第90話【友達を助けられますか?】
「……ここは」
全員バラバラの位置となってしまうこともなく、一つの場所へと固まって東雲桜のユメノ世界へと訪れていた。
「…不思議だね、ユメノ世界は理想の世界のはずなのに」
木村玄輝は真白町、金田信之は水の中、鈴見優菜はゲームの世界、西村駿は天界、白澤来はボクシング会場、波川吹は真白高等学校、そして内宮智花はジャングルの中。人それぞれ、何かしら特徴があったりしたのだが、東雲桜のユメノ世界は見渡してもただただ白い空間で何かがある様子がなかった。
「桜をユメ人にしたのは黒霧の仕業かもしれないわね」
「黒霧が…?」
楓の憶測に息を呑む。
雨空霰の話によれば、七つの大罪を失った黒霧にも玄輝たちと同様に準備期間が必要らしい。もし、玄輝たちよりも早く準備が整っていたとするのならこのタイミングで桜を陥れても可笑しくはないのだ。
「それで…桜の方向は…」
神凪楓が場所を探ろうと、ユメ人の気配を感じる方向へ顔を向ける。
「あんたたち…ユメ人の気配が分かるの?」
「あ、あぁ…何となくな」
ほぼ同じタイミングで玄輝たちも楓と同じ方向を向いたため、神凪楓は驚きながらも東西南北すら曖昧な空間を歩くことにする。
「…俺たちは現実世界で自分自身を変えつつあるのかもしれない」
「それってオレたちが霰に言われた通り、自分自身を磨けているってことか?」
「あなたたちが何をして、この夏休みを過ごしていたかは知らないけど…創造力が智花のユメノ世界で見た時よりも上がっているのは確かよ」
沢山の敵と戦うことによって強くなれるわけではなく、現実世界で自分自身を磨けば強くなれる。そんな言葉を過信し過ぎていると思っていたが、どうやら気が付かないうちに自身を変えるきっかけとなる出来事に遭遇していたのかもしれない。
「それと…命が宿る生物を生み出すのは止めておきなさい。自分でユメノ世界を創り出した時ならともかく、誰かのユメノ世界に干渉している時に生物を生み出そうとすれば、生命力を削られてとんでもないことになるわよ」
玄輝たちは楓の忠告を聞き入れると、前方に四角い巨大な物体が置いてあるのが目に入る。
「…何、あれ?」
透明な箱。
簡潔に述べればそれでおしまいだが、何もない空間に突如現れたその巨大な箱はどう考えても異端なモノだった。
「ただの置物か?」
「置物なら何でこんな殺風景な場所に一つだけ置いたんだ?」
「あれは―――」
神凪楓は西村駿と木村玄輝が言い合っているのを他所に神妙な顔をしながら、その透明な箱を見て
「―――桜を囲うための牢屋よ」
そう呟いた。
全員が口を閉じて視線だけその透明な箱の中へと向けて見ると、制服姿の東雲桜が氷の中に閉じ込められているかのように、目を瞑り体を丸まらせていた。
「桜ちゃん…!」
智花と優菜が助け出そうと駆け出すが、その透明な箱は一瞬にして黒色の霧に包まれる。
「させるわけないじゃーん!」
「黒霧…!!」
玄輝がその人物の名を叫ぶ。
やはり楓の予測通り、黒霧が目の前に姿を現した。桜がユメ人になってしまったのも、黒霧が原因だということが明白だ。
「アッハハハ! あなたたちならここまで来てくれると思っていたよ!」
黒い霧に覆われたまま、愉快な笑い声が辺りに響く。
玄輝たちは、それぞれ武器を創造して、黒霧を睨みつけながら臨戦態勢に入った。
「この前はあなたたちを見逃したけど…今度はもう逃がさない。永遠の苦しみを与えて、引導を渡してあげる」
黒い霧が智花のユメノ世界と同じようにして、玄輝たちを包み込む。その黒い霧は目の前で悲惨な行為が行われるのを無理やり見せることで、精神的苦痛を与え続けるというもの。前回はこの攻撃によって全く歯が立たないまま、敗北してしまったが
―――"ユメノ使者"!!
