいくて。一瞬で終わった。そんで、次にまずいと思う。
「行こう。」
そう、やる気スイッチ入ったら、止まらない。この人。もう、玄関で靴はいてる。こっちはやるともやらないとも言ってない。
「行くってどこへ?」
「買い物。材料買いに行く。」
「え?」
「大丈夫。全部わたしが出すから。」
どうしても、僕が何かを作るのを見るまではやめないらしい。そんで、彼女の車乗って、ホームセンター行って、適当な角材と一緒に買ったのが小型ののこぎりと彫刻刀。
「なにを、始めるの?」
「これで、熊の木彫り作って。」
意味がわからない。
「家具と熊の木彫りは違うと思うんだけど。」
「最初のコンセプトとずいぶんずれてきたけど、今は熊の木彫りがほしい。」
「なんで熊?」
へへへと笑って答えなかった。
「こう、一気に彫ってくものじゃないの?」
「熊なんて、気を付けてみたことないし。細かいとことかよくわかんないし。」
適当にネットで写真見つけてきて、絵を描く。その後、上下左右からの絵も描いた。
「すごい。」
僕の絵を見てすみれちゃんが言う。下手ではないと思うけど、別にそこまで言うほどうまくない。
「すみれちゃんって、絵とかあんま描けないの?」
「苦手。」
「ちょっと、試しに描いてみてよ。熊。」
しばらくしぶってた。
「俺ばっかりずるいじゃん。」
そうだよ。意味のわからないことに時間取られて。
そしたら描いてくれた。笑えた。笑える熊だった。
「だから嫌だって言ったのに。」
というか、熊には見えなかった。間違えた。
「どうやったらこんなふうに描けるの?わざとやってる?」
「いいや。真面目に描きました。」
くしゃくしゃに丸めて捨てようとするから、とめた。
「なに?」
「いや。元気ないときにこれ見たら笑えるから。」
「こんなのが?」
「ちょうだい。」
「そんなに近寄ると危ないよ。刃物持ってるんだから。」
「は~い。」
そう言って少し下がって、ねっころがって機嫌よく僕が木を削るのを見てる。
「もうちょっと下がって。」
「え~。」
「そういう低い位置に頭があると、もし滑って顔に当たったらって思って気が散るよ。」
「じゃあ、ここならいい?」
そう言って僕のベッドに座る。
「いいよ。」
しばらくしてふと見ると、人のベッドに寝っ転がってこっち見てる。機嫌よさそうに頬杖ついて。彼女は髪が短くて、機嫌がいいときは、歌を歌いながらリズムを取るように頭を右に左に軽く振る癖があって、今は寝っ転がって、そのリズムに足もぶらぶらさせている。
子供っぽい様子がかわいかった。甘えん坊の猫みたいだった。
あの髪の毛を撫でてみたいと思って、そしてすぐになんかやばいな、俺と思う。考えるのをやめて、木を削るのに集中した。
最初はすみれちゃんの無茶な要求から始まったけれど、久々に木に触れていると楽しかった。刃が木に食い込んで削れる感じ。力の入れ方を間違えるとうまくいかなくて、でも、しばらくすると思い出す。それから、木の中にある形を外に出すような気分で少しずつ削る。
バイト行ってない時間で少しずつ進めて、彫り終わった。
「あ、できた~。」
ある時、うちに来た彼女ができあがった熊を見て喜ぶ。
「すごい!うまい!」
「やすりかけて、色塗って、ニス塗るから。まだ完成じゃない。」
そう言う僕を彼女がじっと見る。
「いつのまにかやる気になってるじゃん。」
「やだよ。中途半端なのは。」
僕が彼女に初めてあげた物は、ねだられて作った木彫りの熊だった。
今、思い返しても変なプレゼントだったと思う。
「あれ?大地君。お弁当?珍しいね。」
「なんか、家にあったの食べないと悪くなっちゃうんで。」
「筑前煮?」
タケコさんが僕の弁当の中身見て、怪訝な顔をした。
「え?あ、はい。」
「それ、自分で作ったの?」
この人、なんていうのかな、すごい鋭いんだよな。ぽやぽやしてそうなんだけど、あれみたい。家政婦は見た!みたいな。
「いや。作ったのもらったんですけど。」
