表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】夢ノ雫 ~Dream Drop Out~  作者: 小桜 丸
第十三章『夏』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/145

第82話『夏休みは何をしますか? 智花編』

「珍しいな、内宮がわざわざ俺を呼び出すなんて」

「…色々とあって、ね」


 内宮智花は午後の十五時に雨空霰を自宅へ迎え入れていた。霰は智花からただ来てほしいと言われただけで、内容は深く知らされていない。


「俺を家に上がらせる必要はあったか?」 

「両親は仕事で出かけてるから…それに外で話をすると人が集まってきちゃうし…」


 智花は私服姿の雨空霰を自分の部屋に招き入れると、飲み物やクッキーを用意して霰の前に差し出した。智花の部屋はモデルとして努めていたからか、白を基調とした家具等で綺麗に部屋中が整頓されているようだ。


「どこに座っても大丈夫だから気にせず――」

「いや、俺は立ったままでいいよ」


 雨空霰は部屋中を見渡しながらそう答える。智花はドレッサー前の小さな椅子に座って、改めて霰と向かい合った。


「あのね、聞いてほしいんだけど…」 

「…何だ?」


 内宮智花の様子がおかしいことに雨空霰も気が付いていた。どうも霰と顔を合わせてから、視線を逸らしてばかりいる。


「私と…結婚を前提に付き合ってほしいの」

「は?」


 霰は口を開いたまま、呆れてしまっていた。それはいわゆる愛の告白。雨空霰は智花に突然呼び出されたかと思えば、前置きもなく告白をされてしまったのだ。 


「あー…何で俺なんだ? 西村とか白澤の方が向いていると思うぞ」

「私の部屋に呼べるのは"霰くんしかいないの"。本当に好きな人じゃなきゃ…」


 雨空霰は困った顔をして「えぇ…?」と悲観の声を漏らす。冗談であってくれと内宮智花の瞳を見るが、一切揺るぐことのない本気の目をしていた。これではどう断ろうかと霰も頭を悩ましてしまう。 


「一目惚れしたのは前も"こんなことがあった"時、霰くんに助けてもらったから」

「なるほどな」 


 霰は納得したように座っている智花の元まで歩み寄る。


「霰くん…」


 智花もその場に立ち上がり、霰を見上げるように視線を交わした。


「…今日は両親が帰ってくるのが遅いから」


 内宮智花は小さな声でそう囁き、そのまま顔と顔を近づけ始め、


「やめろぉぉぉぉーー!!」


 その瞬間、備え付けのクローゼットからナイフを手にした男性が飛び出してきた。


「見てられなくて飛び出してきたか?」

「うッ…!?」


 雨空霰はその男性の顎に肘打ちを食らわせると、ナイフを奪い取りその場に押さえつける。その男は抜け出そうともがいて暴れていたが、ナイフをわざとその男性の顔の前に落とし、



「大人しくしていろ。これ以上暴れると、不慮の事故で怪我をすることになるからな」 

「ひ、ひぃーっ!?」


 脅しをかけた。霰はポケットからスマホを取り出すと、智花に投げ渡して警察に通報するように指示をする。


「もしもし、警察ですか?」


 この後、パトカーがすぐに智花の家の前で止まり、警察によってその男性は連行されていった。内宮智花は警察に何があったのかをこう説明する。


――――――


「動かないで、少しでも動いたら刺しちゃうからね?」

「………」


 最悪の夏休みの初日。自室で目を覚ましたと思えば、ファンを名乗る男性に家へと入られていた。両親は外出中、しかも目の前でナイフを突きつけられて身動きが取れない状態となってしまっているのだ。 


「ねぇ智花ちゃん。どうしてモデルを引退しちゃうの?」

「………」

「僕はずっと応援してきたんだよ!? なのにどうして引退なんて…!」

 

 内宮智花のファンには種類が三つほどある。一つ目は、サイン会や握手会に一切姿を見せることはないが、ネットや雑誌でよく見てくれているファン。二つ目は、サイン会や握手会に一度だけ実物見たさに現れ、後はネットや雑誌で応援をするファン。


 そして最後は、サイン会や握手会に智花が顔を覚えてしまうほど何度も姿を現し、無駄に過保護となって度々迷惑を掛けるファン。


「…今なら止められます。なので家から出て行ってください」 

「嫌だよ! どうしてモデルをやめちゃうんだよ!? 僕はそんなの許さないぞ!」

 

