第95話『世界を守れましたか?』
ポベートール、もとい黒霧との戦いはこうして幕を閉じた。木村玄輝たちはユメノ結晶を破壊して、目を覚ましてみると、霰たちの家の周りには数えきれないほどの人が山ほど転がっており、
「全て終わったようだね。アタシらは役目を果たしたよ」
「………」
クラーラとブラッドは通信機で本部と連絡を取り合って、今までに起きていたことを口頭で説明をした。
「桜はどうなるんだ? もしかして捕まったりは…」
「心配しなくていいよ。この国に住む者たちは今まで謎の病に掛かっていた、それを解決したのはアンタたち…ってアタシからそう伝えておいてあげたよ」
レーヴ・ダウンの本部にいる者たちは既に夜驚症に陥っていたらしい。クラーラ―やブラッドが西村駿たちを殺そうとしたのも、すべて東雲桜が上を操ってそう指示を出していたのだ。
「これでアタシらの役目はお終いだ。ブラッド、帰還するよ」
クラーラは感動を分かち合うこともせず、ブラッドに声を掛けると、朝日が昇る方向へと歩き始める。
「クララ! 今度はオレが勝ってみせるからな!」
「…それは楽しみだよ。そこの白髪の坊主も、"また"アタシと手合わせをしてほしいもんだね」
クラーラとブラッドはこの一件を仕事として見ているからこそ、無駄に会話を交わそうとしなかった。そんな二人だからこそ、ユメノ世界で戦う彼らを守ることが出来たのだろう。
「黒百合、助かったよ」
「今回は貸しということにしておきますわ」
雨空霰が黒百合玲子に感謝の言葉を述べると、ぷいっとそっぽを向いてしまい、松乃椿たちを連れて、逆の方向へと歩いて行ってしまう。
「――神凪楓、あなたには近々用があるから覚悟しておいてくださる?」
「……」
去り際に一言だけそう伝えると、クラーラとは違った道を進んでいく。五奉行が力を貸してくれた理由は、自分たちにとって不利益となる敵だったからであり、今回は一時的に手を貸していただけ。
それでも十分に心強かったのには変わりはない。
「…俺たちは後始末をする。お前たちは家に帰って体を休めろ」
「現実世界の桜の体は大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。仮にもアイツは黒霧だった存在、自分の体は指一本触れられないように安全な場所で寝かされているに違いない。ユメノ世界での様子を見るからに、時期に目を覚ますはずだ」
雨空霰は月影村正、朧絢と家の中へと入っていく。雨氷雫はその三人の後姿を見て、小さな声で玄輝たちに、
「…実は私たちもかなり厳しかった。ユメノ世界の中にユメノ世界を創り出すのには想像していた数倍の創造力を消費するから」
と無理をしていたことを語る。 四色の蓮といえども創造力を半分以上消費した状態で、龍神たちと戦うことはそれなりの覚悟がいるらしい。
「もしあの場で、あなたたちが多少なりとも黒霧を弱らせていなかったら…。結末はどうなっていたか分からない」
雨氷雫は西村駿と木村玄輝の手を握ると、コクリ…と小さく頷いて、
「やっぱり、あなたたちは私と似ている」
改めて実感するように感慨深く目を瞑った。
「似ているって…。一体どこが?」
「…秘密」
雫は珍しくそう微笑むと、霰たちを追いかけるようにそのまま家の中へと入っていった。
「…私たちも自分たちの家へ帰りましょう。こんなところで倒れたら元も子もないわ」
神凪楓たちもユメノ世界で戦いを終えたことで、緊張の糸が切れて脱力感を覚える。このままここで倒れるわけにもいかないため、各自で解散して自分の家へと帰宅することにした。
「……」
雫は家の扉を閉めると、先ほどまで余裕そうにしていた霰たち三人が玄関の前で倒れていた。雨氷雫もそれを見て、微笑しながらその場に立ち膝をつく。
「あー、きっついなぁ…」
「…流石に創造力をあれだけ消費して、龍神たちと戦ったら俺たちにも限界が来る」
四色の蓮といえども、かなり限界だった。
木村玄輝たちの前では強がっていたが、正直立っているだけで精一杯なのだ。
「あれから一年、俺たちも現役からかなり衰えている。あんまり無理をするもんじゃないな」
「腰が痛いなぁー…」
「全員、体を休めた方がいい。活動に支障をきたす」
雨氷雫の意見に賛成して、四人は重い体を引きずりながら二階へと上がって、体を休めることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
