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【完結】夢ノ雫 ~Dream Drop Out~  作者: 小桜 丸
第十三章『夏』

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第86話『無人島でバカンスですか? 前編』

「おおー! いい風だぜぇー!!」

「わいはお前のモジャモジャなその髪が、ワカメに見えてきたで」


 時期はあっという間に八月の上旬と移り変わり、二泊三日の無人島バカンスの日。玄輝たちは優菜と共に小型のフェリーに乗って、潮風を浴びながら、無人島までの旅を楽しんでいた。


「玄輝、楽しみだね!」

「まぁな」


 男性陣は男性陣で景色を見ながら大盛り上がりしているが、女性陣は一体何を話しているのかと玄輝は耳を傾けてみる。


「私、お菓子持ってきたよ」

「智花ちゃんは本当に食べるのが好きなんだね~」

「あんたら、これは遠足じゃないのよ」


 海の景色など微塵も見ていなかった。普通は女性の方が盛り上がると思っていたが、あの女子五人組は特殊らしい。


「玄輝、楽しんでいるか?」

「…それなりにな。お前こそサングラスをかけて随分と楽しそうで良かったよ」


 西村駿がサングラスを付けて声を掛けてきたため、苦笑いをしながらそう答える。駿がここまでふざけるのを見るのは初めてだ。


「このサングラスは白澤から預かっているだけだ。俺のじゃないぞ」

「なら安心した。お前はサングラスがあまり似合わないからな」

「あ、それなら僕にもかけさせてよ!」


 三人でそれなりに会話を楽しんでいると、白澤が「あー!」と指を差しながら大声を上げる。全員が指を指す方向を確認してみると


「みんなー! あれが私の話していた無人島だよー!」


 十分すぎる程の大きさを誇る島が一つ、青い海に囲まれてそこで漂っていた。


「優菜様方、降りましょう」

  

 無人島の船着き場へ綺麗にフェリーを付けると、咲が操縦席から姿を現して、全員に降りるよう促す。


「玄輝…あの子って僕たちよりもかなり年下だよね?」

「…どう見てもそうだな」


 優菜は玄輝たちに咲の事を、最近雇った使用人としか説明しておらず、半数以上が納得をしていなかった。それに加えて何故かその後に白澤来へ「嘘をついてごめん!」と平謝りしていたことも気になる。


「あちらの別荘が宿泊地です。男性、女性という形で個室が分かれておりますので、一人一つこの鍵をお持ちください」


 咲は部屋番号のプレートが付いた鍵を一人ずつ手渡すと、その別荘へと案内をする。見た目はかなりの大きさで、二十人分の靴は優に入るであろう玄関に、綺麗に設備されている木の机や椅子たち。優菜と雫以外は心の中で「流石鈴見グループ」と呟いていたに違いない。

 

「ん? この別荘は電気が通るのか?」

「ソーラーパネルです。この島の反対側に設置されています」


 水道、ガス、電気も使用が可能だった。無人島だというのに、ここまで設備する意味はあるのだろうか。


「向かって左側が女性部屋、右側が男性部屋と別れております。取り敢えずは荷物を自分の個室へ置いてきてはいかがでしょうか?」

「そうやな。重いもん持ちながら歩きたくないし」

 

 玄輝は右の角を曲り男性部屋がある方へ駿たちと共に向かう。


「それじゃあ、荷物を置いたらさっきの別れ道で集まろう」


 西村駿はそう提案をすると、全員がそれぞれ鍵に付いた番号の部屋へと入る。玄輝は【201】の番号が書かれた部屋を探して、鍵を挿しながら扉を開くと


「すげぇー…」


 部屋の中を一瞥しただけで思わず声を漏らしてしまった。一度だけ泊まったことのある三ツ星ホテルの個室と、なんら変わりないベッドに洗面台にお手洗い。どれも埃が一つも被っておらず、新品同様だ。