 この男性は最後のパターン。内宮智花がモデルを引退すると聞いて、自分自身が動けばそれを阻止できる。そう信じているから、こんな馬鹿げたことをしてしまうのだ。


「私はきちんと色々なメディアに説明しました。これ以上は身体的な問題で続けることが出来ないと」

「子供でも作ったのか!? それで頭の悪い男に捨てられでもしたのか!?」


 その男性は智花が傷つく言葉を発していることなど自覚していない。アンチも大概だが、最も恐ろしいのは自身の味方であるファンだということ。それを内宮智花は嫌というほど身に染みて理解していた。


「…好きな人が出来たんです」

「す、好きな人だって…!?」  


 内宮智花は咄嗟に大きな嘘を付く。勿論、そんな男性はいない。だがこの嘘をつくことによって、


「私は今から、その人とこの家で会う約束をしています。そして今日、その人に結婚を前提で付き合ってほしいと伝える予定です」


 誰かがこの家に来るという嘘へ、違和感なく繋げることができるのだ。智花はその男性に恐怖を抱くことなく、その相手に電話をしなければならないと伝える。


 しかし電話の相手に、刃物を持った男性が目の前にいることを話せば、自分の身に危険が降りかかる。だからこそ、家へ来てほしいと話しただけだった。


――――――


「…それでその相手が俺だったと」

「霰くんなら、この状況に気が付いてくれると思って…」


 内宮智花は安心して胸を撫で下ろすと、ベッドに思い切り倒れ込む。それを見た雨空霰は大きなため息をついた。


「正直驚いたよ。随分と冷静に俺にメッセージを伝えようとするからな」


 「霰くんしかいない」という言葉と「こんなことがあった」という言葉。この二つの言葉を聞いた時に、霰は何か裏があると勘付いていたのだ。


「そもそもこの部屋に入った途端、男性の加齢臭がしたからな。その時点で警戒はしていたよ」


 だからこそ、霰は智花の部屋で腰を下ろさない。壁を背にして背後を取られぬよう、加齢臭の臭いの根源である男性がどこに身を潜めているかを考えていた。


「結婚前提で付き合うなんて。そんな大嘘、よくアイツが信じたな」

「私のファンなら、一体どんな男性が来るのかを確認したいと思ってね。そうじゃなきゃ、あの状況で人なんて呼べなかったよ」

「…あの演技力はモデルだけじゃなくて、女優の素質もあると思うが?」


 付き合ってほしいと言われた途端に、霰は智花がソレを演じていると見抜く。しかしその演技力は、一般人ならば簡単に騙されてしまうほどの仕上がり。生真面目な西村駿でも騙されていたことだろう。


「あっ…。あの告白は嘘だからね?」

「分かってるよ。分かっているからこそ、俺はあそこまで恋人の役になりきったんだ」  


 霰は用が済んだことで、帰宅をしようと部屋の扉に手を掛ける。けれど内宮智花は、まだ何か用があるようで、ガバッとベッドから体を起こした。


「…霰くんは一体何者なの?」


 話の脈絡もない問いを投げかけられ、霰は「あー?」と怠そうに声を上げる。


「あの時、優菜ちゃんのお父さんと電話で話していた相手って…霰くんだよね?」  

「その根拠は?」

「だって雫さんが電話をしているときの表情が、霰くんと話しているときと全く一緒だったから」

  

 智花の観察眼は、霰の想像を遥かに超えるほどのもの。彼の中では、神凪楓があらゆる能力値において高いと考えていたため、やや驚きの表情が浮かべていた。


「…度肝を抜かれたよ。だから教えてやる内宮、お前の言う通りあの時の電話の相手は俺だ」

「やっぱり…! 霰くんは一体どうやって優菜ちゃんの父親を助けたの…?」


 扉に掛けていた手を降ろす。そしてゆっくりと振り向いて見せたその顔は、


「――邪魔者を殺したんだよ」  

 

 言葉に似つかない飛び切りの笑顔だった。内宮智花は黒霧に味わされた恐怖と同じものを霰から感じ取る。


「こ、殺したって?」 

「内宮、こんな話を知っているか?」


 内宮智花の言葉などまるで聞こえておらず、霰は一人で勝手に話を始めてしまう。


「内宮の知らないところで、一つの世界が滅んだんだよ。その世界の人間たちは四人を除いて、馬鹿な神共に皆殺しにされてしまった」

「そんな話、聞いたこともない」

「だろうな。それで四人の人間は必死に神共と戦ったんだ。仲間を殺される心境の中で、命を懸けて血反吐を吐いてな」

 

