1 人にいわれたくないこと
作品は前作ゆきの中のあかり②と同じ時間を登場人物、大地君とすみれちゃんの視点から書いたスピンオフです。
便宜上スピンオフという言葉を使用しておりますが、ゆきの中のあかり②が本編であり、こちらの作品が派生というか、おまけであるという認識ではおりません。同じ重さと独立したテーマを持った作品になったと自負しております。
ゆきの中のあかりはもともと登場人物の多い作品で、②の中に大地君とすみれちゃんの視点を更に入れ込んでしまうと、何が言いたい作品なのか分からなくなるという問題がありました。反面、大地君が実家に帰る場面という重要な場面を省略することも、不完全。そこで、スピンオフとして誕生したのが本作です。
私が書いている他作品にも共通して言えることですが、本作のみでなく、ゆきの中のあかり②と合わせて読むことで、お互いが補完しあう構造となっています。
ゆきの中のあかり②が親の物語なら、このスピンオフは子供たちの物語。
合わせて最後までおつきあいいただけましたら幸いです。
尚、本作品に出てくる日本及びスウェーデンのお店や会社は、全て作者の想像上の産物であり、架空の物です。現実に存在するお店や会社と一切の関係はありませんのでご了承ください。
本作品の主な登場人物
メイン
大地君(NESTバイト⇒リュースへ
弟子入りした男の子)
すみれちゃん(NESTでバイトしてる女の子)
サブ
NEST:仙台の家具と雑貨を扱うお店、
リュースから家具を輸入している
LJUS
:スウェーデンの家具メーカー、
大地君の弟子入り先
高遠君(NESTのオーナー)
店長…塔子さん(NESTの店長)
タケコさん(NESTの店員)
高木先生(すみれちゃんが婚活パーティーで
知り合った人)
パパ(リュースのオーナー)
アラン君(パパの孫)
学君(高遠君の親戚の男の子)
大晴さん(大地君のお兄さん)
大地
「大地君って、初めもっと年上かと思った。」
バイト始めたばかりの頃にすみれちゃんにこういわれたのを覚えている。
「それって、何歳ぐらいに見えたんですか?」
「年齢不詳?」
「……」
「ね、なんであんな髭生やしてたの?居酒屋のバイトってあんな髭もじゃでもできるの?」
「ドリンク作ったり、料理したりで中の方にいるから平気なの。」
「それにしたって、あれは。」
そんなにひどかったか……。まぁ、でも、ひどかったかも。向こうのバイトでも髭剃れと言われてたわ。
「ね、昼も夜もバイトで疲れない?大丈夫?」
優しいこと言われた。
「自分で決めたことだし、体力はある方だから大丈夫。」
「そうか。」
それだけ言うと、ぱっと立って何かしに向こうへ行ってしまった。すみれちゃんはくるくるよく動く元気で明るい人だった。最初から印象は悪くなかった。
「ね、大地君が今お客さんに説明してたのってどういうこと?」
「家具の種類を教えてただけだよ。」
「種類って?」
ははは。こんなことも知らないで売ってるのか……。
「合板の家具と無垢の家具って全然違うんだよ。」
説明してあげるとおとなしく聞いた。
「大地君、詳しいね。」
「でもこのくらいは売ってたら知らないと。」
「でもわたし、バイトだし。」
なんでだろう?いつもだったら大抵のことスルーできる僕が、この時は反論してしまった。
「立場によって手抜くのってどうなんだろ?俺だってここでもあっちの居酒屋でもバイトだけど自分にできることは精一杯するよ。」
それは、フリーターが長くなってきて、何に頑張ったらいいかわからなくなって不安だった僕の焦りをつい関係ない彼女にぶつけただけだった。
「あ、うん。」
彼女はきょとんとこっちをみた。すぐにしまったと思った。らしくない。そんな仲良くもない人に言いたいこと言って……。
「ごめんなさい。今の忘れて。」
「ね、ワックスってなに?さっき説明してたでしょ。」
でも、次バイトで顔を合わせたときにも、ニコニコしながら普通に話しかけてきた。
「ワックスって言うのは……。」
説明した後に聞いた。
「ねぇ。この前のこと気にしてないの?」
「え、なに?なんのこと?」
本気で分からないという顔してる。
「俺、エラそうなこと言っちゃって。」
眉間に皺がよる。まだわからない。
「バイトだからって手を抜くなって。」
「ああ!」