「貴重品はどうするか…」 


 スマートフォンを点けてみると、左上に圏外と表示されていた。どうやら無人島というだけあって、電波は届かない位置にあるらしい。


「まぁいいか。おれたち以外に人はいないんだし」


 玄輝は全ての荷物をベッドの隣に置いて、部屋を出る。自分たち以外の人の気配は微塵も感じないため、安心して荷物を置いて出てこられるのだ。


「玄輝、早く行こう!」

「そう慌てるなよ」


 部屋の外へ出るとちょうど信之と合流し、二人で先ほどの場所まで向かうことにした。


「遅いぞ玄輝! オレは待ちきれねえんだ!」

「お前は一人で海に飛び込んでこい」

「それでは皆様にこの別荘の説明だけさせてもらいます」


 咲はその玄輝と白澤のやり取りを無視して、別荘の説明を始める。


「この別荘は料理をするための調理部屋、皆でお喋りをするための談笑部屋、身体の汚れを落とすための大浴場が設置され、レクリエーションに特化した別荘となっております」

「ふーん。その割には随分としっかりしている別荘ね」

「優菜様をしっかりと休息させるためです。その他にもゲーム部屋など…」


 別荘の中を歩き回りながら、色々と説明を受けて分かったことは、この別荘がかなりの広さを誇り、咲が自分たちよりもかなり大人の思考を持つということだ。話を聞いていない者がいれば、その人物へ注意点を復習するように的確に質問をしてくる。

 

 ちなみに白澤来はこれで五回以上の質問を受けていた。

   

「以上で説明は終わりです。御用があれば私をお呼びください」


 咲は再び玄関前まで戻ってくると、一礼してどこかへ歩いて行ってしまう。腕時計の時刻は朝の十時半、説明は三十分きっちりで終わったらしい。


「これからどうする?」

「海で遊ぼうよ! だーれもいないんだしさ!」


 東雲桜が楽しそうに皆へそう提案をした。 

 拒否する者などいるはずもなく賛成をすると、桜が一人で海辺へと飛び出して新鮮な潮風を再び体に受けに出る。


「桜ちゃんー! 水着はー?」

「あ、そうだった! 水着に着替えなきゃ!」

 

 どうやら桜はそのまま海に飛び込もうと思っていたらしく、智花の呼び掛けられ思い出したように別荘の中へと戻ってくる。


「俺たちも着替えるか」

「ほな、着替えに行こか」


 それぞれ水着へ着替えてくることにし、一度解散して全員個室へと帰っていく。玄輝は泳ぎたくなかったが、空気を悪くするわけにはいかないため、個室に戻り赤色と黒色が混ざったサーフパンツに履き替えていると


「玄輝ー! 早く行こうよ!」

「おいっ!? まだ着替えている最中だぞ!」


 玄輝が下に何も履いていない状態で、学校の水着を履いた信之が部屋の中へと乱入してきた。部屋に鍵をかけておけば良かったと後悔をしながら、急いで下に水着を履く。


「ていうかお前は何で学校の水着なんだよ…!? ダサすぎるだろ!!」

「えっ、そうかな?」


 中学校の友達に一人はいるアレだ。友達と海やプールに行くときになると、一人だけ学校の水着で目立ってしまう事象。玄輝は自分自身も一度それを経験してしまっているため、反省を生かして好きな色のサーフパンツを持ってきたのだ。


「何してるんだ?」


 波川吹、白澤来を引き連れた西村駿が玄輝の部屋の前を通る。駿はオレンジ色、吹は緑色、白澤は黒色のサーフパンツを履いていた。やはり信之以外は自前の水着だったことに、木村玄輝は少しだけ安心する。


「玄輝とガッシーの水着似合ってるぜ!」

「お前に言われても全く嬉しくないな」


 五人で男子部屋と女子部屋の別れ道まで歩いていると、前方の角から咲が現れ、


「優菜様たちは着替えに少々時間が掛かっているため、先に海辺で待っていてほしいとのことです」


 優菜からの伝言を伝えると、女性部屋の方へ歩いて行ってしまった。


「そんじゃ先に行ってようぜ」


 着替えに時間が掛かるのは女性特有のこと。玄輝たちは海辺まで辿り着くと、西村駿が、


「本当に人の気配がないんだな…」


 森の奥を見つめながら、無人島の凄さをボソッと口にした。聴こえてくるの波の音だけ。人の声など自分たち以外に聞こえるはずもない。そんな無人島でバカンスを楽しむことなど、誰が想像していただろうか。


