第85話『最恐と最強はどちらが強いですか?』
「――来たか」
雨空霰が創り出したユメノ世界、その世界に木村玄輝が姿を現す。
「おれに何の用だ?」
玄輝は寝る直前に、霰から連絡が入り、ユメノ世界に来るように言われていたのだ。霰に呼び出されて訪れたそのユメノ世界は、真白高等学校のグラウンド。本物のようにも見えるが、ユメノ世界にあるものは全て偽物だ
「色々と聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと?」
「まず一つ、お前はどうやって波川吹が悪魔に襲われていると見抜いた? 村正によれば、お前は突然現れ戦おうとしたらしいが…」
それは波川吹がサタンに襲われている時だった。学校に姿を現さなかった木村玄輝が、波川吹を守るようにして姿を現したのだ。仕方なく村正も手を組んで戦ったが、最後の最後には逃げるようにしてユメノ結晶を破壊した。
「鈴見優菜のユメノ世界についてもだ。どうやって情報もない中で、的確にアタリのユメノ世界へ干渉できた?」
「何が言いたい?」
「俺は黒霧の正体を探っている。それだけで何が言いたいのか分かるだろ?」
木村玄輝はすぐに悟った。自分が黒霧だと疑われていることを。
「おれは黒霧じゃない。誰が悪魔に狙われているかのかも、知らない番号からメッセージが届いていただけなんだ」
「…そうか」
雨空霰は明らかに木村玄輝の事を敵視するような眼をしていた。その僅かに感じる殺意に、思わず本能的に愛用の剣を創造して構えてしまう。
「身体的に追い込めば、黒霧の能力も使ってくれるだろ」
「おい…! 少しは話を聞いて――」
霰は木村玄輝の背後に一瞬の間に回り込むと、回し蹴りを放ち、木村玄輝を数メートル先の木々にぶつけた。
「げほっげほっ…!」
「このユメノ世界は俺が創り出したものだ。抜け出すには俺を倒すしか方法はない」
手加減をされている。一度受けただけでそれぐらいは理解できた。もし霰が僅かだけでも力を込めていたのならば、脊髄が粉砕していてもおかしくはないからだ。
「ユメノ使者…!」
【我が力を貸そう】
出し惜しみは出来ないとベルフェゴールを呼び出す。初めてベルフェゴールを見た霰は「へぇー」と少しだけ興味があるような反応をした。ベルフェゴールも初めて霰の姿を見て、少々恐れを感じているようにも見える。
「怠惰のベルフェゴール。どれほどの実力か試してやるよ」
玄輝とベルフェゴールは互いに剣を握りしめて、息の合った連携技を仕掛けた。
【貴様、何者だ…!】
「ただの人間だよ」
容易く避けられることは分かってはいたが、ここまで涼しい顔で回避をし続けられるとは思っていなかった。玄輝はベルフェゴールと視線を交わして、
「今だ…!」
【御意!】
ベルフェゴールと木村玄輝の位置を変えて、剣が振り下ろされる矛先を分からなくする。
「それがお前の能力か」
「これも読まれるのか…!?」
両手で片方ずつ剣を掴むと、創造破壊をして回転蹴りで周囲に吹き飛ばした。
「ユメ人とユメノ使者の位置交換。怠惰という言葉通り"つまらない"能力だな」
「そうかよ…っ!」
木村玄輝は剣を持たない方の手に、漫画やアニメでよく使われる煙玉を創造して霰の地面に投げつける。
「…敢えて、この煙を残しておいてやるよ」
不意討ちを狙うために、視界を暗ませる作戦だということは分かっていたが煙を残したまま、木村玄輝たちを迎え撃とうとしていた。
「行くぞ…!」
木村玄輝とベルフェゴールが左右から挟み撃ちにして、雨空霰へと剣を振るう。どうせ位置交換だと創造破壊をもう一度繰り出そうとしたが
「…!」
位置交換は一度だけではなく、何度も何度も繰り返していた。ベルフェゴールと木村玄輝の位置を幾度も入れ替えることによって、ランダム性を持たせ、霰に読み取られないようにするためだろう。
「いい作戦だが…」
雨空霰は自身の左右で何度も入れ替わっている玄輝とベルフェゴールを見ると
「だからどうしたって話だ」
ベルフェゴールの剣を奪った直後に、剣を体へと突き刺した。入れ替わりを繰り返していることによって、そのタイミングでそこへ現れたのは木村玄輝だ。
「ぐはッ――」
その場に背中から倒れると、ベルフェゴールが玄輝を抱えて、霰から距離を取る。玄輝は自ら剣を引き抜き【再生】を使用し、身体の傷を治癒させた。
