金剛の悪役令嬢
婚約破棄を言い渡された伯爵令嬢が、自らの手で再起を目指す物語。
「いやぁ。爽快だったな」
「ええ、そうですわね」
王宮内の華美な装飾で覆われた室内から、二人の男女の楽しげな声が聞こえる。
男の方は、華美な内装にふさわしい装飾を纏っており、王宮内にいることを許される人であれば、その装飾から王子であることが一目でわかるようになっている。
分厚いソファに腰を埋めている王子のとなりで笑みを浮かべる女性は、身なりについては、市井の住民とそれほど変わらないものの、少女と女性の間にある独特の美しさを象徴するような、やわらかさとなめらかな曲線で描かれた細身の体を、下品に感じられない程度に服の上からもわかるように王子に向けている。
彼女の笑みは、満願成就という言葉を体現したものであり、その思いを王子に言葉として紡ぎ出す。
「あの女も、婚約破棄の言葉に動揺したようね。固まっていたわ」
「ああ、居直った場合も想定したのだが、その必要もなかったか」
「まあ、あなたも悪い人ね」
「仕方がないことさ。あの女に対抗するためには、権謀術策が必要だったからな」
王子は、女性の瞳を直視しながら、自分の欲望を視線に乗せて囁いた。
「なあ、もうよいだろう。あんな金剛女の話なんて」
王子は金剛という言葉を用いて、侮蔑する。
本来であれば、身持ちの堅い女性のことを示すこの言葉は、この世界、特に貴族階級の女性であれば求められるべき特性である。
しかし、王子は金剛が示すイメージのひとつとして彼女の性格の堅さに対して、辟易した思いを込めている。
「そうね、王子様。これからはこうやって気兼ねなく逢瀬を重ねることができるのですね?」
「ああ、カテリナ……」
「王子様……」
二人は、お互いの体を寄せ合い、視線をあわせ、唇を重ねよ……
「キュイーーーーン!」
雲一つ無い晴天に雷鳴が轟くかのように、甲高い音が、王宮の静寂が打ち破られた。
「!」
さすがの二人も、この音に対して姿勢を正し、顔を見合わせる。
「魔動機関?」
「どうして?ここは王宮なのに」
王子の疑問に、女性も疑問で答える。
疑問に対して疑問で返すことは、貴族としてのやりとりとしては、無粋ではあるが、常識を越えた事態であるが故に、ある意味で正しいやりとりである。
そして、二人の疑問は、すぐに解消される。
「国民及び騎士団諸君に告ぐ。国民及び騎士団諸君に告ぐ」
その声は、二人の身近なところから発生していた。
そして、その声は発言で呼びかけた相手にも伝わるよう、国が設置した、各地の公共通信等からも、若干の時間差、二人からの距離に比例して、響いている。
「私は、元伯爵令嬢であるノリエ・ビッター」
その声は、二人がよく知る声、二人が謀略で貶めた相手の声である。
「今回、我々が決起した理由はただ一つ」
その声は、自信にあふれており、先ほど受けた婚約破棄、爵位剥奪を一切気にしていないようであった。
「この国を、建国時の理念を取り戻すことである」
二人が、部屋を出て、声をする方向に視線を移すと、そこには、金属で覆われた巨大な人形のようなものが、直立していた。
「魔動騎士・・・」
女性は、その姿名称をつぶやくが、
「見たことがないぞ」
王子は、首を横に振る。
王子の発言は、女性の言葉を否定した訳ではない。
”魔動騎士”
それは、魔動機関と呼ばれる装置で動く、巨大な人型の兵器を示す。
魔動棋士は、個人が所有されている能力の限界を遥かに超えた戦闘力を持ち、通常の人間では、束になっても立ち向かうことすらできない。
魔動騎士の所持数が国力に比例するといわれる現在では、重要な会戦で勝敗を握る戦力でもある。
魔動機関の稼働音は、独特であるため、女性の言葉のとおり、目の前の兵器は魔動騎士で間違えではない。