―――黒霧を倒してから数日ほど経過する。
夜驚症から正気に戻った人間たちは、この出来事を科学的に証明したりしようと、ニュースで盛大に報道したりと、好き放題やっていた。勿論、この出来事は裏の組織であるレーヴダウンしか真実を知り得ない。
世界が滅びるだとか、新種のウィルスだとか、人々を不安にさせるような情報がネットを飛び交っていたが、木村玄輝たちはそれを見て鼻で笑っていた。本当に世界が滅びようとしていたし、夜驚症というウィルスに近い病に掛かっていたのだ。
「楓、すまないな。桜のお見舞いに付き合わせて」
「私も桜に色々と聞きたいこともあるから、気にしないでいいわよ」
東雲桜はあの日から病院へと入院していた。話によれば、体の免疫力が著しく低下しているかららしい。医者は原因が分からないと険しい顔をしていたが、西村駿たちはそれを聞いて、ユメノ世界で暴走したからだとすぐに理解した。
「桜、入るぞ」
初めての面会日、西村駿と神凪楓が隔離された東雲桜の病室へと入ると、少しだけやせ細っている桜が病室のベッドの上でこちらを見る。
「…西村くんに楓ちゃん、ごめんね」
申し訳なさそうな表情を浮かべて、最初に口にした言葉は謝罪の言葉だった。暴走している最中に意識はあったようで、成すがままに駿たちのことを傷つけたことを覚えているようだ。
「…いいんだ。こうやってみんなが無事に助かったんだから」
「でも、わたしのせいでみんなを傷つけて…きっと許されないから…」
「確かに、あなたがしようとしていたことは許されないわ。下手をすれば一生牢獄、もしくは死刑に値するほどの罪よ」
神凪楓が厳しい発言をしたため、西村駿が「楓…!」と発言を撤回させようとする。しかし楓は駿を手で静止させた。
「私たちを殺そうとしただけでなく、世界を終わらせようとした。それなのに、ユメノ世界によるあの一件の主犯はポベートールとなり、あなたには罪を一切負わせなかったのよ。それが何故なのか分かる?」
「…分からないよ」
「私たち全員が、あなたに罪を背負わせるべきじゃないという意見で合致したからよ」
黒霧である東雲桜の処分。それは四色の蓮、五奉行たちと共に西村駿たちで深く話し合った。最初に五奉行は処罰を下すべきだと意見を述べ、西村駿たちはもちろん今回だけは見逃すという反論をして、大きく対立するような形となってしまったのだ。
「…どうして黒百合先輩たちもわたしを庇って―――」
「それは四色の蓮たちがこんな推察をしたからよ」
神凪楓はその話し合いの最中で起きたことをこう説明する。それは四色の蓮は二つの意見で分かれた五奉行と西村駿たちに、
「もし仮に東雲桜が本心であんなことをしているわけじゃないとしたらどうする?」
という一つの仮説を立てた。その仮説を真っ向に否定をしたのは黒百合玲子だ。
「それなら現実世界で行ってきた卑劣な行為の説明はどう片付けるつもりでして? ユメノ世界でも現実世界でも変わらない心が何よりも強い証拠になると思いますわ」
「夜驚症だ。ユメノ使者であるポベートールがそれを東雲桜に掛けたのなら、その行動にも納得がいく。桜に罪はない」
黒百合玲子の意見に対して、月影村正が被せるようにしてその意見に反論する。黒百合は「ふふっ…」と笑みを浮かべながら村正へと視線を向けた。
「まるで"自分は東雲桜のことをよく知っている"。とでも言いたげな顔なこと」
「…お前よりはな」
「睨み合いはそこまでにしろ。黒百合、俺は村正の意見にも一理あると考えている。一目見ただけだがあの黒い霧がどうも臭う。東雲桜がそれを扱っているというよりも、黒い霧が東雲桜を扱っていると捉えた方が自然だ」
険悪な雰囲気を作り出そうとする村正と黒百合に、霰が注意を促すと、自身の考察を淡々と口にする。
「…そう、それならわたくしはあなたの判断に任せますわ」
黒百合玲子は四色の蓮の三人に反論をすることはあっても、雨空霰の意見に口を出すことは一度もなかった。その真意は定かではないが、自身よりも強者である雨空霰に歯向かうことは野暮だと考えているのだろう。
「西村、お前たちは東雲桜を正気に戻すのに専念しろ」
「正気に戻すって一体どんな方法で…?」
「東雲桜に少しでも自我が残っているのなら、お前たちの呼びかけに多少は反応をするはずだ。しばらく呼び掛け続けて反応しなかった場合は…それが東雲桜の本心だということだろう」
霰にそう言われたことで、西村駿たちは必死に東雲桜を呼び掛けたのだ。不安も募っていたが、当の本人も操られているという仮説が正解だと対面して発覚した。