「さっきのは少しだけ面白かったが…武器も、能力も結局つまらない」
【主よ、あの人間はあの小娘とは桁違いの強さだ。不意討ちも効かない以上、ここは退くしか方法はない】
話し合いをしている玄輝とベルフェゴールを見ていると、雨空霰が指を鳴らす。アスモデウスやルシファーとの戦いのときに見せた"時を止める力"だ。
「創造力じゃなくて、想像力が足りない。ユメノ世界で強くなるには現実での常識を捨てないといけないんだよ」
聞こえるはずもないアドバイスをしながら、ゆっくり、ゆっくりと二人の元まで歩み寄る。
「本音を言うと、お前たちの力が知りたかっただけだから殺しはしないよ」
玄輝の頭にデコピンをしようと霰が自身の右手の中指を曲げた時、
「ザコが…」
「…あー?」
木村玄輝の持っていた赤黒い剣が、ゴスロリの恰好をした少女に変化し、
「粋がんなぁ!」
雨空霰の顔面にドロップキックを食らわせて、校舎隅まで吹き飛ばした。霰が気を抜いたことによって、止まっていた時間も再び動き始める。
「アメ…!? お前、一体何をして…」
「うるせぇザコ!! お前がアイツのせいで動きを止められていたから助けてやったんだろうが!」
玄輝に対して、怒鳴り声を上げるアメ。そんな野蛮な少女を見たベルフェゴールは黙ったまま、玄輝に説明を求める。
「…こいつは勝手におれの剣に住むことになったアメだ。どういう存在なのかは分からねぇ」
【アメというのか。よろしく頼むぞ】
「ワタシに喋りかけんなカス」
可愛らしい見た目とは裏腹に暴言を手当たり次第に吐いているアメに、ベルフェゴールは驚いているようで体を硬直させていた。
「あー…今のは効いたな」
霰が服の汚れを払いながら、校舎の隅から姿を見せる。
「ほぉー! お前は今のを受けて無傷なのか!」
「無傷ってわけじゃない。俺もそれなりには痛みを感じている」
いい獲物を見つけたと言わんばかりに、ニヤニヤと笑みを浮かべながらグラウンドの中央まで歩いていくアメ。木村玄輝は最悪の二人が出会ってしまった、と額に汗を流す。
「お前は誰だ? 木村のユメノ使者でもなさそうだが…」
「名前を聞く時はまずてめぇから名乗れ…!」
「……何で?」
雨空霰がアメの外道っぷりに動揺している。流石にこんな汚れた性格の可愛らしい少女は見たことがないらしい。
「ワタシが最強だからだよ! 弱い奴が最初に名前を名乗るもんだろ!?」
「……へぇ、お前は随分と自分に自信があるんだな?」
"最強"という言葉により霰のスイッチが入ってしまった。このままここにいれば巻き込まれるかもしれないと、木村玄輝はベルフェゴールと共に教室の窓ガラスを剣で斬り捨て、校舎内へ避難をする。
「あのザコがボコボコにされてるのを見ていても、くっっそほどつまらねぇからな! ワタシがお前の相手をしてやるよ!」
アメは右拳を握りしめてグラウンドの地面を叩き割ると、土煙を纏いながら霰を左脚で蹴り飛ばそうと突進を仕掛けた。
「あー…コイツ、相手にしたくないな」
雨空霰はアメの蹴りを左手で軽々と受け止めると、そのまま足首を掴んで何度も何度も地面へ叩き付け
「少し大人しくしていてくれ」
アメの細い体に掌底打ちを入れて、乱雑に放り投げた。
「アメ、大丈夫か!?」
「大丈夫に決まってんだろザコが!」
玄輝が校舎内から多少の心配をして名前を呼ぶと、アメの体が宙を飛ぶ最中に黒い液体に溶け、霰の足元から姿を現し、がら空きの顎に渾身の拳による一撃を与えた。
「…偽物か」
「てめぇのそのクソほど冴えねぇ顔を、見映えよくしてやるよ!」
殴って殴って殴る。アメは雨空霰の顔や体を目がけて、光速の連撃を叩き込み、戦闘狂が発していそうな怒声を上げながら、ひたすらに攻撃をし続ける。
【…暴力的な少女だ】
「アイツは性格こそ悪いが、こういう時は一番頼もしいかもしれないな。おかげでおれたちは助かったんだから」
拳を血で濡らしながら狂気の笑みを浮かべ、殴り続けるアメの姿に二人は恐怖を抱きながらも、大きく深呼吸をしてこれからどうするかを考えることにした。
「ここで見ていることが一番の得策だと思うんだが…」
【我はその意見に賛成だ。迂闊に飛び出せば巻き添えになるだけだろう】