分からなかったことがやっとわかったってすっきりした顔をした。
「なんであんなことで怒るの?」
逆に聞かれた。
「いや、気を悪くしたかなと思って……。」
「別に、たしかになと思っただけ。わたしにいじわるしたいとかで言ったんじゃないよね?」
「うん。」
「相手が正しいなと思ったらわたしは怒らない。」
ケロッと言った。さっぱりした人だ。で、そのあと人の顔じろじろ見上げて、
「大地君って見かけの割に繊細なんだね。」
と言われた。
いちばん気にしていることを出会って間もない人にずばりと言われた。
「たしかにそうだけど、それ、あまり言われたくない。」
「あ、すみません。」
もう遅いです。
「ははは。わたし、よく言われる。言っちゃいけないこと口にするって。」
反対にこの人は、女の割にさばさばした人だと思う。
僕は体が大きいくせに繊細なせいで、結構女の子に振られてきた。
兄は昔から男らしくて学校でも人気のある人だった。
僕は外見は兄に似ているので、兄にあこがれているけど、相手にされないような女の子が僕に兄と同じような物を期待して寄ってくるという、10代で起こってほしいことの見本のような経験をしました。数回。
兄弟で外見が似ているから中身まで同じなんてね、神様がそんな雑な仕事すると思うのが間違ってる。でも、その数回は自分のこの性質を嫌だと思うのに十分な量と質だった。だから、僕は自分が男の割に繊細であるという事実を憎んでいるといっても過言ではない。
家を出て兄の呪縛から自由になった。それでも出会う女の子は僕が体が大きいせいなのか僕に男らしさを求めた。繊細さではもちろんなく。
たくさん食べたり、少し強引だったり、何かそういうことだろうか?男らしさって。よく分からない。決断力?
そういうイメージで見られて近寄られて、違うと分かられるのが嫌で、できるだけ隠すようにしていた。だから、であったばかりの人に見破られるなんてあんまりなかったのにな。
ああ、これは友人コースだと思う。
僕が体が大きいわりに穏やかで優しい人間だというのがわかると、恋愛対象から友情対象に変わるらしい。女の子の中では。よくわからんけど。
友達としては僕は結構もてた。
まぁ、別にかまわない。僕はうまくいけば来年には日本にいない人間だから。
お店に入ってしばらくたったある日、その日は店長と僕しかいなかった。こぎれいな格好した男の人が来た。
「君、誰?」
そういうあなたは誰ですかと思いながらぽかんとしていると後ろから店長が、
「新しいバイトの子よ。清原君。清原大地君。」
と声をかけてくる。
「男だなんて聞いてないんだけど。」
僕の後ろの店長に話しかける。
「聞かなかったから言わなかっただけよ。」
ああ、この人がみんなが言ってたオーナーか、と思う。品のいいおじさんだった。店長と同じぐらいの。
お店の奥のほうでしばらく2人で何か話してたけど、休憩しようと呼ばれた。行くと店長がお茶をいれてたので代わった。
「あなたも食べるの?」
「いらない。」
「あれ?ダイエット?」
「いや。俺、甘い物あんま食べないでしょ。」
オーナーが手土産に持ってきたシュークリーム前に2人で交わす会話が、なんか……。
お茶をいれ終えて、2人の前に置いてから目の前に座る。
「あ、こちら高遠君。一応この店のオーナーです。」
「一応ってつけるなよ。」
やっぱり、なんか……。
「なんか仲いいですね。」
夫婦漫才みたいだったんだけど、今の。2人似たような顔して一瞬黙る。
「もともと高校のときの同級生でね。だから、友達みたいなものなの。」
「はぁ。」
慌てて否定するのもなんか怪しいな。でも、オーナーってたぶん結婚してる人だよね。ちらりと指を見る。うん。指輪してるわ。そういえば店長って結婚してるんだっけ?聞いたことなかったな。
ここまで考えて思考を停止する。うん。自分に関係ないことだ。考えるの止めよう。
「清原大地です。」
「どうも。高遠です。新しいバイト入ったって聞いてたけど、挨拶遅くなってすみません。」
急にかしこまったオーナーさん。それから僕のことじっと見た。
「君、こんなとこで働いていていいの?」
「え?」
「見たところ若いし、もっとちゃんと正社員とかなったほうがいいんじゃないの?会ったばかりでこんなこと言うのもなんだけど。」
急にお説教が……。