「玄輝は誰の水着姿が楽しみなんだ?」

「……は?」


 唐突に西村駿が性に合わない質問をしてくる。そんなことを聞かれて、答えるやつなどいるはずがない。


「オレはやっぱ智花かなー」

「わいは優菜やな」


 と考えていた時に白澤来と波川吹がすぐにそう回答した。この二人は何を考えているのかと金田信之を味方に付けようとするが、


「僕は全員の水着が楽しみかなー」

「欲張りだなガッシーは」 


 呆気なく敵側へと移り込んだ。正直なところ、このような話を西村駿たちと考えたくもない。


「駿はどうなんや?」

「俺は東雲と楓のが楽しみだな」


 水着の話題で盛り上がっている四人に、拒絶をするような視線を送りながらため息を付いていると、白澤が肩を組んでくる。


「答えろよ! オレたちは全員教えたんだからさー?」

「何でだよ…!? 別におれはアイツらの水着なんて興味がな――」

「ちょっと!? 暑苦しいから離れなさいよ!」


 そう言いかけた時、別荘側から神凪楓のイラついた大声が聴こえてきた。五人はそちらの方へと視線を向けてみると


「待たせちゃってごめんね!」

「お菓子に埋もれた水着を探すのに時間が掛かっちゃって…」


 女性陣五人の水着姿が視界に入った。鈴見優菜は上と下とでフリルの付いた白い水着、そして内宮智花は下がパレオとなったピンク色の水着だ。


「トラちゃん可愛いもーん!」

「鬱陶しいわね…! 海に沈めるわよ!」


 東雲桜は水色を基調としたビキニタイプの水着で、神凪楓は黄色のワンピースタイプの水着の上に黒色のパーカーを羽織っていた。


「……」


 残りの雨氷雫は上に紺色の水着、下は濃い緑のショートパンツ。海に入るつもりなど少しもないようで、楓たち四人の御守りをするお姉さんのような存在に見える。


「ヒュー! 全員似合ってるぜ!」

「あんたも五月蠅いわね! 砂浜に埋めるわよ!!」 


 楓に牙を剥かれた白澤は「トラがいるぞー!」と言いながら、海の中へと走っていく。それを追いかけるように神凪楓も走り始めたため、全員で顔を見合わせて海に飛び込むことにした。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「あーあ…調子に乗って泳ぐんじゃなかった」  


 浜辺に用意されたビーチパラソルの下に設置されている椅子に座って、海辺で遊んでいる駿たちを見ながら、玄輝は一人で休憩をしていた。


「スマートフォンも圏外だから使えないし、運動もあまり得意じゃないし…案外、無人島に来た方が暇なのかもな」  

「いえ、そんなことはありません」

「うお…っ!? お前、いつの間にそこにいたんだよ…!?」


 格好つけながら独り言を呟いていると、気配もなく隣に立っていた咲にそれを否定された。


「木村様は"暇"という言葉について、どうお考えになっていますか?」

「それは何かをしないと時間の無駄になること、みたいな?」


 暇なときは必ず何かしら時間を潰す方法を考える。音楽を聴いたり、テレビを見たり、どこかへ出かけたり、様々なやり方が数多く存在するだろう。

 

「何故、暇を潰そうとするのですか?」 

「何故って…そんなぼーっとしていたら、何事もないまま一日が終わるだろ? 勿体ないじゃないか」


 咲は玄輝の意見を聞くと、表情を一切崩さずにこう意見を述べた。


「…そうですか」  

「どうしたんだ?」

「いえ、何事もないまま一日を終えるのならそれほど幸福なことはないと思いまして……」

 

 どこか変わっていると思ってはいたが、咲は相当の変わり者らしい。玄輝はその言葉の真意を探ろうとしたが、

 

