第96話『寒くなってきましたか?』
ポベートールを倒したあの日から三か月ほど経つ。日常は戻りつつあり、木村玄輝たちは各自でそれぞれの過ごし方で流れゆく時の速さを感じていた。十一月の中頃という肌寒さを感じる季節のおかげで、夏のあの頃の思い出が去年の話のように思える。
「やぁ玄輝」
「よぉガッシー」
教室に顔を出せばいつも通り金田信之が声を掛けてきた。黒霧の一件で変わらぬ日常に幸福感を得ている。あの時の怠惰な自分を思い出してみれば、本当に情けない姿をしていたのだろうな、と少しだけ恥ずかしい気分になってしまう。
この二年一組にいるメンバーは勿論ごく普通に過ごしているが、入院をしていた東雲桜もとっくの昔に退院をして、生徒会長としての役目を勤めていた。あんなことがあったというのに、笑顔で様々な人たちと接しているのには内心感心している。
「玄輝、今日部活ないから飯でも食いに行かねぇか?」
「お前と飯を食うと、その髪が目に入って不潔な気分になるから断らせてもらう」
「おいおい、そんな釣れないこというなよー!」
白澤来には相変わらずウザがらみをされる。部活があろうがなかろうが毎日のように外食へ誘われる。どれだけ一緒に食事を取りたいのだろうか。
「楓ちゃんー。放課後一緒に私たちと買い物に行かない?」
「はぁ? 何を買いに行くのよ?」
「冬の私服とかー…。後は最近新しく出来たクレープ屋さん!」
神凪楓もトゲトゲとした雰囲気が消えて、随分と丸くなっていた。鈴見優菜、内宮智花とは仲が良くなっているようで、一緒にいる光景をよく見かける。そこへ東雲桜も加われば、ザ・女子会という言葉に相応しいグループへとなるだろう。
「……寒いんだが」
「…そう?」
雨空霰と雨氷雫は何事もなかったかのように過ごしている。こちらとの距離感が近くなったわけでも、遠くなったわけでもない。本当に何一つ変わらない関係。それがあの二人のやり方。文句をつけるのはお門違いだ。
「おん、何を話しとるんや?」
波川吹と西村駿が片手に飲み物を持ちながら教室へと姿を現し、おれたちの元へと近づいてくる。駿とおれの隔たりは黒霧の一件のおかげですっかり無くなってしまった。こんなことを言うと怒られるかもしれないが、あの一件がなければきっと永遠に距離を置いたままだったと思う。
「お前たち、もうすぐ冬休み前の期末テストだぞ? 勉強しなくて大丈夫なのか?」
「おう! 余裕だぜ!」
何を言っているのかと玄輝たちは一斉に白澤へ冷ややかな視線を送った。実力テストは言わずもがな、夏休み明けにあった中間テストでは白澤来だけ三桁の順位を取っていたのだ。
「…本当に大丈夫なのか? このまま順位が悪いと、部活動禁止を食らうんだぞ?」
「オーケーオーケー! オレが本気を出せばそれぐらい何とかなるって!」
「僕、まったく同じ言葉を中間テスト前に聞いたんだけど……」
「ガッシーと玄輝も人の心配をしている場合ちゃうで。お前たちもギリギリやったやろ」
そんな木村玄輝と金田信之も何とか苦手な教科の点数を抑えて、二桁ギリギリという結果だった。人のことは言えない二人は顔を見合わせると、すぐに頭を抱えてその場で悶え始める。正直、白澤来の心配をするほどの余裕など微塵もないのだ。
「それなら、勉強会でも開くか?」
「おっ! 楽しそうだ――」
「楽しむものやないで。お前を鍛え直すためのもんや。その辺りじぶん分かっとるんか?」
「お、おう…」
危機感を理解していない白澤来は波川吹に気圧されると、珍しく引き下がりながら小刻みに頷いた。勉強会を開くことが決定し、五人は何の科目が苦手で得意かを話し合い、どのようにして対策を取るかを試行錯誤していると、
「学年一位は誘わないのかよ?」
「楓のことか?」
木村玄輝が神凪楓を誘うわないのかと意見を述べたことで、西村駿は少しだけ考えて
「いいかもな。俺が上手く教えられるとは思わないし、念のために誘っておいた方がいい」
楓を誘うことを承諾した。
「玄輝って、楓のことよく気に掛けているよね」
「…はぁ?」
金田信之の一言に玄輝は不満そうな声を上げる。
しかし西村駿たちもその意見には賛同をしていた。確かに木村玄輝は黒霧の一件以来、神凪楓のことを気にしている光景がよく見られたのだ。
「もしかして、楓のことが好きなのか?」
「別にそんなんじゃねぇよ。……ただ心配なだけだ」
好いているわけではない。友人として心配をしているだけ。また一人で抱え込もうとしたり、一人で戦おうとしたりするかもしれない。それだけはどうしてもやめてほしかった。
「おん、お前は取り敢えず自分の心配をするんやな」
波川吹が次の授業に使う教科書とノートをロッカーから取り出して、自分の席に戻っていく。信之たちも時計を見て、授業が始まる時間が迫っていることに気が付くと、急いで教材を準備した。
「日にちや場所はまたこっちから連絡する。多分今週末の休日辺りになるとは思うが……」
授業開始のチャイムが鳴り、いつも通りの平凡な授業が始まる。四月の頃よりも学校を通うことに対しての気だるさなどはない。むしろ今が一番楽しい時機なのだ。戦いは終わり、後は平凡な日常を過ごすだけの日々。何一つ不満要素はない。
――木村玄輝はそんな毎日を有意義だと感じていた。
「駿、一緒に帰ろうぜー!」
「悪い。生徒会の仕事を桜と片付けないといけないんだ。先に帰っていてくれ」
空の色は変わるが、周囲で起きる出来事は変わらない。帰りの挨拶が終われば、白澤来が西村駿に声を掛けて、神凪楓は優菜たちと帰宅をする。玄輝は信之と駄弁りながら、帰り道を歩く。
これが本当に幸せなことなのかと聞かれれば、どこぞの主人公なら「これほど幸せな毎日はないだろう」と即答をするのだろうが、実際は返答に困ってしまう。同じ事の繰り返しと言ってしまえばそこまでだし、幸せの延長線上と言えばそうなってしまうのだ。
「玄輝、今日テレビで好きな番組がやるんだ!」
「へぇー。どんな奴なんだ?」
「えっとね! まず僕が好きな――」
もし神さまがいるのなら、俺は尋ねたい。これが本当の幸せなのかと。これが人間の求めていた幸せなのかと。これは文句ではなく、質問だ。人間たちが幸せと感じてしまう事柄は、すべて神さまがそう決めつけているだけなのではないか。人間の意思を尊重して、幸せを形作っているわけではないんじゃないか。
もしすべての事柄に対して道が既に出来ていたのなら――
「玄輝!」
「……あぁ。何だ?」
「大丈夫? さっきからぼーっとしていたけど」
最近になって物事を深く考えてしまう。そんなこと必要ないというのに、気が付けば無駄に頭を使って、無駄に思考に入り浸ってしまっているのだ。黒霧との戦いで色々と見せられたからだろうか。
「大丈夫だ。少し考え事をしていただけだから」
そういえば、四童子有栖に会うためにおれらは保健室へと向かったのだがそこはもぬけの殻となっていた。駿や楓が何度か連絡を試みたらしいが、まったく繋がらないという話を聞いた。ジムでよく見かけるクラーラに白澤来が一度、四童子有栖の行方を尋ねてみても、情報は一切得られなかっただとか。
(何も起きないといいんだけどな)