「あ、ごめん。あの、違うの。」
横から店長が慌てて口を挟む。
「何が違うの?」
オーナーが傍らの店長の方を見る。
「ここでバイトしているのは、試しというか……。」
「試し?」
「ほんとはね、彼は職人さん目指してて、リュースに紹介してほしいって。」
リュースというのは僕が紹介を頼んでいるスウェーデンの家具工房の名前のはず。
「え?」
「全然知らない子、紹介するわけにもいかないから、人となりを知るためにバイトをしてもらってるの。」
オーナーはしばらく黙って店長の顔を見てて、その後僕の顔をじっと見た。どきどきした。どんなきつい言葉が飛んでくるかと。夢ばっかりみて現実味のないやつだとかなんとか。
「君、何歳?」
「25です。」
オーナーは思い切りため息ついた。
「いいね。夢あって。」
つまらなさそうな顔で僕のことじっと見たけれど、嫌味は言われなかった。
「あなた、ほんとは仏像彫ってたい人だものね。」
店長が優しい顔でほほ笑んだ。
「よく覚えてたな。あんな昔に一回だけ言ったこと。」
「記憶力はいいのよ。」
なんか、また、2人でいい感じになってる。
「英語をちゃんと勉強しないとだめよ。」
2人の世界入ってるわと思って眺めてたらふいに言われて驚いた。
「ちゃんと自分の言葉で、自分の人となりを売りこまないといけないんだから。言葉が通じなかったらどうにもならないでしょう?」
「それは……」
「紹介だけならしてあげてもいい。でも、英語がしゃべれたらね。迷惑かけるわけにいかないんだから。」
お許しが出た。許可が。合格した。これで、一歩進める。もう二年ぐらい一体自分が何をしたいのか、中途半端な身分で不安に思いながら生きてた。僕はやっと一歩踏み出せる。嬉しかった。
「なんだよ。お前、2人で行くのか?スウェーデン。」
ぱっと見ると、オーナーが子供っぽい顔で店長のことを見ている。
「別に、昔だってあなたと2人で行ったじゃない。」
「ああ、そういえばそうでしたね。」
いや、やっぱりこの二人おかしい。不倫してんの?隠そうとしないし。思わずじっと見てしまった。店長が僕の視線に気が付く。
「この人の発言は、いちいち気にしないでいいわよ。大地君。」
その笑顔はきれいだったんだけど。でも、ここまで見せられて気にするなと言われても……。
「ああ、でもね。あれはね、オーナーの片思いだから。」
タケコさんに数日後聞いたら、あっさりそう言われた。
「え?」
「はたから見てると、いかにもそれに見えるよね。オーナー、自分の気持ち人前で隠そうとしないし。」
「ほんとに、まじで片思いしてるんですか?」
「うーん。そうね。あれは両想いではない。」
「ていうか、店長って独り身なんですか?」
僕がきくとタケコさんが黙って僕のことじっと見た。
「そういうのってさ、もっとしょっぱなで聞かない?なんで今更。あなたはそういうのに興味のない珍しい人だと思ってたのに。」
「もったいぶらないで教えてくださいよ。」
ワイドショー的な好奇心がわいています。今。
「バツイチの子持ち。社会人の息子さん一人。」
「え?そんな大きい息子さんいるんですか?」
「結婚が早かったのよ。店長は。20代前半のはず。」
「で、オーナーは?」
「奥さんと娘さんがいるよ。」
「で、店長に片思いしてるんですか?」
「そうなるわね。」
しばらく頭を整理する。
「なんか変。」
「なにが?」
「高そうな服来て、靴はいて、いい時計して。」
「うん。」
「なんで片思い?いい大人が。相手してくれる女の人と遊んでいればいいのに。」
「そういうのはきっともう飽きちゃったのよ。オーナー。」
「飽きた?」
「女好きな人だから、一通りは遊んだんじゃない?いろいろ。若い頃には。」
「いろいろ、ですか。」
いろいろってどんないろいろだろう。
「なに、羨ましそうな顔しちゃって。」
「羨ましいですね。」
タケコさんは、ため息をつく。
「大地君ってちょっと他の男の子と違うような気がしてたのに。」
「はい。」
「普通の男の子なんだね。金使って女と遊びたいか。」
「やってみたいですね。ないからできないけど。」
もう一度ため息ついた。タケコさん。
「ね。大地君がバイトしてる居酒屋ってどこ?こっから遠い?」
「いや。歩いて5分から10分くらい?」
「行ってみてもいい?」