「そろそろ夕暮れ時も近くなっています。私は先に戻ってお食事の準備をしますのでこれで」


 すぐに話を切り上げられ、咲は別荘へ歩いて行ってしまった。その後姿を見ていると、どこか寂しそうなものを感じてしまう。


「…何を話していたの?」


 咲と話をしていた姿が見られていたのか、雨氷雫が玄輝の隣にある椅子に寝転びながらそう尋ねてきたため、玄輝は先ほどの話の内容を一言一句、雫へと伝えた。


「…っていうわけ」

「…そう」


 雫は話を全て聞き終えると大して反応を示すことなく、ただそれだけ返答をする。咲と雫は表情に感情が出ない部分はよく似ているが、考えや行動は全く異なっているようだ。是非とも、二人きりで会話をする光景を見てみたい。

 

「私はあの少女に同感する。何事もないまま一日を終えること、それは平和を意味するから」

「平和って…。今は"戦争"なんて起こらないだろ?」

「…どうしてそう言い切れるの?」


 雨氷雫は眼鏡越しの青色の瞳で木村玄輝の瞳の奥を覗く。そんな問いかけをされても、答えようがない玄輝は「…何となく」と適当に返答をしてしまう。


「私たち人間は全てを見通せるほど優れていない。この世に存在する超能力者、霊能力者にだって全てを見通せるほど優れていない」

「……それもそうだな」

「なら私たちは誰を信じて、誰が正しくて、このまま平和が訪れると錯覚しているの?」


 雨氷雫とは面と向かって話をするのは初めてだったが、ここまで深い話を持ち掛けられるとは思っておらず、口をごもらせながら返答に困っていると、


「――平和なんてものは幻想に過ぎない。あなたたちが見ている"平和"は、表面上の言葉を丁寧に並べてあるだけ」


 雫は何かを伝えようとしているのか、真剣な顔をして玄輝の顔を見つめる。玄輝はしばらく雨氷雫の顔を見て、その意図を読み取ろうとしたが、

 

「みんなー! もう夕陽が沈むから別荘に帰るよー!」


 鈴見優菜が別荘近くの浜辺で全員に向かってそう叫んだことで、視線を逸らしてしまった。


「夕陽が沈めば、辺りが真っ暗になる。あなたも早いところ別荘に戻って」

  

 雨氷雫は未だに海の浅瀬で遊んでいる桜たちを引き戻すためにその場に立ち上がると、足早に歩いて行く。 


「玄輝、見てよこれ! 綺麗な貝でしょ!」


 別荘へ帰ろうとした時、手の中に納まるサイズの真っ白な貝を拾ってきた信之が目の前に現れ自慢げに見せてきた。


「ガッシー、お前は女子か」


 そんなツッコミを入れながら、別荘の中へ入ると空腹を誘う良い匂いが鼻に入る。


「おっ、いい匂いだな!」

「この匂いは海鮮類や!」

「咲ちゃんが先に大浴場で体を流してきてって…」


 海から戻ってきた白澤来と波川吹が、涎を垂らしながら調理部屋へ向かおうとすると、一目散に鈴見優菜が目の前に立ちはだかり、大浴場へ行くように促す。


「ほなさっさと行くで!」

「ほら! 玄輝も行くぞ!」


 この後、白澤と吹は玄輝を引きずりながらドタバタと大浴場へと向かったが、結局着替えを個室に忘れていることに気が付き、また戻るはめになった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「あー…いい湯だぜー!」


 途中で西村駿とも合流をし、五人で大浴場へと訪れる。大浴場には泡風呂やサウナも設置してあり、リラクゼーションには最高の場所だった。


「白澤、最近体を鍛えてるのか?」

「おう、よく分かったな! 流石駿だぜ!」

「少しだけ体つきが良くなっているからな。すぐに分かったよ」


 白澤は夏休みに入って、スポーツジムに通っていることを四人に話す。その中で最も興味が惹かれていたのは金田信之だ。


「僕もそのジムに通おうかなぁ…」

「おん、ガッシーは体がガリガリやからな」

「筋トレをする前に肉を付けろよ…」


 次に話をしたのは波川吹。夏休み中に課金のし過ぎで財布が空になったことで、バイト先を探していたことだ。そこで見つけたのは家庭教師で、教え子は白澤来の妹だということを話すと、


「はぁっ!? 家庭教師ってお前だったのか!?」

「そうやで。妹から聞いてなかったんか?」

「いや、全く聞いてないぞ…」

 