少しもうろたえることもなく、楓を除いた七人でユメノ使者を呼び出す。神凪楓も黒い霧を銃剣で霧払いをして、悠然とその場に立っていた。
「へー! もうこんな攻撃効かないんだね…!」
神凪楓の背後にはユメノ使者と共に仲間たちがいる。黒霧も前とは大きく違っていることに気が付き、乾いた拍手を八人に贈った。
「それじゃあ…本気で相手をしてあげるよ」
黒い霧が人型へと移り変わる。
その数は膨大なもので、百人は優に超えていると言っても過言ではない。
「全員で…コイツラを殺せ」
そして、黒霧が手を振りかざすと一斉に楓たちへと襲い始める。木村玄輝たちは自身のユメノ使者と視線を交わし
「行くわよ…!」
楓の掛け声で、人型のナニカを迎え撃った。玄輝はベルフェゴールと連携技を繰り出しながら、次々と人型をかき消していく。
「楽しそうなことしてんじゃねぇか!!」
剣の中からアメも姿を現して、黒い人型を殴り倒しながら前方に突っ込んでいった。一人にするのは危険かと思ったが、アメほどの実力ならば大丈夫だろう。
「ベルフェゴール! 楓の背後まで突っ込め…!」
神凪楓の背後から迫ってくる黒い人型を見つけた玄輝は、ベルフェゴールに接近をさせると自身の位置とベルフェゴールの位置を交換して、人型を真っ二つに斬り捨てる。
「大丈夫か?」
「あんたに助けられなくてもどうにかできたわよ」
【楓ちゃーん! ぼくも助けてあげようか?】
レヴィアタンが巨体を唸らせながら、楓の元まで顔を出す。こいつはいつまで経ってもナンパしかしてこないな、と二人で苦笑いをしていると
「皆…! 一気に叩いて!」
金田信之がウィリアム・バードが作曲をした【不幸なる我が身】を演奏して、黒い人型たちの動きを封じる。それを見た白澤来がマモンと共に地面を蹴って、宙へと飛び上がると
「潰れろ…!!」
【ヒャッハァァ!!!】
右拳をマモンと同時に地面へと叩き付けて、辺りの人型を一掃する。
西村駿は内宮智花と視線を交わして「レーザーを周囲に放ってくれ」と訴えかけると
「分かった…! 行くよ!」
【ほっほっ…若い者にはまだ負けぬぞ】
その意志が伝わったらしく、ベルゼブブの杖と魔導書から四方八方にレーザーが放たれた。
「ルシファー…!」
【はいはい、分かってるよ】
西村駿とルシファーは黒い人型を貫いていくレーザーの進行方向に立つと、それらを手に持つ剣で弾き返す。テニスのようなラリー形式で返されるレーザーは次々と黒い人型を貫いていった。
「吹! サタンと一緒に炎を起こして!」
「ほんまに注文の多いお嬢様やな! やるで! サタン!」
【吾輩に任せておけ】
波川吹はサタンと共に創造力を炎へと変えて、辺り一帯を火の海へと変える。すると、鈴見優菜とアスモデウスがお互いに息を合わせて
【「虚眼…!」】
両目を七色に変化させ、炎の渦を作り出し黒い人型を巻き込んで燃やし尽くしていく。全員が奮闘をしたことで、百人近く現れた黒い人型たちは一瞬にして消えてしまった。
「ブラボー! 凄いね! 一分も経たないうちに全員やられちゃったよ!」
先ほどまで宙に浮いて、玄輝たちを見下ろしていた黒霧が地面に着地をする。未だに余力は残っている一同を見た黒霧は
「今度はわたしが相手をしてあげるよ……それも、全員同時にね」
と余裕綽々で玄輝たちの事を挑発した。
「アイツが何を仕掛けてくるかは分からないわ。慎重に動きを見て、攻撃を仕掛けるわよ」
「なら、オレが最初に近距離戦を試してみるぜ」
最初の一撃目に飛び出したのは超近距離戦を得意とする白澤来。
ボクシング特有のステップを刻みながら、黒霧にフックで殴り掛かったが
「はい残念! その攻撃は届きません!」
黒い霧を掠めるだけで、本体らしき物体に接触すら出来ない。マモンも乱打を繰り出すが黒い霧に触れるだけで、ダメージを与えているようには見えなかった。