ちょっとだまってすみれちゃんの顔を見た。
「来てもつまらないと思うけど。」
「まずい店なの?」
間髪おかずに聞かれた。
「いや。」
「和風居酒屋?」
「いや。沖縄料理の店だよ。」
「え?あ!」
この人結構にぎやかな人だ。言葉と同時に表情もくるくる変わる。
「わかった。あそこだ。そんなないもんね。ここら辺に沖縄料理なんて。」
「来たことあるの?」
「いや。気になってたけど入ったことない。今晩行く。友達連れて。」
「彼氏?」
すみれちゃんじっと僕のことを見た。
「残念ながら今はいないんです。」
「今は?」
「はい。今はたまたまいないです。」
ちょっと悔しそうな顔をしている。
「彼氏がいないのは不名誉なことなの?すみれちゃんにとって。」
「だって、別に、これからこうやって生きてこうみたいの、仕事とかでないし。わたしの場合は、結婚ありきの人生だからさ。彼氏がいないっていうことは……。」
「言うことは?」
「大幅にスケジュールが遅れてるってことなのよ。順調ではないんだよ。」
唇を一文字にぎゅっとしぼりました。全然わかんねえな。女の子のこういうの。結婚にかける思い?みたいなの。
「何歳だっけ?」
「22歳」
目が点になった。
「まだ、全然若いじゃん。何をそんなに焦ってるの?」
「結婚自体は別にちょっと先でもいいの。」
彼女は演説をするように堂々と答弁した。
「結婚する相手がいないというのが苦痛。婚約したい。」
「ああ……。」
よくわかんないけど、この子は結婚するために生きてるんだなと思う。
「じゃあ、まぁ、がんばって。」
このくらいしか言うことがない。
「大地君は?」
「なに?」
「彼女とかいないの?」
「いない。作る気もないけど。」
「なんで?」
思わずじっとすみれちゃんの顔を見た。この子、僕がスウェーデン行きたくてここでバイトしてるって知らないの?
「そのうち、遠く行くのに彼女は作らないでしょ。」
「ふうん。」
その日の夜、ほんとにバイト先に来て驚いた。お店の人が案内する前にちゃっかりカウンターに座った。
「ここ予約席だからあっち座って。」
ほんとは嘘。ドリンク作ったりしてるの、近くで見られると落ち着かないから。
ちえーっといいながらあっちのテーブル席に友達と座った。しばらくするとその友達は帰って、またカウンター来た。
「予約席」
「うそばっか。」
よっぱらってた。すみれちゃん。
「さっきから1人も座ってないじゃん。」
ばれたか。
そんで、何が楽しいのか1人でカウンターでお酒飲みながら僕を見ている。お店はまだそこそこに混んでいて、ほっといた。それでこんでたのが落ち着いて、手が空いたのでふと横見ると、カウンターで寝ちゃってた。
「もういいから、送ってってあげなよ。大地君。」
(こっちの)店長に言われる。
送ってくって家知らないんだけど……。困った。普通に。それで、どんだけ飲んだのかわからないんだけど、全然起きないし。しょうがないから、おんぶしてすぐ近くの自分の家連れてった。周りから見たら絶対連れ込んでるようにしか思われないな、これ。と思いながら。
いったん彼女を床に寝かせて、上からふとんかけた。
ベッドに寝っ転がって、すみれちゃんの家を聞こうと思ってタケコさんに電話したけど、出ない。時計見る。11時過ぎてる。ああ、寝ちゃってるかな?と思って困ったなと思いながら、疲れててついそのまま眠ってしまった。
「大地君」
声で目が覚めた。明け方。
きちんと正座したすみれちゃんがなぜかいた。
なんでうちにすみれちゃんがいるんだっけ?としばらく考える。あ、そうそう。
ふわぁとあくびした。
「ごめん。寝ちゃった。」
というか、これはすみれちゃんが言うべきセリフだなとふと思う。
「気持ち悪かったりする?」
「お水ほしい。」
はいはいと立って台所へ行く。
「わたし、どうして大地君ちにいるんだろう?」
後ろから声がする。
「お店で寝ちゃったんだよ。何度呼んでも起きないからさ。」
はいと渡したらお水ごくごく飲んだ。
「お酒、弱いの?」
「普通。昨日は飲みすぎた。」
「そばに誰かいないときはあんま飲まないほうがいいよ。」
そういうと僕のことじっと見る。なんだろう?この視線。
「自分でもわかると思うけど一応言っておくと、何も心配するようなことはありませんでしたから。」
「男の人って普通は……」