 考え込んでいる白澤を他所に手を挙げたのは金田信之。信之は七月中に『現ノユメ』という曲の録音を終わらせた後に、動画をアップしたことをグループで報告していたが、


「実はね、その動画を『ガヤガヤ動画』と『Itube』に上げたんだけど…。百万再生ぐらいされちゃって…」

「百万再生…!? 凄いなガッシー!」


 再生数までの報告はしていなかった。信之曰く、数多く再生されたことで『ガッシー』という作曲家のハンドルネームがネットで広く知られたらしい。デビュー作が大成功したことで、これを機にブログやSNSを始めて、積極的に音楽活動をしていくと話した。


「頑張れよガッシー。俺たちに協力できることがあったら何でも言ってくれ」

「うん! 駿、ありがとう!」


 この流れは夏休み中にあったことを続けて話さなければならない流れ。木村玄輝は一足先に上がろうとしたが、


「俺は大した話もないんだが…」

  

 西村駿が話を始めてしまったことで、上がるにも上がれなかった。そんな駿が話をしたのは、四童子有栖に神凪楓と共に呼び出されたこと。楓の兄である神凪零がユメ人の始祖であること。そして、神凪楓がユメ人になったことがなかったという事実だった。


「玄輝に嘘をついてしまったと楓も反省をしていた。許してやってくれ」

「…許すも許さないもおれの勝手だろ」


 玄輝は楓に嘘をつかれたところで気にしてはいない。何故なら、命を助けてもらったからだ。それだけは木村玄輝にとって揺るぎのない事実。


「次は玄輝の番だよ」

「おれは大して話すことなんて…」

 

 何も話したくない玄輝が四人を相手にかなりしぶとく抵抗をしていると、


「うわ~! 広いねぇ~!」

「桜ちゃん、滑りやすいから気を付けてね」


 壁の向こうから東雲桜の声と鈴見優菜の声が聴こえてきた。これには五人も言葉を失い、そのまま耳を傾けることにする。


「早く入ってご飯食べよー…?」

「あんたは本当に食べることしか頭にないのね…」


 智花と楓の声も聴こえてきた。おそらく雫もいるはずだが、無口なため向こう側にいるかは分からない。


「この風呂って隣が女子風呂なんか…?」

「俺にも分からない。だが向かい合わせに女子の大浴場があるのかもしれないな」


 吹と駿が向こう側にばれないように小声で話す。なぜ小声で話すのかは謎だが、玄輝は嫌な予感がして、風呂から即座に上がろうとする。


「おい、見てみろよあそこ…」

「え? 仕切りの壁が天井まで届いていないよね?」


 白澤が小声で指を差した場所は、女子風呂と男子風呂を仕切る壁だった。その壁は天井までは届いておらず、努力をすれば顔を出せるほどの三メートルほどの高さだ。


「――覗こうぜ」


 玄輝以外の三人は一斉に白澤の顔を見る。正気なのかお前は、と訴えたいほどの真剣な表情だ。 


「の、覗きは良くないと思うな…」

「せ、せやな…犯罪やし…」


 本心が丸見えだ。言葉ではダメだと正常さを表そうとしているが、心の中の欲望が曝け出してしまっているではないか。


「――覗くぞ」

「駿!? お前、本気か…!?」


 唯一まともだと思っていた西村駿でさえ、白澤と同様に覗くという意見を出す。これには波川吹や金田信之も二人で顔を見合わせて、


「駿が言うなら、覗くしかないね」

「わいは欲望に従うで…!」


 そう強く決意した。誰かこの馬鹿どもを止めてくれと玄輝は心の底で願う。


「玄輝、お前はどうするんだ…?」

「この行為は命が懸かってるんや。無理をしなくてもええんやで」


 ユメノ世界で戦っている時よりも深刻な表情を浮かべる駿と吹。玄輝は断ろうにも断れず、そのまま頷いてしまった。


「…よし、僕たちは仲間だね」

(頼むからおれを仲間にしないでくれ…)