「でも、その黒い霧に触れても塵にならないからちょっと焦っちゃったなー」
「玄輝! 今度は俺らで行くぞ!」
「あぁ!」
西村駿と木村玄輝がベルフェゴールとルシファーを従わせながら、黒霧に斬りかかる。しかしこれも掠めるだけ、黒い霧の中に本体がいるのかも疑わしいほどの空振りに、神凪楓は不意を突こうと飛び上がり上空から銃剣を振り下ろした。
「はい外れ!」
「…ッ!?」
黒い霧の中心に向かって銃剣を振り下ろしたはずが、中身はもぬけの殻。黒い霧を纏っているのではなく、黒い霧のみしかそこに存在しないかのようだ。
「一斉に攻撃を仕掛けてみよう…!」
信之はそう提案をしてパッヘルベルが作曲した【カノン】を演奏し始めた。これによって仲間との連携能力が著しく向上し、攻撃が止まることもなく自然と連携が出来るのだ。
「残念、残念、残念、残念、残念………」
波川吹の双剣による連撃も、優菜による槍の一撃も、智花による一発のレーザーも、何もかもが黒い霧をすり抜けるだけ。攻撃が外れるたびに煽りながら、動き続ける黒霧に神凪楓は
「これならどうかしら…!」
手榴弾を手元に創造して、黒い霧の中へと投げ込み爆発させた。これなら多少はダメージを与えられるはずだと、楓は戦いながら考察していたが
「……残念」
黒霧は依然とそこに立っていた。
「…どうなってんのよ。これだけ攻撃しても全く通らないのはどういう…?」
「あ、もうそろそろ打つ手なしなら今度はわたしの番ね」
黒霧は黒霧の力を発動させて、黒い霧を大剣、剣、銃、槍…あらゆる武器に変化させて、その場から歩を進めずに、武器の一つ一つが自我を持つようにして楓たちを襲い始める。
「そんな攻撃、受け止めれば……」
振り下ろされる大剣を銃剣で受け止めようと、構えたが
「―――え?」
大剣は銃剣をすり抜けてしまったのだ。
何故そんなことが起きたのか、その答えは至極単純で、大剣が黒い霧で出来ているから。あの黒い霧は物質をすり抜ける性質を持っているのだ。
「危ない!」
ベルフェゴールが神凪楓の黒いパーカーを引っ張り、大剣を何とか回避させると、楓はその場で尻餅をついてしまう。
「惜しいなー…後少しで一人はやれたのに」
「おい、その剣を貸せ」
その様子を見ていたアメが西村駿の元まで駆け寄り、剣を請求するとイトナの名前を呼んで
「なに?」
「イトナ、出てきたか」
剣の中からイトナをユメノ世界へと呼び出した。
「さっかーしてくれるの?」
「違う。ワタシたちの力を使う時が来たんだ」
イトナは不思議そうにアメを見つめていたが、手を差し伸べられるとその手を握り
「ワタシたちが少しだけあのクソ野郎の正体を暴いてやる。その間にトドメを刺せ」
「しゅん、がんばって」
イトナは白色の光、アメは黒色の光を発して、辺りに白色の霧が漂わせる。玄輝と駿は顔を見合わせて何が起きるのかと、白色の霧を見ていると
「――ぐぁッ!?」
黒霧が唐突に苦しみ始めた。白い霧が黒色の霧に纏わりつくようにして混ざっていくと、黒霧の姿が徐々に徐々に露になる。イトナの力白霧は対象を優しく包み込み、あらゆる負となる存在を白い霧と共にかき消してしまう能力だ。
「あれが…黒霧の本体、なのか?」
黒い霧が晴れそこに立っていたのは茶色のフードを被り、骨で作られた羽根を背中から生やした化け物だった。その姿に全員がゾッとし、息を呑む。
「今だ! さっさとトドメを刺せ!!」
そのアメの声で我に返り、玄輝たちは武器を構えながら、その化け物へと攻撃を仕掛ける。
「一体…何をした…!?」
「テメェの創造力を無効化してやったんだよ! どうせその黒い霧も創造力で出来てんだろ!?」
アメは雨空霰に"創造力の影響なし"で動けると言われたことを思い出し、同じ存在であるイトナと共にその力を発揮したのだ。
「一気に…!」
「決めるぞ!」