 嘘か真か、それすらも判断が難しい。そう迷ってしまうのは、詰まることなくスラスラと言葉上手に話す話術と、一切緩むことのない不気味な笑顔のせいだ。


「そして無事にその四人の人間は神共倒すことが出来た。さて、その後はどうなったと思う?」

「え、えーと…? すべて元通りになったんじゃ…」


 内宮智花の返答を聞くと、霰の顔から笑顔が失われ、真顔へと変貌する。そんな反応をされて、思わずビクッと体を震わせてしまった。


「元通りにはならなかった。その世界は四人の人間しか残らなかったんだ。家族も、友人も、夢も、希望も…すべてがそこで消え失せたんだよ」

「…霰くん」 

「ゲームやアニメのように、全てが元通りになると信じて必死に戦った。なのにこの結果は、あんまりだとは思わないか?」


 雨空霰が何のことについて話をしているかは分からない。だがその話をする霰はまるで自分が経験したかのように、怒りを、悲しみを込めて語っているような気がしてならなかった。


 何よりも智花がその話に現実味を感じてしまうのは、雨空霰のスマートフォンの壁紙だった。そこには雨氷雫、月影村正、朧絢だけでなく、見覚えのある人物たちが一緒に写っていたからだ。


「…悪い、少し喋り過ぎた」


 我に返った霰が内宮智花に背を向ける。智花もその重苦しい空気の中で言葉を発することは出来なかった。


「とにかく、内宮が無事でよかった。また何かあれば呼んでくれ」

 

 霰は智花にそう伝えると逃げるようにして部屋から出ていく。智花は霰を呼び止めるられず、両親が帰宅するまで自室のベッドの上でぼーっと窓の外を眺めていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「玄輝くんのおかげで少しは決心がついたかな…」


 その日の夜。コンビニで木村玄輝と遭遇し、帰り道に様々な事を話した。不安に感じていた話を玄輝が真剣に受け止めてくれたため、少しだけ気持ちが楽になった気がする。


「あ…」

「…何よ?」


 向かい側からこちらへ歩いてくる人物が、神凪楓だということに気が付いた内宮智花は思わず声を上げてしまう。楓は何があったのか少々不機嫌な様子だ。


「楓ちゃん、こんな夜遅くにどうしたの?」

「買い出しよ買い出し。わざわざこのコンビニまで買いに来たのよ」


 神凪楓は智花の横をさっさと通り過ぎようとする。智花は先ほどの玄輝の話を思い出し、反射的に楓の手首を掴んでしまう。


「……」

「楓ちゃんって、玄輝くんのことをどう思ってるの?」


 楓は「はぁ?」としかめっ面をしながら智花の顔を見る。しかし内宮智花の真っ直ぐな視線を見た神凪楓は、しばらく智花の瞳を見つめた後に、


「――仲間よ」


 たったそれだけ答えると腕を振り払い、コンビニの方向へと歩いていってしまった。内宮智花は神凪楓の回答に納得をして、再び帰宅路につく。


「ユメノ世界は怖いけど…。楓ちゃんも玄輝くんみたいに、皆が皆を仲間として認め合っているから、臆せずに戦えるんだ」


 智花は吹っ切れたように「ふふっ…」と軽く笑うと、夜空を見上げて星の数を数えながら歩き始める。


(私も少しずつだけど、変わることができているのかな?)


 それは自分自身には分からない。変わればきっと誰かから「変わったね」と言われることだろう。それまで色々な物事の見方を変えたり、自分の道を作ったりして努力をし続ければ、変化の時は訪れるのだろうか。


「ご機嫌よう、内宮智花。待っていましたわ」

「…玲子さん」


 歩いていると進行方向に私服姿の黒百合玲子が電柱に背を付けて、智花の事を待っていた。この道を通ることをまるで知っていたかのような口ぶりだ。


「モデルを辞めた後にお話を出来ていないと思いまして」

「…玲子さんは私がモデルを引退したことに反対しているんですか?」

「そんなことないでしょう。あなたにモデルの道を強要するつもりはありませんわ」


 黒百合玲子は内宮智花の近くまで接近をして面と向かい合う。


「それなら私に一体何の用が…」

「あなたに渡したいものがあるだけですわ」


 黒百合は鞄から写真を一枚取り出すと、内宮智花に手渡した。


「――!?」

「その写真をどう使うかはあなた次第でしてよ」


 その写真をどういうものか理解した瞬間、内宮智花は写真を手から離して地面へと落としてしまう。


「これは、何ですか…?」

「あなた方がいつか目にするはずの"真実"ですわ」

 

 黒百合玲子は不敵な笑みを浮かべながら、彼女の元から去っていく。智花はその写真に写った"真実"を見せつけられて、その場に立ち膝をついてしまった。吹っ切れたばかりだというのに、たった写真一枚で再び悩まされることになる。


「嘘だ、どうして黒霧が…」

  

 そこに写っていたもの、それは―――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