嘘つくのも嫌で、正直に言った。
「ふーん。」
何か言いたそうな顔して見られてる。
「すみれちゃんでしょ?それ。」
びっくりした。
「え?」
「すみれちゃんが作ったんでしょ?それ。」
「いや、家でお母さんが作ったって。」
「違うわよ~。」
嬉しそうに笑ってる。
「え?」
「だって、最近妙にお料理のこと聞かれるもの。暇なとき、あの子ネットでいろいろ調べてるし。」
「……」
「だって言ってたよ。タケコさん、若い男の人って和食と洋食だったら、毎日食べたいのはどっちなんだろうって。なんでそんなこと聞くの?って言ったら、今、好きな人がいて、その人にときどきご飯作ってるんですって。たまに食べるんなら洋食だけど、毎日のように食べるならやっぱり和食じゃないのって答えたんだけど……。」
タケコさんの言葉が止まった。
「大地君、顔赤いよ。」
「すみません。」
「いや、謝る必要はないけど。」
しばらく黙っていると、一旦あがった動機が収まってくる。しんとした気持ちになった。
「僕が離れたら、また、きっと別の好きな人ができますよ。」
タケコさんが何も言わずに僕を見た。
「ちょっと珍しかったんですよ。僕みたいなのが。」
ため息をついた。タケコさん。
「ちょっと口が滑っちゃったかな。」
そして立ち上がってうーんと伸びをした。
「すみれちゃんだってさ。言おうと思ったら自分で言うだろうに。ごめん。聞かなかったことにして。」
そう言って片手を顔の前に立てて、ごめんという仕草をする。お店の方ですみませんと呼ぶ声がして、控室を出てった。
「今度はさ~。」
「うん。」
「サルが欲しいな。」
思わずすみれちゃんの顔を見た。にこにこしてた。
「さる?」
「みざるいわざるきかざる」
「……」
また難しいものを……。
「スウェーデンから帰って来てからでいいから。」
こっちを見ずに前を見たままで、そう言う。僕は彼女の横顔を見た。
「だめ?」
こっち見た。明るい笑顔。いつもみたいに甘えた顔。
「考えとく。」
へへへと笑った。
「わたしね。」
「うん。」
「余計なことを言う人なんだって。」
笑いながら、ときどき……。
「それは当たっているんだけど、当たっているからって言っちゃいけないこともあるってすっごい怒らせちゃったことがあってさ。」
すみれちゃんは笑いながら、ときどき真面目な話をしていることがある。最近気が付いた。
「怒ったのは、誰?」
「昔の彼氏。」
このときは、僕たち、コンビニに買い物行った帰りに公園に寄っていて、気持ちのいい天気だからってベンチに並んで座ってて、彼女はまた足をばたばたさせていた。
「それで、別れちゃったんだ。」
「いつの話?」
「結構昔。高校生の時から初めて付き合った人。」
「うん。」
「その時までね、自分の短所っていうのかな?本気で直そうと思ったことなかったんだ。」
「短所?」
「うん。余計なことをいう。」
今度の横顔は笑ってなかった。
「だから、みざるいわざるきかざるなの。」
そこでちょっとうつむいた。
「でも、ぜーんぜん直んないの。ほら、大地君にも言っちゃったでしょ?余計なこと。」
「え?」
「見かけのわりに繊細。」
驚いた。あんなこと、覚えていたんだ。
「直んないんだよなぁ。」
目に元気がなかった。それが嫌だった。
「欠点なんて、誰でもあるよ。」
彼女がそっと僕を見るのが気配でわかった。
「でも、欠点を補ってあまりあるいいところがあるから、気にしないでいいよ。」
そう言って彼女の目を見た。
「どんなとこ?」
僕は笑った。照れくさくて言いたくなかった。
「変わる必要なんてないよ。そのままで大丈夫。」
「ほんと?」
「その彼氏に見る目がなかったんだよ。」
僕は笑っているんだけど、すみれちゃんは少し泣きそうな顔をしていて、それでわかった。その彼氏のこと、この子、結構好きだったんだろうなって。好きだから、うまくいかなくて傷ついたんだろうなって。
次の人がどうか、彼女を大事にしてくれますように。
そう思った。