「うん。」
「こういうときは何かするものではないの?」
「……」
勝手に寝て、疲れてるのに重いの運ばせて、そんで、起きてこの扱いかい。
「人によると思います。」
誰もがみんなそんなにがっついているわけではないです。
「でも、危ないから気を付けた方がいいよ。」
もう一度言っておく。
「お家、親と住んでんでしょ。連絡とか入れてないんじゃないの?大丈夫?早く帰ったほうがいいんじゃないの?」
「今帰ったら返って怒られるかなぁ。」
うん。中途半端な時間かもね。
「じゃあ、もうちょっと寝てなよ。俺、昨日そのまま寝ちゃったし。シャワー浴びるから。」
シャワー浴びて出ると、人の枕、ベッドからちゃっかり取ってほんとに床で寝てた。気持ちよさそうに。しばらく寝顔を眺める。こちらも寝なよとは言ったけれど、こんなシチュエーションで、ほんとに寝るのもすごいなと思って。
俺って、そんだけ無害に思われてるってことか。まぁ、しょうがない。
女の子が寝てる部屋で、今更ながら自分の部屋だけど落ち着かない。散歩がてら外に出て近くのコンビニで朝ごはん買った。いつもなら、家にあるもので適当に済ませるんだけど。
戻ると起きてた。布団きちんとたたんでベッドに置いてあった。
「どこ行ったのかと思った。」
「朝ごはん買ったけど、食べられる?」
すみれちゃんは僕が並べた物の中から、おにぎり一個取った。
「あの……」
「はい。」
「すみませんとありがとう。」
ふいに笑えた。くくくくくと笑いながら言った。
「ほんとだよね。すごい迷惑。」
「ごめん。」
「すみれちゃんって変な人。」
なんか、バイト先来るって言ったら速攻来るし、座るなっていってもカウンター座るし、挙句の果てに寝るし。
「ほら、水分とっときなよ。」
ペットボトルのお茶あげた。二日酔いかどうか知らないけど、とにかく水分たくさん取ってアルコール外出さないと。
そんでそんなことがあってから数日経って、NESTのほうのバイトが入っていないとき、昼間に部屋のドアノックする人がいて、開けるとすみれちゃんがいた。
「この前のお詫び。お母さん、作りすぎちゃって。」
肉じゃがだった。
「ありがとう。」
「じゃ!」
回れ右して帰ろうとする。
「ああ、物だけもらって追い返すみたい。ちょっと寄ってきなよ。」
じっと見られた。
「いや、無理にとは言いませんけど。」
でも、入ってきた。ちょっと警戒した猫みたいに。この人、よくわからないです。この前、人の布団とまくらで寝てたくせに、今更家に入るのが怖いのか?
「お昼ご飯食べた?」
「まだ。」
「食べてく?っていってももらったものだけど。」
迷ってる。
「1人で食べてもつまらないし。」
そう言ったときに彼女の顔が少しだけ優しい顔になった気がした。
「うん。」
ごはん炊いて、お味噌汁作った。それで、もらった肉じゃがあたためた。
「なんかちゃんと自炊してるんだ。」
眉間にしわを寄せて言われた。
「だって、自炊が一番安いじゃん。」
「そうなの?」
まだ眉間にしわがよってるけど。
「すみれちゃんって料理あんまり、しないの?」
「……」
しないんだな。
「結婚を目指してるなら、婚活と並行して料理、勉強しといたほうがいいんじゃない?」
「大事かな?」
今更、何を言う……。
「男の人は料理上手な女の人好きな人多いよ。」
「そうか。やっぱり大事か。」
しばらくもくもくとご飯食べた後に、
「お母さんに教わる。」
わりと素直なんだよな。この人と思う。
それ一回ではさすがに僕も、今までの経験があるし、なんとも思わなかった。
ただ、迷惑かけたからお詫びに来たんだろうと思って。
だけどそれからも料理を持って、昼のバイトのない日にときどき家を訪れるようになった。
一体どうしてこんなに家に来るのかわからない。
普通だったらすぐに勘違いするのだと思う。
だけど、僕、妙に友達としてもてることがあって、もしかしてこの人は僕のことが好きなのかなと思った女の子にふいに恋愛について相談されたりもしたことあるくらいで。
簡単にはそう思わないことに決めている。
大体、結婚願望のある女の子は僕みたいな定職もなく、しかも、これからスウェーデンに弟子入りしようとしている男になんか見向きもしないだろう。
うん。物珍しいからきっとそばで見ているだけだと思う。