一方で、魔動兵器はその重要性から、国家が厳重に管理しており、将来その国軍を師する役割を担う王子は、国内の魔動騎士すべてを把握すべき役割がある。
その王子が知らない魔動騎士に対して、王子が首を左右に振ることも間違ってはいない。
王国が所有する、魔動騎士は、特別な任務に当たる特務機や大将軍が所有する特別機などをのぞき、白色に塗装されている。
だが、目の前の魔動兵器は、紫で染め上げられている。
そう、ビッター伯爵家の家紋である、紫バラの色を模していた。
ビッター伯爵家は、魔動騎士を直接作成しているという話は、王子の耳には入っていない。
しかし、所領内の騎士団に貸与された、魔動騎士を維持・整備するために必要な技師や、王都で魔動騎士を研究・生産するための施設を持つ、王立魔動騎士開発院への影響力を持っていることから、独自に生産することも、理論上は不可能ではない。
不可能ではないが、それを王の許可無く行うことは、王国への反旗とみなされる。
「この国は、拳国王がその拳を持って産み出した」
ノイエは、魔動騎士の操縦席の入り口である、胸の部分を開くと、そこから姿をみせて、演説を始める。
ノイエの周囲には、ビッター伯爵家が保有している、一般的な魔動騎士を従えている。
「拳国王は、建国の理念として、自らの拳で国民を守ると国民に訴えた」
ノイエは、右手を握り上に突き上げる。その姿は、王宮広場に設置された、拳国王を模したように見える。
「国民もそれを支持し、シーイオン王国が建国されたのだ」
ノイエは、周囲を見回して、
「それが、今ではどうだ!国王は、拳を見せることなく、貴族に任せ、安穏としているではないか。そして、拳国王の意志を忘れ、血によってのみ権力を次世代に継ごうとしている」
「ならば、どうするか!」
「拳国王の意志を継ぐことができるものが、自らの拳で国民を守ることができるものが、たちあがればよいのだ」
「そして、私には、その自負を持っている」
ノイエは、胸を張って宣言する。
「国民の皆が、私を支持するのであれば」
「国民の皆が、私を支持するのであれば」
ノイエは、強調するために同じ言葉を繰り返す。
「拳国王の真の後継者として、私が先頭に立って戦おう!」
その叫びとともに、ノイエは再度拳を突き上げるとともに、後ろに従っていた魔動騎士たちも、同様に右手を動かしている。
拳国王は、シーイオン王国を建国した伝説的な人物で、どのような困難にも屈しない心と、国民を守り、建国を阻止しようとするありとあらゆる障壁を打ち砕くその拳に、国民は陶酔している。
物語の主人公としても、わかりやすいキャラクターで、多くの国民に愛されている。
このため、ノイエが自らの主張を正当化するために、活用していると、放送を聞く人の多くは感じていた。
「ま、まさか謀反だと!」
王子は、ノイエの真意が知ると、少しだけ驚愕したが、
「俺との結婚も、王位を簒奪するための手段だったとは。どうやら婚約破棄の判断をした、俺は慧眼だったということだ」
王子が本来持っている、驕りを取り戻すことで、落ち着きを取り戻す。
王子の声に反応するかのように、近衞兵が纏うべき制式武装を身につけた、兵士が部屋に侵入する。
「王子様!」
「状況はどうなっている!」
「王都内には、ビッター伯爵所有の魔動騎士が10部隊以上展開していますが、いずれも第7世代の旧型機。第2、第5魔動騎士団で、個別に対応しています。王宮に進入している魔動騎士は、不明機を含めおそらく最新世代だと思われますが、広場を占拠する5機だけです。近衞魔動騎士団のみで対処可能です」
兵士はなめらかに現状を伝えるとともに、後半部分の説明をゆっくりな口調にすることで、王子を安心させるように報告する。
「そうか。ならば安心だな」
「ですが、王子様。念の為に、専用魔動騎士に、御搭乗を」