霰のことはアメに全てを任せることにし、玄輝とベルフェゴールは校内の窓からその戦いを傍観する。みっともないと思われるかもしれないが、死ぬよりはマシだ。カッコつけて死ぬことよりも、ダサいまま生き残った方が断然良かったのだ。
「ほらほらぁ! どうしたんだよこのクソキャラがぁ…!!」
「………」
一方的に攻撃を許したまま、霰は反撃もせず、口も開かずただアメの拳を受け続けていた。
「モブキャラが調子に乗ってんじゃねぇぞぉッ!」
アメはトドメを刺そうと、創造力ではない"ナニカ"の力を溜めて、右拳に黒色の光を纏わせる。それを大きく振り上げた、その瞬間に
「――その力は何だ?」
その真下にいたはずの霰がいつの間にかアメ背後に回り込んでいた。
アメは振り向きざまにその右拳を振るったが
「さっきのが自分の偽物ならば、生命力を削るはずだ。それなのにお前は生命力を消費せずにそれが出来た」
「何をワケの分かんねぇことを言ってんだ…ッ!?」
先ほどまで当たっていた拳がかすりもしない。よく見れば霰は【再生】を使用して、怪我を全て完治させている状態。そんな隙など一体どこにあったのだろうか。
「それに加えて…俺の創造力を上回ってもいないのに、あそこまで身体に傷を負わせた」
「へぇ~! だからどうしたんですかぁー!?」
アメは自身の分身を十人以上召喚すると、一斉に霰へと攻撃を仕掛けさせる。霰はその攻撃を掻い潜り、一人ずつ的確に潰して、本体のアメを炙り出そうとしていた。
「このユメノ世界で"ルール"に囚われずに戦えるお前は何者だ?」
黒い液体として飛び散るアメの偽物たちは、地面に液体が付着すると、その場所が徐々に黒く染まっていき、
「最強のアメ様に決まってんだろうが…!!」
真っ黒な棘が、霰に向かって突き出される。
「創造破壊が効かない、か」
霰は飛び出してきた一本の針に触れるとそう呟き、後方に回転をしながら棘による攻撃を回避し続ける。
「チッ、さっさとくたばれよ!!」
アメから距離を取りながら避け続けた後、綺麗に地面へ両脚で着地した。
「…確かアメと言ったな。最強と自負するお前の力は認めてやるよ」
「はぁ~? 何様のつもりだてめぇは?」
「それは黒夢っていう能力なんだろ? 一度だけ見たことがある」
黒夢。ユメノ世界でのルールに囚われないという能力。創造力で優劣が決まるルールも、生命あるものを創造するときは自身の生命力を削るというルールも、何もかもに囚われない自由奔放な力だ。
「だーかーらーさー? それがどうしたんですかって聞いてんだろうがザコ!!」
雨空霰に上から見下ろされるように褒められたアメは、気に食わない顔をしながら霰にガンを付ける。
「その力がある限り、独創者の創造力は通用しない。だから、ユメノ世界においてはお前の右に出る者はいないだろうな」
「あっったりまえだろうが! ワタシは誰にも負けな…」
「だがな――」
自身満々にそう言いかけたアメの言葉を遮るようにして、霰は身体から奇妙な力を生み出し始めた。創造力とは全く異なる"力"。玄輝たちやアメもそれを肌で感じ、何が起こるのかと息を呑む。
「よく覚えておけ。創造力は別の力に変えることも可能なんだよ」
通常ユメノ世界では創造力によって力の差が決まる。だが例外もある。それは相手がアメのようにユメノ世界の"規則"に囚われない場合。その際は創造力抜きの単純な身体能力が適応されるのだが――
「てめぇ、その力は何だ?」
その創造力を全く別の力へと変換することによって、アメのような相手と戦う際に自身を強化できる。
「漫画本やライトノベルによく出てくる"霊力"というやつだ」
「そんな力が存在するわけねぇだろ! ワタシを馬鹿にしてんのか!?」
「――侵害だな」
霰はそう呟くと音も立てずにアメのすぐ目の前まで接近する。
「なっ…?!」
そして、アメの胸倉を掴んで
「この力で俺たちは命を懸けて戦ったんだよ」
真っ白な光が霰の手に凝縮し、大爆発を起こした。
「何だよあれ…!?」
【……あの力は】
爆風によって辺りの木々が全て倒れ、校舎の窓が木端微塵に吹き飛ぶ。その爆発に近距離で巻き込まれたアメは無事なのかと玄輝が砂煙が舞う中、必死に目を凝らして姿を確認してみると
「くっ…そがぁ…!」
アメがボロボロの衣服を身に纏い、地面にひれ伏していた。
「創造力による攻撃は効かないが…別の力なればこの程度か」
霰が制服の汚れを払いながら、玄輝とベルフェゴールが隠れている場所に視線を送る。