「作戦はこうだ。俺とガッシーが下の土台になる。お前たち三人が順番に俺たちの肩の上に立てば、三メートルの壁の向こう側が見えるはずだ」


 玄輝は心の内でそう呟いていれば、西村駿が作戦を全員に伝える。そして早速実行に移ろうと動き出した。


「ガッシー、やるぞ」

「パラダイスの為だもん。僕、張り切っちゃうよ」


まずは信之と駿が壁に手を付けてその場に立つ。そして残った三人のうち登らない一人が肩まで上がるための土台となり、サポートをするのだ。


「…慎重に登れよ」


 まずは白澤来が西村駿の肩に上り、その後に波川吹が金田信之の肩に上った。木村玄輝は壁の向こう側を眺めている、吹と白澤に見えるのかを聞いてみると、


「アカン、煙で見えへん!」

「くそっ…。後少しなのにな…!」


 どうやら湯煙で少ししか見えないらしい。こんな悪事を神さまが見逃すはずがないだろう。きっと時期に天罰が下るに決まっている。


 ガタッ――


「…何だ今の音は?」


 何かが外れる音が聴こえてきた。どこから聴こえたのだろうか、と五人は辺りを探すが何も変わった様子がないため、気のせいということにする。 


 ガタッガタッ――


「…なぁ、そろそろ降りた方がいいんじゃないか?」

「ダメや! 湯煙の向こうまでを覗きたいんや!」


 明らかに外れる音が増えている。その正体が一体何なのかを探る前に、こんな馬鹿げたことを止めた方がいいと訴えるが、男の欲望は止まらないようで未だに女子風呂を覗いていた。


 ガタッガタガタガタッ――


「お、おい…! 本当にもうやめた方が――」


 音が連鎖のように続いた瞬間、目の前にあった仕切りの壁がジェンガのように崩れ去り、向こう側が見えてしまう。

 

「…えっ?」 

「…あ」


 どうやらあの音が仕切りの壁から聴こえていることに気が付いていたようで、バスタオルさえ巻いていない東雲桜たちがすぐ目の前に立っていた。女子たちからすれば壁が崩れ、そこには何故か西村駿と金田信之が波川吹と白澤来を肩車して立っているのだ。呆然とするのは当然のことだろう。


「わいたちの組み立て体操ー…なんちゃってな」

「は、はははーー! お、面白いぜ吹はー!」

 

 どうにか誤魔化そうとしているが、時すでに遅しだ。女子たち五人の雰囲気がかなり怪しくなりつつある。

 

「や、やぁ。さっきぶりだね―――」


 信之が腰に巻いていたタオルが落ちる。その瞬間に女子たちが一斉に信之の下半身へ視線を移し――


「「「「きゃぁぁあーー!!?」」」」

「このド変態…!」


 叫び声が響いたかと思えば、信之の股間に神凪楓の蹴り上げが直撃し、その場で股間を押さえながらのたうち回る。それにより、肩車されていた波川吹もバランスを崩してその場に転落すると、


「吹のバカッ!」

 

 サッカーボールを蹴るかの如く、顔面を蹴られそのまま床を滑りながら、桶が積み重ねられている場所に突っ込み、ボーリングでいうストライクを達成した。


「西村君なんて嫌い…!!」

「ぶぅはっ…!?」


 次に東雲桜が西村駿の顔面に強烈なビンタを食らわせて、大浴場のお湯の中まで吹き飛ばす。駿は温泉の水面上に浮かんで、再起不能となる。


「お、おいおい!! ちょっと待ってくれ、オレは――」

「白澤くん、死んだ方がいいよ」


 落ち着かせようとする白澤来の顎に、満面の笑みを浮かべた内宮智花がボクサー顔負けのアッパーを食らわして、泡風呂まで吹き飛ばす。白澤は白目をむきながら、泡風呂の中で真っ白に燃え尽きていた。


「お、おれは拒否したんだ! それにアイツらみたいに覗こうなんてして――」

「今見てるんだから同罪よ! このド変態!!」

 

 弁解しようとしたところで、楓の回し蹴りが顔に直撃して、サウナの部屋の扉を突き抜ける。


「さ、再生を、使わせて、くれ…」


 木村玄輝はそれだけ呟くと、サウナの部屋の中で意識を失った。

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