王子の反応に満足した兵士は、しかし、万一の危険を回避するために、王子に進言する。
「ああ、そうだな」
「カテジーナ。続きは後でな」
「はい、王子様。御武運を」
王子は、カテジーナへ笑顔を見せると、兵士を従え、部屋を後にした。
「はっ・・・、はーはっはっはっ!」
王子は、専用の魔動騎士に乗り組むと、ノイエと対峙する。
すでに、近衞魔動騎士団が、20機でノイエたちを包囲し、王子も包囲網の一部となった。
王子が乗る専用機は、第8世代魔動騎士が最初に製造されてから30年間にわたる技術の集大成が盛り込まれている。
ノイエが騎乗する魔動騎士は、形状からすれば、4年前から製造が開始された第9世代だと思われる。
王子の専用機が1世代前とはいえ、第9世代は、継戦能力の向上を基本コンセプトとしていることから、王子は短期戦における世代間の格差はほとんどないと考えている。
ノイエの一見稚拙とも思える行動と、彼我の戦力差をふまえれば王子の表情にも余裕が見える。
「おもしろい茶番劇だ」
王子は、機上のまま、ノイエを挑発する。
王子が騎乗する王族専用機には、大規模部隊の指揮及び鼓舞を意図して、内部に広域放送機能が設けられている。
指導者が表に立つべきとの声もあるが、戦場でのうかつな行動は、即、命取りにつながるのだ。
一方で、ノイエは、演説を終えても、魔動騎士に搭乗せずにいた。
「婚約破棄からのクーデターを組み込んでいたとは。だが、無駄だったようだ」
王子は、巨大なレイピア形状の専用装備をノイエに突きつける。
「今すぐ投降するのなら、元婚約者として、陛下に貴族としての死に方を与えるよう、寛大な措置を奏上してもよいのだぞ」
貴族としての死に方とは、自死のことだが、簒奪を求める相手にはとうてい認められない内容である。おそらくは、クーデターの早期解決をはかるための方便だと思われる。
ノイエは、目の前に巨大な剣先が迫っているにも関わらず、王子に余裕の笑みを浮かべ、
「たしかに、婚約は無駄でしたわね。王子様。ですが、私には果たさねばならぬ役割があります。それを済ませるまでは、死ぬわけにはいきません」
「では、どうするというのだね。
この戦力差では、逃れることすら出来はしないぞ」
王子は、ノイエの余裕に少しだけ気圧されたものの、威勢を取り戻して追及する。
「逃れる?その必要に迫られるのは、王子様の方ではないかしら?」
ノイエは傍目から見ても、絶望的な状況にも関わらず、表情にも代わりはない。
そばにいる、ビッター家の魔動騎士たちも、ノイエの後方に控えるだけで、守るような動きをしていない。
「そうかい、ならば自らの驕りが破滅につながったことを、死後の世界で嘆くがよい」
王子の声に反映して、王宮魔動騎士団は、専用装備である魔動砲を、ノイエたちに突きつける。
「さらばだ」
王子の号令に合わせて、騎士団が魔動砲を打ち放つ。
魔動砲は、本来、砲の中に弾を込めて打ち出すが、今回は弾を込めずに打ち出した。
このことにより、打ち出された魔動エネルギーは、近距離では一定の破壊力があるものの、遠距離においては大きく威力を減衰するために、包囲した場合には味方への影響を気にする必要がないことから、有効な行動であった。
「!」
魔動エネルギーの射出を終えても、ノイエはそのままの姿をとどめていた。
本来であれば、膨大なエネルギーによって、塵ひとつ残らないはずなのに。
一つだけ、違うのはノイエが拳を天に突き上げており、その拳は、魔動砲が発した魔動エネルギーの光と同じ輝きを放っていた。
「私のこの手が光輝く……」
攻撃を受けたことで本来は聞こえないはずの声が、ノイエから、そして、少し遅れて周辺の放送設備から聞こえてくる。
「この手で護れと囁いている……」
「それは、拳国王のお言葉……」
近衞魔動騎士団の一人がつぶやく。
そして、ほかの騎士たちが動揺する。