「隠れなくてもいいぞー! お前たちを黒霧と疑っているという話は大嘘だからなー!」
大声でそう呼びかけると、二人は顔だけ出して辺りを警戒しながらグラウンドに再び姿を現した。
「…冗談にしてはきつすぎるぞ」
「悪かったよ。ああでもしなければ死ぬ気で戦おうとしてくれないだろ?」
うつ伏せに倒れているアメを見下ろしてみると、相当悔しいのか両手を強く握りしめて、ぷるぷると肩を震わせている。最強という名にヒビを入れられたことで、怒りと悔しさの感情に沈んでいるようだ。
「それで? こいつは誰? どうしてお前の剣から飛び出してきた?」
「おれにも詳しいことは分からない。智花のユメノ世界でいきなり現れて、剣の中に住まわせろって言ってきただけだからな」
このアメという少女の正体は誰にも分からない。霰は「なら本人に聞くか」とその場に屈むと、アメにこう聞いた。
「負けたんだから答えろ。お前は何者だ? ユメ人でもないユメノ使者でもない、そんな存在は見たことも聞いたこともないが…」
「…知らねぇよバーカ」
答える気など少しもないようで、アメはヘラヘラしながらそう吐き捨てる。霰はどうしようかと困り果てた挙句
「なら、お前にそっくりの白い方を消すぞ」
西村駿の剣に住み着いているイトナを、人質にとって脅してみると、
「アイツに指一本でも触れてみろぉ…ッ! ワタシがお前を殺してやるからなぁ!!」
怒りを露にしながら、雨空霰の足首を片手で掴み握りつぶさんばかりに力を込めて、それを阻止しようとした。
「その反応…やはりお前はあのイトナと呼ばれる少女について何か知っているんだな」
「――!」
ボロを出そうとする霰の誘いに乗ってしまったと自身で気が付いたアメは、軽く舌打ちをしながら
「アイツだけには手を出すな。ワタシはアイツを守らなきゃいけないんだからな」
霰にそう警告をした。そして、これ以上は何も喋るつもりがないのか、アメの体が黒色の液体に溶けて、玄輝の持つ剣へと吸収されていく。
【………】
「…何を見ている?」
【いや、我はどこかでお前を見たことがあると思ってな】
ベルフェゴールは雨空霰の顔を見ながら、必死に何かを思い出そうとしていた。霰はベルフェゴールに「俺はお前のことなど知らない」と興味がないことを伝える。
「木村、お前にさっきの力の変換の仕方を教える」
「…おれに?」
「あぁ、覚えておいて損はないはずだ」
まず霰は玄輝に創造力を自身の右手に溜めることを指示する。創造力など見えもしないため、感覚を信じて右手に意識を集中させた。
「お前の右手には創造力が溜まっている。その創造力を別の力に変換させてみろ」
突然そんなことを言われても"別の力"というものが一体どんなものかすら想像がつかない。玄輝は必死に頭の中で、力の変換の意味を考察し始める。
「そんなに難しく考えなくてもいい。別の力というのは、元々存在している力じゃなくてもいい。新しい力をお前が新しく創り出すんだ」
「おれが新しく…?」
「そうだ。このユメノ世界で強くなりたいのなら、現実で学んできた常識を全て捨てろ。それが一番の近道だ」
現実的に考えて、剣を創り出せないし、悪魔など呼び出せるはずもない。霰曰く、そのような常識に縛られたままではこのユメノ世界で弱さへと直結するらしい。確かに考えてみれば木村玄輝たちは悪魔と戦ってきたが、現実味のある手段ばかりを使用していた。
「一定の創造力がなければ夢に描くような技は使えないが、お前たちはとっくにそのラインをクリアしているだろうな」
「…何でそう言い切れる?」
木村玄輝がキッパリと言い切れる根拠を尋ねると、
「お前たちが以前よりも変わりつつあるからだ」
霰は玄輝の肩を軽く叩いて、そう返答した。
「…まぁ、この創造力の変換はお前だけに教えるが」
「どうしておれだけに教えるんだ? 楓や駿に教えた方が効率もいいんじゃ…」
「木村、お前は俺の事を嫌っていると思うが…。俺はお前のようなやつは別に嫌いじゃない。それに――」
霰はその先の言葉を口に出そうとしたところで、声を止めてしまう。まだ言うべきではないと途中で判断したらしい。
「…何でもない。ほら、さっさと続きをやってみろ」
「ああ、分かったよ」
再び玄輝は仕切り直す形で霰を教官の元、創造力の変換に挑むのであった。