「そう、だったんだ…」
「あの時、あなたが私たちの声に応えなかったら…。私たちはあなたを殺していたわ」
ポベートールに操られていたという真実を知れば、黒百合玲子たちも桜が不可抗力だったという結論に辿り着き、今回の件を水に流すことにしたのだ。
「あなたが黒霧として、誰かを苦しめたのは事実よ。でも今まであなたは誰かの為に、真白高等学校の為に尽くしてきたことも事実。だから私たちは、あなたを許すことにしたの」
「楓ちゃん…」
「…俺たちは学校で待っているぞ、桜」
西村駿はお見舞いに持ってきた桜の大好物である和菓子を、ベッドの脇にある机の上に置くと、神凪楓を連れて病室を出ていこうとする。
「待って…」
東雲桜は出ていこうとする二人を呼び止めて、何かを伝えたそうに口を開けたり閉じたりを繰り返す。
「桜、どうしたんだ?」
「……わたしも西村くんたちに伝えないといけないことがあるの」
意を決すると、西村駿たちに真剣な眼差しを向けた。
その視線に気が付いた二人は、即座に振り返り東雲桜の話を聞く態勢へと入る。
「わたしがどうしてポベートールに操られていたのか…。この話をさせてほしいの」
裏の顔など全く想像できない東雲桜という人物が、何故ポベートールに利用をされてしまったのか。それは桜が中学三年生の頃に起きた出来事がきっかけだった。
―――――――
「おはよー!」
「お、おはよう…」
桜は今の高校生活とは比べ物にならないほど、中学生の時代は暗く、目立つような行動は起こさない生徒として、日常を過ごしていた。友人も指折りで数えられるほどしかおらず、部活動も文化部の中で地味めの『天文部』として務めていたのだ。
「ちぃーす! 桜!」
「あ、おはよう。"趣里"」
そんな東雲桜には親友とも呼べる人物が一人いた。同じクラスの秋風趣里という名の女子生徒。髪を一つ結びにした容姿で、今の東雲桜のような誰からも慕われる存在だった。
「相っっ変わらず、暗い顔してるよねー」
「あははー、そうかな…?」
「もっと笑顔で過ごしなよー? 桜は可愛いんだから!」
常に自分のことを気にかけてくれる、そんな秋風趣里は桜にとって憧れの人物。自分もこんな明るくて慕われる性格になりたい。いつもいつも、そう考えていた。
「…趣里、どうしたのその傷」
「えっ、ああこれー? 昨日道で転んじゃってさー!」
おかしいと異変を感じ始めたのは、秋風趣里の顔に薄く青あざが出来ていたことに気が付いた時。当時は少しドジだった趣里の言葉に納得をしてしまっていたが、思い返してみればあれが全ての始まりだったのかもしれない。
「……」
「趣里、最近元気がないよ…?」
「そんな心配しないでよー! 私は大丈夫だってー!」
その日を境に趣里が、自分と接している際に無理して笑っているように見え始めた。気のせいか、青あざも増えているような。そんな違和感を感じつつも、趣里のことだから大丈夫だろうと、何があったのかを深入りしなかった。
「桜は…。私のことがどう見える?」
「…え?」
それは放課後の出来事。秋風趣里といつも通り屋上で話をしていると、そんな質問を投げかけてきた。もちろんその答えは気恥ずかしさもあったが、自身の憧れだと桜は答える。
「…桜ならね。そんな憧れの私よりも凄い人になれるよ」
「そ、そんな…わたしなんか…」
「大丈夫だって! 桜は可愛いんだから!」
その日に見せたあの笑顔は、いつになくぎこちなく、桜のことを羨ましそうに見つめていた。よく考えてみれば、それは最後を示す"お別れ"の前触れだったんだ。
「私たちのクラスメイトである秋風趣里さんですが……昨晩、この学校の屋上から身を投げて、自殺しました」
「――え?」
言葉が出ない。昨日まで元気な顔をしていた親友である秋風趣里が自殺。そんなはずがない、東雲桜はお通夜に参加するまでそれを信じることは出来なかった。
「なんでっ…うちのこがっ…!」
両親が涙を流す姿を見て、無理やりにでも現実を見せられる。あの趣里が、あの憧れの存在が、どうして自殺なんて。その桜の疑問はすぐに晴れることになる。
「――趣里さんはいじめにあっていたんだよね」
「らしいね。いつもいつも目立つような行動ばかり起こしていたからだよきっと」
自殺の原因は陰湿な集団いじめ。慕われてもいたが、それを嫌う者もいた。その嫌う者たちから度々呼び出され、酷い仕打ちを受けていたのだ。