それは、ノイエの言葉は、拳国王が物語で話した言葉だったからだ。
近衞魔動騎士団は、すべからく拳国王の物語を愛読しており、子どものころは、遊びの中で拳国王のまねをしたものだ。
当然、まねをしても拳から光がでることなどありえない。
それこそ、拳国王でもないかぎり。
近衞魔動騎士団は、ノイエに対して畏怖を覚えるとともに、ノイエに従った騎士たちの態度は変わらない。
この状況は、はじめから理解していたかのように。
王子は思わず、彼女が持つ二つ名をつぶやいた。
「金剛の伯爵令嬢」
と。
○魔動騎士アーク・ヤク・レージョーについて
機体名称:アーク・ヤク・レージョー
形式番号:A989-0J
分類:進化型第9世代強襲型魔動騎士のプロトタイプ
全高:9.89m
<概要>
ビッター伯爵家が、王国簒奪を企図し、開発された魔動騎士のプロトタイプ。
第8世代魔動騎士の課題となっていた、継戦能力が第7世代よりも短い点を解決するために、燃料貯蔵庫を疑似個体式に変更するとともに、一部を交換式とすることで、交換式貯蔵庫さえ確保することができれば、出力過大による機構融解を起こさないかぎり稼働し続けることができるように改良された機体。
しかしながら、疑似個体式燃料の燃焼効率は従前の液体型よりも劣ることから、魔動エンジンの出力が1割程度低下しており、最大出力戦闘においては、第8世代よりも性能が低下していると言われている。
それでも、多くの機体が第9世代へと変換される背景には、戦闘・戦術の変化により、より長い稼働時間を魔動騎士に求められるようになったことによる。
ビッター伯爵家は第9世代の機体に対して独自に、最大出力戦闘時における戦闘能力低下を改善するために、機構素材の改良により、機構融解を起こしにくい機体を作成した。
これにより、第8世代と同等の最大出力戦闘が可能となった。
本機体及びその系譜に連なる機体群は、進化型第9世代と呼ばれることになる。
一方で、個別の作戦目的を達成するための、魔動騎士の開発も行われており、その一つとして、敵拠点を単騎あるいは数騎で占拠することを目的とした、強襲型機の制作にも取り組んでいた。
プロトタイプとして試作された本機体には、多種多様な兵装が装備できるように設計されている。
特徴的な点のひとつに、魔動砲を両肩に架積されている点があげられる。
<活躍>
秘密任務に対応するために、機体は、分解、組立が容易にできる構造となっており、最初に活動が確認された王宮強襲事件の際には、一度、伯爵領内で解体された後に、王都内の伯爵邸宅の地下施設で組み立てられたと言われている。
本機体は、3機製造されているが、性能試験終了後に、1機をビッター伯爵家専用機として改装し、残りの2機は解体された上で、専用機の整備・予備用として扱われることになった。
王宮強襲事件の後、本機体は、シーイオン王国ビッター王朝の記念碑的な機体として、王宮前広場に長年飾られることとなった。
なお、ノイエは、自身の突出した戦闘能力により、個人で魔動騎士を撃破できることから、魔動騎士に対しては、移動手段及び象徴的な戦意高揚手段としての価値しか持っていない。
このため、今後の戦闘指揮においては、本機体を基に開発された量産機に、女王専用装飾を施した機体(A989-JO)を専用機としている。
<機体に対する評価>
操縦者の個人的な戦闘能力から、本機体への戦闘評価が定まりにくい結果とはなったものの、その後に量産された、進化型第9世代強襲型魔動騎士(A989-NJ)による戦闘での評価から、一定程度の役割を果たしたと考えられている。
本機体により損害を受けた一部の元王子からは、「汚い、さすがNJきたない」と揶揄する声もあがったが、これも本機体の性能の高さを示したという評価へとつながっている。