ユメ人である玄輝たちとユメノ使者であるベルフェゴールたちの絶え間なく行われる攻撃。それを全て受けてしまえば、黒霧といえども対抗策などあるはずもない。
「よくも…っ! わたしをぉぉお!!」
黒霧が創造力を解放するかの如く、黒い霧を再び身に纏おうとする。アメとイトナは苦しそうな表情を浮かべていたが
「ザコぉ…! さっさとケリをつけやがれぇ!」
「しゅんの…ために…っ!」
最後の力と言わんばかりに、白い光と黒い光を更に強めて白い霧でそれを抑え込む。西村駿と木村玄輝はアメとイトナのその声を耳にすると
「玄輝…! 俺とお前で決めるぞ!」
「あぁ、これで終わらせるぞ!」
駿の剣に白い光、玄輝の剣に黒い光が宿り、お互いに黒霧を挟んで力を溜める。
「させるかぁっ…!!」
黒霧は剣を二本だけ創造して、駿と玄輝を斬りかかろうとしたが
【我が止める】
【アタシが堕とす】
背後と前方からベルフェゴールとルシファーが、すれ違いざまにその二本の剣を叩き落して、駿と玄輝への道を切り開く。
「悪魔如きがぁ!!!」
怒りに満ち溢れた声で叫び散らかしている黒霧。
西村駿と木村玄輝は、力を溜めていた剣を解き放ち
「「お前の負けだッ…!!」」
左右から黒霧の体を斬り捨てた。
これにより上半身と下半身が二つに分裂して、体内から黒い霧が溢れ出る。
「バカめ…! これでわたしの体を消滅させるなど不可能―――」
黒霧は元通りの体に戻すために、上半身をもう一度起こしてみると
「"今度は当たるわね"」
神凪楓が銃剣を構えている姿がそこにあった。
「くそぉぉぉぉおっっ!!」
銃剣から撃ち出された弾丸が、黒霧の頭部に撃ち込まれたことで、一瞬にして光の塵と化し、その場から消え去った。
「……終わったの?」
静まり返るユメノ世界で優菜がぽつりと呟く。
やっと全てが終わった、そんな達成感に満ち溢れ全員が安堵して、手に持つ武器を消した。
「あぁーー! 疲れた!!」
「しゅん、わたしがんばったよ」
「助かったよイトナ。後でサッカーをしような」
アメは大きな声を上げてその場に座り込み、イトナは駿の元まで歩み寄り、褒めてほしいと言わんばかりに頑張りを報告する。
「あ、桜ちゃんを助けないと…!」
黒霧が消えたことで、閉じ込めていた透明な箱は消えて、東雲桜は地面の上に横たわっていた。
「全く…しょうがないわね」
神凪楓が倒れている桜の元まで歩み寄り、体を揺らして起こそうとする。そんな楓を他所に内宮智花が呆然としていたことに白澤が気が付き
「どうしたんだ智花? そんな顔をして」
「え?」
「視線が虚ろだったぞ」
智花は「そうかな?」と苦笑いをしていると、優菜と吹が明日のバカンスは何をしようかと呑気な会話をしている光景が目に入る。
「…これからどうなるんだろう」
「これからって?」
「私たちは命を狙われているんだよね? それなら目を覚ましても現実世界でどうやって過ごせば―――」
内宮智花がそう言いかけた時「う、うーん…」という東雲桜の声が聴こえてきたことで全員の視線が、神凪楓と東雲桜の方へと向けられた。
「やっと気が付いたのね」
「あれ…? ここは?」
桜が寝ぼけたような反応をしていることで、神凪楓が今までに起きたことを分かりやすく説明をする。
「―――っていうことよ。信じられない話だと思うけど…もう二度とこんなことに巻き込まれる心配はないから安心しなさい」
楓が安心させるように座り込んでいる桜に手を伸ばす。
後はユメノ結晶を破壊して、現実世界に戻り、これからどうするかを話し合わなければならない。
「そう、なんだ……」
桜が下に俯き、しみじみとその話を受け入れるような反応を示しながら、差し伸べられた手を握る。
「ありがとう"楓"ちゃん」
そして、そう感謝の言葉を述べると
「そのお礼に―――」
表情が狂気の笑みへと変わり
「――最初に殺してあげるね」
「え?」
黒色の霧が神凪楓の体を貫いた。