「どうして趣里は助けを求めたり、逃げたりしなかったの?」
東雲桜は必死に考えて、違和感を感じ始めた日を思い出す。そうか。あの日から、あの時からいじめは始まっていたのだ。どうして気が付くことが出来なかったんだろう。
「趣里…」
趣里が亡くなった日。その日の夜、食事も通らないほどショックを受けていた東雲桜は不思議な夢を見た。
【ケケッ…悲しいよなぁ? 友人が亡くなってよぉ】
「…わたしは馬鹿だよ。いつもそばにいたのに、手を差し伸べることすら出来なかった。こんなわたしじゃ、趣里もきっと」
【オレが友達を助けるための力を与えようか?】
目の前に現れたのはポベートール。堕落していた東雲桜に力を与えると囁いてきたのだ。桜にはそれを断る理由がなかった。二度とこんな出来事を起こしたくないと、ポベートールに力を求めた。
「――趣里の奴、本当に自殺しちまったなー」
「ほんと笑えるわ」
ポベートールの力を得たその次の日、東雲桜は廊下を歩いている最中に、秋風趣里のことを話している数人の男子生徒を見かけることになる。
「あなたたちが、趣里を…!!」
東雲桜は真実を知りたいがために勇気を出して、その数人の男子生徒に怒りを込めて声を掛けた。
「んだよ東雲か。おれたちに何の用ですかねぇ?」
「今話してたでしょ!? 趣里が本当に自殺するとはなって…!」
「ああその話か? 今だから言えるが、アイツはお前のことを守るために死んだんだよ」
その男子生徒の言っている意味が理解できない。自分の為に趣里が自殺をした、どうして自分の為に命を捨てたのか。
「おれたちがあいつに"標的を桜に変えてほしくなければ、屋上から飛び降りてみろ"って冗談のつもりで言ったら本当に飛び降りちまってよー?」
「――!」
その理由は東雲桜を庇うため。桜がいじめの標的にならないように、秋風趣里は身を呈してそれを防いだのだ。先生や警察にも必死に訴えても、それはあり得ないと否定をされる。よく考えてみればそれは当たり前じゃないか。
――大人と子供の視点は大きく違うのだ。
「…やる」
「あ? 何だよ?」
「……"殺してやる"」
桜の中に宿る復讐心。それが芽生えたその日、いじめを行っていた男子生徒全員をユメノ世界で殺した。
【ケッケッケ! いい顔じゃないか、桜】
「ポベートール、わたしはこの世界を変えたい。頼れるものが現実から目を逸らしている…この世界を」
その男子生徒たちに対する復讐を終えると、その憎しみは増大し復習を施す規模は世界となった。
「わたしが…変えるんだ」
東雲桜は禊として、付けていた眼鏡を外し、長い髪を一つに結んで、秋風趣里を彷彿とさせる姿で真白高等学校へ入学した。生徒会長を努めたことも、様々な人物と仲
良くしていたことも、すべては秋風趣里の為なのだ。
――――――――
「その後、わたしは徐々に悪い方向へと考え方が傾いて…世界を壊そうとしてしまった」
「…そんなことがあったのか」
「二年前にその話をニュースで聞いたことがあるわ。都内の高校生が飛び降り自殺を図ったって…」
東雲桜は憎しみを抱いていたことで、ポベートールに上手く利用をされてしまっていたのだ。自我が失われていく中で、頭の中に残ったのは世界を壊すことを強く望む意志のみ。
「…ユメノ世界よりも現実世界の方が恐ろしいのかもしれないな」
「人間は刺激を求めるのよ……。刺激を求めるがゆえに他の者を傷つける。それでしか今の人間たちは刺激を感じられなくなってしまっているのかもしれないわ」
神凪楓と西村駿は桜の過去を知ると、少しだけ悲しそうな顔をしていた。結局のところ、現実世界で人間たちが非人道的行為をしたことが大きな原因。ポベートールはその心の隙を狙っただけなのだ。
「…後、これは関係があるか分からないけど」
「……?」
「ポベートールは"姉さん"って呼べる存在がいたんだ。その"姉さん"っていう人とは会ったことがないから、詳しいことは分からないけど……」
ポベートールは一度だけ"姉さん"がいるという話を東雲桜にしたらしい。当時の桜こそそんな話に興味を持たなかったが、今思い返してみればそれは話すべき内容だと思ったのだろう。
「ポベートールに姉がいる…? 姉弟なのか?」
「そこまでは四色の蓮も見越していなかったわね…。これが不吉な予兆にならなければいいけど」
夏休みが終了するまで、残り一週間半。夏の終わりももうすぐ近い。そんな季節の節目に、西村駿たちは窓の向こうに広がる澄み渡った青空を眺めていた。




